フォーカス
吉阪隆正の建築とその世界:「みなでつくる方法━吉阪隆正+U研究室の建築」展から
今村創平(建築家)
2015年12月15日号
対象美術館
このところ数年、建築の展覧会の数がとても増えている。今現在東京都内では、ここで紹介する吉阪隆正のもの以外にも、フランク・ゲーリー(2箇所にて開催)、リナ・ボ・バルディやアジアの建築家の展覧会などが開催されている。少し前まで、村野藤吾、オスカー・ニーマイヤー、槇文彦の展覧会があり、年明けからはノーマン・フォスターの展覧会も始まる。建築の関係者として、このように建築への関心が高まっている状況を素直に嬉しく思う。
一方で、日本は歴史的に豊かな建築文化を持ち、また現代も建築家が世界的に活躍していることからも建築大国であることを誇ってよいのだけれども、実は建築専門の美術館がない。ニューヨークのMoMAやパリのポンピドゥー・センターは、膨大な量の建築コレクションを持っているし、ドイツ、オランダを始め、多くの国に建築博物館がある。建築博物館がないことは、常時建築の展覧会を行う場所がないのみならず、建築関係の資料を収集する施設がないことを意味する。そうした中で国立近現代建築資料館が一昨年5月に開館したことは、規模が小さくまだ活動が限られているとはいえ、喜ばしい出来事であった。
図面に描かれた緻密な世界
「みなでつくる方法━吉阪隆正+U研究室の建築」は、その国立近現代建築資料館が企画開催する六つ目の展覧会である。同館は、資料館と謳っているだけあって、まずは貴重な建築史料を収集しアーカイブ化することを目的としており、本展覧会もU研究室が所蔵していた資料約8,500点もが寄贈されたことが、そのベースとなっている。(早稲田大学の中谷礼仁研究室と齊藤祐子さんが中心となって、2年がかりで整理をしたそうである)
吉阪隆正という建築家は、前川國男、坂倉準三と並んでル・コルビュジエの元で学び、日本にこの20世紀最大の建築家の思想と設計手法を伝えたことで知られる。早稲田大学の教授を務め多くの建築家の卵を世に送り出したが、前川や坂倉のように組織的な設計事務所を構えていたわけではないから、両者ほどの作品数はない。今回の展覧会では、吉阪が手がけた代表作が並べられている。そのいくつかをあげることは可能だが、時として吉阪は、その世界観や人格について語られることが多く、身近にいた人々をはじめとする、多くの信奉者を有している。ちなみに、先ほどから名前が登場しているU研究室というのは、吉阪が主催していた設計グループの名称で、吉阪の没後もその活動を続けている。
本展覧会では、住宅から公共建築まで、また関連資料などが展示され、中央に巨大な八王子《大学セミナー・ハウス》の模型が置かれ、その周囲を何重かに取り囲むように建築図面が並べられている。
建築の図面というのは、大抵はそれほど面白いものではない。この施設は、資料として展示しているのだから、図面の歴史的価値を示すという役割はまずあるものの、普通の人は建築図面を見て特に興味を惹かれないものである(専門家には内容を読み解く楽しみがあるが)。というのも、例えば模型であれば、一般的には実際の建物をミニチュアにするという役割があり、それを見ることで実際の建物を見るように楽しむことができる。一方図面とは、模型同様縮尺があるものの、実際の建物の写しではなく、ある法則に則って製作された、情報を伝えるメディアである。図面の役割は、まず第一に施工者に正確に情報を伝えることなので、余分な情報は邪魔ですらある。
話を吉阪に戻すと、今回展示されている図面の多くは見ごたえがあるし、そのうち何点かは、かなり凄い図面である。吉阪(正確には、展覧会タイトル通り、吉阪+U研究室の成果であるが、以下も便宜的に吉阪と標記する)は、私が先述したのとは、かなり異なる図面観を持っていたことが、展覧会を観てすぐにわかるであろう。
ディテール、陰影、人間、小物、素材、様々なものが図面に描き込まれ、図面は記号であるという説をほとんど完全に否定し、描写の世界を築いている。展示されているのは、特に代表的なものであるから、これまでにも雑誌等掲載されたことがある図面も多く見知っていたものの、ウブでない目にも、実物の迫力には目を見張らされる。圧倒的な描き込みで知られる《ヴェネチア・ビエンナーレ日本館 1階平面図》(後年再制作されたものであるが)も、その密度も濃いが、実際には図面がこの程度の大きさであることであることに驚かされた。もっと大きな紙面に、描かかれていると思っていたのが、まるで細密画である。今日であれば、解像度が極めて高いということになるかもしれないが、デジタルの世界でいう解像度とはまったく異なる何かが目指されていたことだけは理解される。
