フォーカス

都市と建築と美術と社会のタイポロジー

木村浩之

2013年05月01日号

娯楽─コレクション

 唯一の、そして最大の現代中国アートのコレクションと言われるウリ・シグ・コレクション(スイス・ベルン)は、香港に計画されている広大なWest Kowloon Cultural District内の《M+》美術館へ、アイ・ウェイウェイなどの著名作家作品を含む1,400点以上の作品を寄贈している(ただし、別の47作品を約18億円で香港政府へ売却したうえでの寄贈だ)。これをもって中華圏内での事実上唯一の一般公開コレクションとして絶大な地位を得ることになる。ちなみに、この地区の中国語名は「西九龍文化娯楽区」となり、シンプルにCulturalとされている英語名にはないレジャー性が全面に出ているものとなっているのも興味深い。
 40ヘクタールという広大な文化娯楽区にさまざまな施設が計画されているだけでなく、この《M+》(ミュージアム・プラス)も名前のとおり、デザインやサブカルチャーなどいわゆる美術館にはないセクションをも含んだ内容となるようだ。プロジェクトチームに、《金沢21世紀美術館》の準備室時代から関わってきた長谷川祐子氏(現東京都現代美術館チーフキュレーター)が入っているのも見逃せない。
 ちなみに建築設計コンペが現在行なわれている。SANAA、坂茂、伊東豊雄など日本勢が最終選考に残った6組の半分を占めていることもあり、日本では注目を集めている。結果は2013年中に発表され、2017年開館となる。


© WKCD Authority
http://www.wkcdauthority.hk/pe2/en/conceptual/index.html
OMAなども参加していたマスタープランのコンペはノーマンフォスターが勝ち取っている。フォスターは《M+》の建築コンペのファイナリストにもなっている。

 そもそも中国語の「美術館(美术馆)」という単語は日本語からの外来語だという。
 その親である日本でも西洋的概念の美術館およびコレクションとなるとそう歴史があるわけではない。
 例えば、《ポンピドゥーセンター》に先立ち1974年に開館した《群馬県立近代美術館》は、来年40周年を迎える。近現代美術を受け入れるフレーム/スペースというコンセプトをもとに、磯崎新によって設計されたこの建築は、当時斬新なものとして受け入れられ、現在も彼の代表作のひとつとなっている。その40年の歴史を経て、コレクション数は現在約1,700点に上る。
 一方、30年後の2004年に開館した《金沢21世紀美術館》のコレクションは開館後10年にも満たないうちに、3,500点(2010年時点)にまで膨らんでいる。
 もちろん、文化予算の割合や、美術館自体の方針などの違いでどれだけコレクションを形成するか、し続けるかの差は大きく出てくる。しかし、日本国内においてもこの30年で大きな認識の変化、つまりコレクションに対する必要性と理解が生まれてきたことを示しているのではないだろうか。現に、《金沢21世紀美術館》では、美術館美術品収集委員会を設け、ウェブサイトにも作品収集方針を明記しており、展示と同時に収集・保管が美術館の役割として強く意識されていると感じられる。
 ジェフリー・ジョンソンの調査では、中国では美術館建築だけでなくビエンナーレや現代アートフェアの数も爆発的に増えているという。現在はまだ外国人コレクターが購買層の中心を占めるようだが、《M+》のコレクション・プラスのインパクトによっては、数年後、現在無数にある中国国内の美術館がコレクションを始めるようになるかもしれない。

