フォーカス
ワールド・アーキテクチャー・フェスティバル 2014
岩元真明
2014年12月01日号
World Architecture Festival(略称WAF)は、各国の建築家やディベロッパー、建築メディアが集結する世界最大規模の建築イベントである。今年7回目となるWAF 2014は、10月1日から3日にかけて、昨年、一昨年と同じくシンガポールのマリーナ・ベイ・サンズ・コンベンション・センターで開催された。
会期中はレクチャーや公開対談などさまざまなイベントが開かれるが、なんと言ってもWAFの目玉は世界の建築家が「ビルディング・オブ・ザ・イヤー」を競い合うコンペである。参加プロジェクトは竣工済みの建築と計画中の建築(フューチャー・プロジェクト)に分類され、それらはさらに17部門、12部門に分けられる(住宅部門、学校部門、オフィス部門など)。初日と2日目は、事前審査を経て選ばれた設計事務所が公開プレゼンで部門ごとに戦い、最終日の3日目には、各部門の勝者が「スーパージュリー」と呼ばれるビッグな審査員──今年の委員長はリチャード・ロジャースだった──の前で発表し、「ビルディング・オブ・ザ・イヤー」と「フューチャー・プロジェクト・オブ・ザ・イヤー」が選ばれるという仕組みだ。2014年は49カ国から300を超える設計事務所がショートリストされた。
今年はOMA、ザハ・ハディド、ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャースなど巨大事務所が多く参加した。彼らのプレゼンは大盛況で、立ち見の観衆が部屋の外まであふれた。ザハ・ハディドの《ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー》、OMAの《深圳証券取引場》や《デ・ロッテルダム》、メカノーの《バーミンガム図書館》など、近年の建築シーンを賑わせた建築のプレゼンは刺激的だった。
しかし、ふたを開けてみると往年のスターアーキテクトは初日、2日目にほとんど敗退し、若手や新興国の建築家の勝利が目立った。大激戦区だった文化施設部門は、ザハの《東大門デザインプラザ》、フォスターの《レンバッハ・ハウス》、メカノーの《バーミンガム図書館》をくだし、ビャルケ・インゲルス率いるBIGの《海洋博物館》が勝利した。OMAの巨大プロジェクト《デ・ロッテルダム》は中国の若手建築家ネリ&フーの小住宅改築《スプリット・ハウスを再考する》に敗北を喫した。手前味噌で恐縮だが、私がパートナーを務めるベトナムの若手ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツも住宅部門、ホテル部門、フューチャープロジェクトの教育施設部門で勝利し、2014年の最多勝を上げた。
そして最終日、あらゆる強豪を押しのけてビルディング・オブ・ザ・イヤーを受賞したのは、ベトナムの若手建築家a21スタジオの小さなコミュニティ施設《チャペル》であった。再生材を多用し、マルチカラーのファブリックでアクセントを加えたこの建物を、主催者のポール・フィンチは「最小限の材料で最大限の効果を発揮した」と評している。今年はベトナム建築のビッグイヤーとなったのである。
私は3回目の参加だったが、今年の結果は特に考えるところが多かった。多くの巨大事務所が初戦で敗れ、若手建築家が目立った。この事実は、フォスターやOMA、ザハなどのスターアーキテクトの造形や設計手法がいまや「スタンダード」となったことを示しているのではないだろうか。若い世代はスターアーキテクトの方法をいわば教科書的前提として受け入れ、そこからさらに何ができるか模索し、実践し始めている。
ベトナム、中国、インド、トルコ、ブラジルからの建築家の躍進は、先進国の趨勢が建築の流行を左右する時代からの転換を感じさせた。グローバリゼーションと情報技術の発展は、先進国のマーケット拡大をもたらしたが、他方では新興国の若手に世界と直接対峙するチャンスを与えた。ベトナムの若手建築家による小さなコミュニティ施設の勝利はこの意味で象徴的であり、「縮退ムードの先進国」と「アイコニック建築が乱立する新興国」という二項対立のいずれにもあてはまらない清々しい建築像を指し示したと言える。
メディアが未発達で、建築家という職能自体が確立していない新興国の建築家たちにとって、国際舞台で活躍することは生き残りをかけた基本戦略である。それゆえ、彼らは気合いの入り方が違う。西欧人がラウンジで談笑している最中にも、アジアからと思われる参加者がプレゼンの練習に励んでいる姿が印象的だった。
WAFの会場ではコンペのほかにもさまざまな講演やイベントが開催される。自身のプレゼンや同僚の応援に忙しく、その多くには参加できなかったが、リチャード・ロジャースの講演「市民とコンパクト・シティ」が記憶に残る。ミレニアム前後に発表されたロジャースのコンパクト・シティ論も、いまや「スタンダード」のひとつとなった現代都市計画のヴォキャブラリーであり、私たちはその先を思い描かなくてはならない。
なお、例年どおり日本からの参加者が少ないことが気になった。伊東豊雄と坂茂のプリツカー賞連続受賞が示すとおり、日本の現代建築は世界でもトップクラスである。しかし、海外に対する視点を失えば、日本建築もガラパゴス化してしまうだろう。WAFのような国際的イベントが自身の仕事を相対化する貴重な機会となることは間違いない。いくぶん商業主義的なイベントには批判もあろうが、それはそれとして、ワールドクラスのお祭りを楽しむ参加者が増えればよいと思う。