2018年12月01日号
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フォーカス

喧騒のストリートへ──マニラの街に広がるムーブメント

平野真弓(キュレーター、98B COLLABoratory共同設立者)

2016年11月01日号

 近年の急速な経済成長とともに、フィリピンの首都マニラには閑静なギャラリースペースが数多く出現し、マーケットの勢力が脆弱な公的制度の穴を埋めるかのように、コンテンポラリーアートのインフラ整備を独占的に進めている。その一方で、現代を生きるアーティストたちの活動はアートのために組織された空間に留まることなく、さまざまな人々を巻き込みながら街の喧噪の中へと広がりを見せている。本稿では路上という現実の空間を舞台に展開しているムーブメントを取り上げ、日常のなかにある政治的、社会的な問題に対するアートの働きを探ってみたい。

歴史的背景──路上とプロテストアート

 ストリートは、美術と社会、土着と外来の文化の接点として、フィリピンの近現代美術の流れを考察するうえで重要な空間である。なかでもフェルディナンド・マルコスが独裁的に政権を掌握した時代(1965〜86)に、路上で繰り広げられた反体制のアート・ムーブメントは、アートをフィリピン社会のなかに位置づけようとする動きのひとつの道しるべとして今日まで色濃く影響を残している。巨大なフィリピン文化センターの創設が象徴するように、マルコスは大規模な文化事業の施策によって自身とイメルダの「家父長的権威のもとに人々の共同体が形成される」★1という物語の視覚化を目まぐるしい速度で進め、芸術文化活動を中央集権体制の管理下におき、表現を厳しく取り締まった。こうした抑圧的な制度への抵抗として、「ポスター、壁画、イラストレーションといった大衆に馴染みのある視覚表現を使い、1人でも多くの市民に手を差し伸べ、少数の限られた特権階級に向けたアートの商品化からの脱却」★2を掲げる、共産主義思想に感化されたアーティストたちによってナグカカイサン・プログレシボン・アーティスタ・アト・アーキテクト(Nagkakaisang Progresibong Artista at Arkitekto、1971結成)やその後身であるカイサハン(Kaisahan)といったコレクティブ(共同体)が結成された。「カイサハン宣言」(1976)に述べられているように、この時代にアートは「フィリピンの民衆の生活を描くだけではなく、生活状況の向上を探求する」★3手段として社会的任務を背負うことになったのだ。マルコス独裁政権崩壊の前夜には、表現の自由を訴える美術家、音楽家、作家、フィルムメーカーやカルチュラルワーカーなど約350人が、コンサーンド・アーティスツ・オブ・ザ・フィリピンズ(Concerned Artists of the Philippines)として集結し、1983年2月のエドゥサ通りでの民衆蜂起、ピープルパワー革命に向かって民衆運動と合流し大きなうねりとなって都市を席巻していった。



左=HINDI KA NAG-IISA (1983), Group Painting by Buklod-Sining, Photo by Edgar Talusan Fernandez
Photo courtesy: Concerned Artists of The Philippines
右=Photo courtesy: Concerned Artists of The Philippines



★1──パトリック・D・フローレス「突然目に見え始めた? フィリピンにおける実験とペダゴジーとしての芸術」『国際セミナー2014 Cultural Rebellion in Asia 1960-1989報告書』(国際交流基金アジアセンター、2015)p.168
★2──Guillermo, Alice G., Protest/ Revolutionary Art in the Philippines 1970-1990, University of the Philippines Press, 2001, p.52(筆者訳)
★3──"Kaisahan Declaration of Principles" Pananaw 7: Philippine Journal of Visual Arts, 2010, pp.16-17(筆者訳)

プロテストアートのいま──ウガットラヒ・アーティスト・コレクティブ

 「人々のためのアート、人々によるアート」を掲げるウガットラヒ・アーティスト・コレクティブ(UGATLahi Artist Collective、1992年結成)は、マルコス時代に端を発するプロテストアートの流れを直接的に継承しているコレクティブだ。アーティストと美大生を中心に構成され、「讃歌されることのない社会の英雄たち」★4、つまり農民や労働者など搾取される立場におかれた人々との共同でつくり上げる街頭パフォーマンスで知られている。これは、フィリピンがスペインの植民地支配下にあった時代から現代まで民間に伝承されている、「エフィジー」と呼ばれる竹と紙でできた巨大な人形を使って地主を揶揄する、風刺の伝統を使って政府を批判するものだが、特に大統領施政方針演説の日に、コモンウェルス通りで行なわれる扇情的なプロテスト・パフォーマンスは、海外メディアの関心も高く、単純明快な表現によってフィリピンの民衆の声を国内外に向けて発信し続けている。



