フォーカス

ヴィジュアル・ミュージシャン ビョークが奏でる視覚音芸術に触れる

梁瀬薫

2015年05月15日号

 そして今回2階に特設されたインスタレーション作品「ブラックレイク」は本展のためだけに用意されたサウンドとヴィデオによる空間だ。4年半ぶりのアルバム『ヴァルニキュラ』にも収録されている同曲で、映像作家のアンドリュー・トーマス・ホワンが監督し2014年夏にアイスランドで撮影された約10分間の作品となっている。人口約32万人、多くの火山と温泉がある島国アイスランドの美しい自然を風景にしている。特撮やCG効果のない、自然と歌による作品だ。2つの大きな画面には火山の洞窟のようなところで歌うビョークが映し出される。オープニングから終わりまでイメージは暗く重い。


Björk. Still from “Black Lake,” commissioned by The Museum of Modern Art, New York, and directed by Andrew Thomas Huang, 2015. Courtesy of Wellhart and One Little Indian

 クラシカルで重厚なサウンドとビートがうねるように響き、「私たちの愛は子宮のような大事なものだった。でも絆は破壊された。護衛も去り、防御も取られた。……私の心は巨大な霊藻のある黒い湖。私は盲目、この海に溺れていく。魂は引き裂かれ、精神は破壊される。彼が編んだ組織のなかに」「……神聖なる家族をあなたは壊した。あなたは自分自身を裏切り、自身を汚した」と続いていく。なんとも悲痛な歌詞である。これは紛れもなくマシュー・バーニーとの別離をうたった作品なのである。現在娘の親権問題で裁判中でもある。実際失恋をテーマにした音楽作品は珍しいことではないが、ビョークのこの作品はまったく異なる次元で語りかけてくるのが不思議だ。久しぶりの新作でファンはまったく新しい表現の映像を期待していたかもしれないが、神話的なこれまでのビョークのさらなる進化ではないだろうか。体の中心から発せられるような歌声と感情を露わにした動作には、悲しみや怒りといった単なる感傷ではなく、衝撃を体感させるのだ。一生命体が母なる大地において再生を促すかのような。あるいは性の熟成。

 また、クイーンズ区のMoMA PS1 屋外のドームでは、アルバム「ヴァルニキュラ」から「ストーンミルカー」という新作ビデオ作品が公開された。「ブラックレイク」も手がけたアンドリュー・トーマス・ハングとのコラボで、初のヴァーチャルリアリティー・ビデオの作品となった。故郷アイスランドの海辺で昨年11月に撮影された作品だ。「もしこの歌に形があったとしたら、サークルのような切れ目のないシェイプ」との考えから、ドームでは360度パノラマスクリーンが広がる。観客はヘッドセットを装着し、約7分間のヴァーチャルワールドを体感。テクノのビートをベースにしたビョークの不思議で透明な声に引き込まれていく。ひらひらと踊りながら歌うビョークの後を自然に体が追っていて、気がつくとビーチにいる。文字通り、フィジカルなサウンドに体を包み込まれるような感覚に陥るのだ。これはYouTubeやiTunesでは味わえない、音と映像のインスタレーション作品だ。
 「人間は世界の中心ではない」というビョークの視覚と音への新たな挑戦となった。


MoMA PS1


Björk. Still from Stonemilker. 2015. Courtesy Wellhart Ltd & One Little Indian

Björk: A Mid-Career Retrospective

会期:2015年3月8日(日)〜6月7日(日)
会場:ニューヨーク近代美術館
11 West 53rd Street, NYC