油土模型の存在感
吉阪隆正は、大量の文章を生産し、いくつかの印象的なフレーズを書き、重要なキーワードを残した。それらのキーワードのひとつに「不連続統一体」という言葉があるが、《大学セミナー・ハウス》の建築群は、「不連続統一体」という魅力的ながらも意味の取りにくいコンセプトの一端を示している。その大学セミナーハウスの巨大な模型が、今回の展示の中心に据えられている。
波打つ大地の上に、様々な大きさと形の建物がバラバラと撒かれた様子が、粘土で再現されている。粘土という素材は、今では建築模型においてほとんどまったく用いられないが、かつては一般的なものであった。そして、吉阪の建築と粘土という材料には、親和性が認められる。粘土をよくした建築家に村野藤吾がおり、村野の例えば日生劇場とか谷村美術館に見られる曲線を全面的に用いたマッスの表現は、確かに粘土での検討が相応しく思える。一方で、村野は、和風建築のスタディにすら模型を用いており、実際に建つ村野の建築は、粘土が持つウエットさがあまりない、軽妙な作風である。それに対し吉阪は、荒々しいコンクリートの肌理を好み、粘土という素材の持つずっしりとした質感を求めた。特に、大学セミナーハウスの本館の、逆四角錐の塊が地面にぶすりと突き刺さる迫力ある様は、粘土の塊と格闘しながらでなければ得られなかったものだろう。
吉阪隆正の野生と知性
吉阪を物語るのに最もよく繰り返し紹介されるもののひとつに、大学の学生だったときに訪ねた内モンゴルの草原で、一軒の小さな泥作りの家を認めて、いきなりウォーと叫んで走り出したというエピソードがある。その家とは、「の」の字型の平面を持った簡単なもので、しかし領域構成が明快な、「住居の原型」であると、吉阪は捕らえた。吉阪がこの素朴な家に心から感動をしたことからも、吉阪の建築観の傾向は洗練とは対極にある、野趣溢れるものとされる。それは、モダニズムのもつ合理性やそれからもたらされるシンプルな表現への批判でもあった。大地や動植物特有の、生命がせり上がるような息苦しいまでのエネルギーを建築にも持ち込もうとした。とはいえ、幼くして国際的素養を伴う英才教育を受けた知性の持ち主であったから、ただ感情の赴くまま表現に走るようなまねは、もちろんしなかった。理論的でありながら、モダニズムの箱が時代をリードする中で、建築における「形」の有効性を模索し続けていた。
であるから、吉阪隆正の建築は、一見粗野で時代遅れに思えるものの、ところどころ今日の尺度からしても、とても現代的な表情を見せている。例えば、《生駒山宇宙科学館》や《箱根国際観光センター競技設計》のドローイングが今回展示されているが、鉛筆書きの表現はさておき、造型としては今日の国際コンペの案といっても充分通用するだろう。
内部構成にしても、動線がテーマとなった建築が多く、これは師匠のル・コルビュジエの「建築的プロムナード」の残響を見ることもできるが、例えばレム・コールハースの回遊性のある建築と比較するのも一興だろう。先にあげた、《大学セミナー・ハウス 本館》は、外観こそ圧倒的なマッスの量感に圧倒されるが、中を巡ると様々な空間が連鎖する軽妙さは、外観とはまったく異なる質を有している。今回の展示でもこの建物の断面図が展示されているが、図面から内部の構成の理解が無理なことは、すぐに理解される。この内部空間と、レムのシアトル図書館の内部空間を比較してみることは、意味のないことだろうか。
吉阪隆正が亡くなって35年が経ち、このユニークな建築家のことをまったく知らない世代が増える中で、今回の展覧会は、彼の建築に触れる良い機会となるだろう。また、建築界の以外の方々にとっても同様である。とはいえ、国立建築資料館の展示はあまり親切ではなく、それはお役所的にも思えるし、資料をそのまま提示することにしているからだともいえる。そのため、吉阪についての予備知識がない人には、少々わかりにくいだろうが、サービス過剰な演出がないため、資料そのものと向き合うことができるだろう。そして対面し凝視することに応えるだけの力が、吉阪の図面は備わっていることは、ここまで述べたとおりである。
「みなでつくる方法━吉阪隆正+U研究室の建築」展
会期:2015年12月3日(木)〜2016年3月13日(日)
会場:国立近現代建築資料館
東京都文京区湯島4-6-15/Tel. 03-3812-3401
主催:文化庁