グロリア・マカパガル=アロヨを風刺するエフィジーの様子
UGATLahi Artist Collective, State of the Nation Address, 2002
Photo courtesy: UGATLahi Artist Collective


 マルコス時代のアートアクティビストたちがフィリピン共産党の思想に共感を抱き、民衆組織との協力関係のなかで活動を展開したように、ウガットラヒは左派系政党であるバヤン(Bagong Alyansang Makabayan)との連携体制のもとに政権批判の場をつくってきた。しかし今年になって「変化はやってくる(Change is coming)」というスローガンとともに民衆の厚い支持を得て新政権が樹立し、ウガットラヒはこれまでの攻撃的な表現とは打って変わって、新大統領に向けた賛美の絵画を掲げ群衆の行進の先頭に立ったのだ。彼らは拳を振り上げ沸き上がる民衆の歓声に加勢し、新大統領の独走に拍車をかけるのだろうか。熱狂、高揚感のもとに社会がもつ複雑なニュアンスを見逃さないためにも、いまこそ冷静な批評の場が必要とされている。


UGATLahi Artist Collective, State of the Nation Address, 2013, Video by Mark Salvatus


★4──"UGATLahi Declaration of Principles", Pananaw7: Philippine Journal of Visual Arts, 2010, pp.114-115(筆者訳)

ストリートへの介入─ネオアンゴノ・アーティスツ・コレクティブ

 ネオアンゴノ・アーティスツ・コレクティブ(Neo-Angono Artists Collective)は、マニラの郊外にある街、アンゴノ在住の美術家、音楽家、俳優、詩人やジャーナリストを中心に、100人以上のメンバーで構成されているグループで、地域が抱える今日の問題と表現の関係を模索している。年間を通じて教育ワークショップや企画展などを行なっているが、エフィジーが街の中をパレードする地元の「ヒガンテス祭」と同時に開催される独自のパブリックアート・フェスティバル(2004〜)を活動の主軸に置いている。ポップでカラフルなデザインに彩られたエフィジーの多くが企業広告や政治的な広報ツールとして利用されていることからも明らかなように、地域の伝統も公共のプロパティーも権力と財力によって消費されてしまう危険に晒されている。ネオアンゴノも地域行政や企業からの協力を得てはいるが、一貫してアーティスト主導という体制を維持し、個人の自由な表現を社会のなかで発表する場を確保している。パフォーマンスやインスタレーション、壁画、映像作品の上映、ポエトリーリーディングなどを路上に配置し、街全体を会場にフェスティバルは構成され、道行く人たちとの双方向的な作用が発生するのを待ち構えている。アンゴノの市役所前に「フィリピンのアートの首都」という謳い文句が掲げられているように、実際に街の中ではアンゴノ出身の著名なアーティストが手がけた彫刻作品や壁画を数多く見かけるのだが、これらの作品が創造神話や歴史上の英雄に取材した記念碑であるのとは対象的に、ネオアンゴノのパブリックアートはストリートへのテンポラリーで奇想天外な介入によって、現実の生活にある人やもの、時間の流れにズレを引き起こし、慣れ親しんだ空間を管理する不可視の政治構造をユーモア溢れる視点から描き出している。



公設市場の看板へのインターベンション。いくつかの文字を覆い隠し、ネオアンゴノ・パブリック・アート・フェスティバルの看板へと転換している。
Photo courtesy: Neo-Angono Artists Collective



ネオアンゴノ・アーティスツ・コレクティブによる、報道の自由に関する歴史を描いた《Sangandaan ng Kasayaysayan(歴史の交差点)》の展示風景。本作品はフィリピン記者クラブの依頼によって制作されたが、公開前日に大統領護衛隊の検閲を受け、委託者の手によって修正がかけられた。写真は、修正前の絵画を街中で再展示している様子。
Photo courtesy: Pilipinas Street Plan


食品会社の製品サンプルを配布しながらパレードするヒガンテスと、ネオアンゴノ・パブリック・アート・フェスティバルのために通行人とともに制作された、マーク・サルヴァトスの参加型壁画《Wrapped》。
Photo by Mark Salvatus


