フォーカス

どこへいく ニューヨークのアートシーン──ニューアートの新しいメッカBUSHWICKを訪ねて

梁瀬薫

2015年02月01日号

Transmitter (1329 Willoughby Avenue)

 1月9日に隣の部屋のTSAギャラリーとともにオープンしたてのギャラリー。6人のアーティストたちによって共同運営されており、展示は順番にキュレーションをしていくという。コンセプトは「多領域、インターナショナル、実験的であること」。グランド・オープニング展はクリントン・キングの絵画作品展「Open Ended」。透明感のある画面には何層にも淡い色が重なり、終わりのない変化を表わしている。自然の変化をテーマにしているという絵画は、光と風景に影響を受けて描写されたブライス・マーデンのミニマリズム絵画シリーズや「ヴァイン」を思わせる。時間が静かに流れる空間だ。


ギャラリーオーナーのひとり、写真家で作家でもあるカール・ガンハウス氏。作品群は、Clinton King「Open Ended」。

The BogArt (56 Bogart Street)


左:BogArt ビル
右:こだわりのコーヒーでちょっと一息。クールなミューラルのあるカフェ。

 Lトレインでモーガンアヴェニュー駅下車。すぐにボガートストリートにあるアートビルが目に入る。10年ほど前から閉鎖された工場をミュージシャンやデザイナー、アーティストたちに制作スタジオとして貸し出している。5年ほど前から画廊が次々に入居。近辺にも大手ルーリング・オーガスティーンやイングリッシュ・キルズ、インターステートなどユニークな画廊が集まっていて、ブッシュウィック・アートシーンの中心地となっている。同ビルの画廊は主に地下と1階にあり、アーティストのスタジオは2階、3階に集まっている。1986年にアーティストたちによってフィラデルフィアで設立された、オルタナティブアートでは最も歴史のあるモメンタ・アート(非営利団体)も2011年にウィリアムズバーグから同ビルに移転。ワークショップ、パフォーマンス、ディスカッションなどを通じて社会問題を提示している。

NURTUREart


Gabriela Salazar「My Lands are Islands」展(NURTUREart)

 ブルックリンにはこのようにアートを社会との接点、あるいはダイアローグとし、アートスペースを地域や新しいアーティストたちに提供しているギャラリーが何件もある。同ビルのNURTUREart(ナーチャーアート)でもアーティストレジデンシープログラムや出版、美術教師や生徒たちとのセッションなども展開している。展示のほうは、ガブリエル・サラザーによるインスタレーション。「My Lands are Islands」というタイトルで、建築物かのように積まれた煉瓦の上に、崩れそうなウェッジ(三角状の立体物)が置かれている。シンプルで建築的な作品だが、ウェッジはプエルトリコの親戚が携わっていたコーヒー輸出業の家系史を辿り、コーヒーが使われ、白っぽい煉瓦は50年代と60年代にニューヨークの高級アパートの建設に使われていたものだという。このようなミニマルな作品から、作家が意図として啓示する、植民地主義、モダニズム、ミニマリズム、都会主義、フェミニズム、そして個人の歴史までを作品解説なしに読み解けるかどうか疑問だが、少なくとも時のはかなさ、都市建築、空間、労働、個人の感情がナラティブに表現されており、視覚的に充分伝わってくる。同画廊ディレクターでもあるマルコ・アントニーニのキュレーションの力も大きい。
 同ビル内のほかの画廊もそれぞれコンセプトがはっきりしていて意志の強さを感じた。
 今回ブッシュウィックの広い範囲を訪問して見てきた新進作家たちによる作品はどれも、個性的で表現も異なるが、共通する傾向として強く感じたのが、よく使われているDIY(Do it your self)なる手仕事の尊重だ。NURTUREart出版の『Golden Age』(2014)でも近年のアメリカ抽象画の回帰と動向(そしてブッシュウィックのアートの傾向でもある)を提示しているが、今日のソーシャルネットワーク時代の盲点を突いた新たな挑戦ともいえる。

Fuchs Projects


「Holiday Show」展(Fuchs Projects)。お年玉で購入できるかもしれない小作品が勢揃い。ウィットに富み、斬新で新鮮なコレクティブルなアートだ。