コレクション─社会

 バーゼル市立美術館は、公共コレクションとしては世界最古の美術館に数えられている。その歴史は、1661年にさかのぼる。元印刷業者のコレクションがまとまって市外へ流出するという危機に、市と大学などが共同でコレクションを購入したことそのが始まりだ。したがって、ハコよりも先にコレクションがあったことになる。ホルバインの作品など、いまでもマスターピースとなっている作品群が含まれるコレクションであった。
 それと類似したエピソードが300年後にも起こった。
 1967年、ある飛行機墜落事故により、バーゼルのチャーター航空会社を経営していた家系のコレクションの一部が売りに出されることになった。もともと市立美術館に貸与常設展示されていた目玉作品の一部であったために、バーゼル市では大きな話題となった。そこで一部の市民が立ち上がり、スイスの直接民主主義特有の市民投票へと持ち込み、結果、ピカソの初期2作品を流出から救った。現在の円換算レートでも2.5億円の支出であった。
 高価な現代アート作品を税金で購入することを直接民意で示した例として、言い換えると「民主主義のコレクション」として、これらの作品はバーゼル市民の誇りだ。その経緯を新聞などで知っていたピカソが、市民投票直後に当時の美術館ディレクターを南仏のアトリエに招き祝福。そしてお祝いにアトリエにあった作品「どれでも」4作品を寄贈すると言ったそうだ(最後2作品で絞りきれなくて迷っていたら、当時のピカソ婦人が「両方にしたら」と進めてくれたという)。そしてバーゼルの別のコレクターからもお祝いにと、ピカソ作品1点の寄贈があり、同時に7点のピカソがバーゼル市立美術館コレクションに加わった。
 現在、バーゼル市内にあるピカソの(ほぼ)全作品を集めたバーゼル・ピカソ展がバーゼル市立美術館にて開催されている。上記7点を含む約160点が展示されている。つまり、人口18万人のバーゼル市にはそれだけのピカソ作品があるということになる。この集合体は個人蔵を多く含むため、もちろん純コレクションではないが、文化芸術とは──個々の作品の所有者が誰であっても──人類共有の財産なんだという認識に改めて気づかされる、あるいはそういう共通の認識があるのだと教えられる場を提供している。

★2──記事執筆中に発表されたニュースによると、エスティ・ローダーの創立者レナード・ローダー氏(80)と弟がピカソ作品33点を含むキュビスム・コレクション78点をMET(ニューヨーク)に寄贈したという。総額1,000億円にも上る、歴史上最高額クラスの寄贈だ。ホイットニー美術館が、移転により2015年からMETの別館となるため、その際の再編成に絶妙なタイミングだ。保管・修復、相続税など、個人コレクションには多くの難題が付きまとうが、この英断を祝福したい。

Die Picassos sind da!

Kunstmuseum Basel
2013年7月21日まで
http://www.kunstmuseumbasel.ch/

社会=都市=文化

 冒頭で触れた「文化─都市」展にて紹介されているプロジェクトに「デトロイト・スープ」というイベントがある。デトロイトは文字どおりアメリカの都市、スープは文字どおりのスープで、デトロイトの街中のある場所で、毎月1回人々が集まってスープを飲むイベントだ。もちろん、ただそれだけではない。
 誰でも自由に参加できるが、各自5ドル払うことで、スープと投票権が得られる。スープを飲みながら、その月のクリエイティブ・プロジェクト案件のプレゼンテーションを聞き、どれかに投票する。スープを飲み終えた頃には結果発表があり、勝者は、スープ販売による当日の利益をプロジェクト用にプレゼントされる、というものだ。
 2010年に始めた当初は少人数であったようだが、いまでは毎月200人を超える「スープ投票人」が集まり、「デトロイトのコミュニティのためのプロジェクトという枠以外何も規定がない」自由なプロジェクトのための資金提供を継続して行なっている。バーゼルの例ほどヒロイックではない。大きくもない。しかし、継続し、数々のプロジェクトに実現に寄与している。
 彼らのウェブページはこうある。「デトロイトは変化しいる。ゆっくりと。しかし、それが大事なんだ」。
 そこで変化しているのは、デトロイトの都市環境だけではない。人々の認識が変化し、連鎖している。ゆっくりと。しかし、それこそが大事なんだと、僕も思う。
 都市と文化をつくるのは、結局は人間だ。


Photo by David Lewinski Photography
デトロイトスープのウエブサイトにはスープのレシピだけでなく、親団体である「スープネットワーク」のリンクが張ってある。いわく、スープ会は現在、北米を中心に世界中91都市に広がっており、また賛同しやすいようにスターターキットも配布している。日本では京都の「サンデーブランチ」が紹介されているが、2013年6月9日に第2回目となるまだ新しい「スープ会」のようだ。

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