ネオアンゴノ・パブリック・アート・フェスティバルのために、病院の屋根に設置されたワイアー・トゥアゾンの作品。
Photo courtesy: Pilipinas Street Plan


共生のための実験──98Bコラボラトリー

 大規模な都市開発とともに、あらゆる側面から街の私有化が進んでいるマニラでは、何気なく人々が集まっていた余白の空間が少しずつ路上から姿を消そうとしている。こうしたなか、都市開発の波に取り残された、かつての商業の中心地エスコルタ通りで、多様な人々のゆるやかな協力関係によって、独自のパブリックスペースのかたちが生まれようとしている。その動きの中心にあるのが98B コラボラトリー(98B COLLABoratory)だ。メンバーは流動的に入れ替わるが、常時10名ほどのアーティストによって構成されている。実験と失敗が許される創造的な環境づくりを目指す彼らの活動の特徴としては、国内外のアーティストや建築家、文化遺産保護活動家、商店や建物のオーナー、大学生など、外部からの企画を受け入れ、その実現に向かってコラボレーター役に徹していることである。わずかな経済的資源しか持ち得ないが「What if(もし〜だったら)」という仮説を共有できる共犯者を獲得し、既存のルールをくぐり抜け、テリトリーの境界を曖昧にしながら、展覧会、上映会、ディスカッションやアーティスト・イン・レジデンスのほか、フリーマーケットやパーティーなど、さまざまなアイデアを具現化していく。住宅街にあるアパートの一室に、筆者が98Bを共同設立した当初からは、このような活動の多様な展開と街の中への広がりは予想することもできなかった。それは、98Bに集まる人びとの「Do It with Others」の姿勢によって導かれた結果なのだろう。こうした共同作業がなければありえなかったであろう関係のなかから、街の中にある空地や空き店舗の活性化、資源の再発掘といった物理的な効果を越えて、心理的なコモンスペースがつくり出されている。それは、街の中に広がる共生のためのプラットホームであり、つねに移り変わる現実の問題に、創造的な解決策を見出す社会実験の場としても機能しようとしている。



サンタクルス教会前からエスコルタ街を望む。写真中央の建物が98Bコラボラトリーの拠点があるファースト・ユナイテッド・ビルディング。
Photo by Salvage Project


98Bでは海外からのアーティストの滞在制作のサポートも行なっている。写真はダスマリニャス通りで行なわれた山下拓也の制作風景(2013)
Photo courtesy: 98B COLLABoratory


ロンドン在住のフィリピン人アーティスト、デヴィッド・メダラが主宰する「ロンドン・ビエンナーレ:ポリネーション」(2016)では現地コラボレーターとしてエスコルタ街での企画を開催した。写真はアーティスト・コレクティブ・WALAによるパフォーマンスの様子。
Photo courtesy: 98B COLLABoratory


フィリピンの各地で活動するアーティストやキュレーターとの連携によって、2カ月に1度エスコルタ街で上映会「Scope」を開催し、上映された作品は98Bの拠点で随時視聴できる。写真は「Scope: Cebu」の路上での開催の様子。
Photo courtesy: 98B COLLABoratory


アーティストが出店する「フューチャー・マーケット」の様子。写真手前はマーズ・ブガワンの作品。2016年5月より「フューチャー・マーケット」は「HUB」としてリニューアルした。
Photo courtesy: 98B COLLABoratory

 ストリートはフィリピン社会の状況を直接的に映し出している。皮肉なことに、人々の手によって獲得された民主主義の象徴であるエドゥサ通りは、1キロ進むのに30分かかると言われるほどの慢性的な渋滞を抱えつねにクラクションの音に包まれ、車窓に映るのは巨大なビルボード広告ばかり。企業が謳う快適な生活は絵空事に見え、劇的な状況改善を約束する政治家の売り文句も信用ならず、社会に蔓延している行き詰まり感はそう簡単には解消されそうにない。この先行きのはっきりとしない騒然とした状況を逆手にとって、アーティストはエアコンの効いた快適な環境から街の中へ飛び出し、予め用意されたプランや選択肢に縛られることなく、自分たちのアイデアとスタイルを楽しみながら、お互いの表現をサポートする遊び場のような空間をつくり出している。彼らのしなやかさとたくましさ、そして遊び心が切り開く前途に期待したい。

98B COLLABoratory

場所:413 Escolta Street, Mezzanine Level, First United Building, Manila

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