THEDORE: Art


ジオメトリック・アブストラクトの新作。Gary Petersen「Not now, but may be later」展(THEDORE: Art)。

Honey Ramka


「Hippie Priest」グループ展(Honey Ramka)

Clearing (396 Johnson Avenue)

 もとはトラックの修理工場だったビルを改装し、5,000スクエアフィートもある広大なスペースに移転したばかりのクリアリングはブリュッセルを拠点とする画廊だ。ブッシュウィックに画廊をオープンしたのは3年前。新しいスペースでの展覧会はロサンゼルス居住の若手作家カルヴィン・マーカス(Calvin Marcus, 1988年サンフランシスコ出まれ)による絵画インスタレーション「Green Calvin」だ。ニューヨークデビュー展となる。9点のグリーンに塗られたキャンバス作品による展開。画面にはそれぞれセラミック製のチキンが取り付けてある。よく見ると歯のある不気味な顔なのだ。チキンの体の顔は表情がすべて異なる。「これらは僕自身の顔です。微妙に表情が違う。チキンの位置も形もすべて異なる。皆さんはすぐにチキンに目がいくかもしれないけど、背景の緑は繊細に丁寧に筆で描いている。筆致が重要だ」というマーカスは制作の行程を重要とする。ナルシズムと創造の欲求が滲み出ている異様な空気を体感した。


インスタレーション風景。右は細部。


カルヴィン・マーカス「これは僕のロサンゼルスのスタジオのドア」

William Arnold

 最後に、自宅をギャラリーにしているウィリアム・アーノルド画廊を紹介しよう。地下鉄のロリマー駅に近い、簡素なアパートビルが立ち並ぶ静かな住宅地である。ワンベッドルーム、独身ひとり暮らしのリビングルームが展示会場だ。システムキッチンと冷蔵庫があるものの、異常なほどに磨かれた木の床が生活臭を感じさせない。「昨年9月から住居をギャラリーとしてオープンした。私物は全部寝室に入っている。当初は週末にオープンしていたが人の出入りが多くなり、管理人の目もあって、いまはアポイントメントオンリー」。ギャラリストはわずか24歳というヨルグ・ハラー(Jurg Haller)氏。モントリオールの大学を卒業して仲間とこの画廊を始めたという。世界中の若いアーティストを紹介している。大きなインスタレーションではないが、小ぶりの展示作品はどれも明快で、次の世代を担う現代アートの作家たちの層の厚さとパワーを見せてくれた。「家賃が上がったらまた移動する。アパートをギャラりーにしている、ベッドフォード・スタイヴェサント地区のラブアフェア画廊は注目株だ」。
 アーティストたちがニューヨークで夢見るボヘミアンラプソディーはまだまだ続く。


自宅をギャラリーに。ギャラリストのヨルグ・ハラー氏。

ブッシュウィック お薦めギャラリー

1329 Willoughby Avenue

Transmitter
TSA: Tiger Strikes Asteroid New York
Microscope Gallery

56 Bogart Street

NURTUREart
Momenta art
THEODORE:Art
Fresh Window
Fuchs Projects
Honey Ramka

その他

ArtHelix 299 Meserole
English Kills Art Gallery 114 Forrest Street
Interstate 66 Knickerbocker Avenue
Valentine 464 Seneca Avenue
Luhring Augustine Bushwick 25 Knickerbocker Avenue
Clearing 396 Johnson Avenue
William Arnold


ホイットニー美術館のアートハンドラー(作品取り扱い員)がキュレーションする展覧会。
「Can you move it all up one inch」展(ArtHelix)。


インスタレーション風景。「Sing’s Millennium Mart」展(Seung-Min Leeキュレーション, Interstate)


 同地区のギャラリーの多くは週末のみオープン。変則的なので事前にスケジュール確認を。また今年で3回目を迎えるアートフェスティバルBOS(ブッシュウィック・オープン・スタジオ)も注目。期間中には約600人ものアーティストがギャラリーでの展示と、オープンスタジオで作品を披露する(今年は6月5日〜7日開催予定。詳細はhttp://www.callforbushwick.com/)。


取材特別協力:Sara Roffino, Managing Editor/ The Brooklyn Rail and Ms.Amei Wallach, Art Critic and Film Director and Producer
写真撮影:photo by Jacques De Melo(写真の無断転用禁止)

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