2017年07月15日号
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【北京】変化と規制のなかでの模索

多田麻美2017年07月01日号

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 北京の都心はここ数カ月、いわば「静かに大騒ぎ」している。近年の北京で積み重ねられた違法な増改築の「復原」が一斉に行なわれた結果、多くの住民や店舗が引っ越しや廃業を余儀なくされているのだ。その徹底ぶりはほとんど一夜にして街の風景をがらりと変えてしまうほどで、次々と出現するシュールな風景を前に、「都市の環境」をめぐる思考や試みが、美術や建築の分野でも、これまでになく切実さを帯びている。

都市のイメージの再構成

 今年の北京で印象に残った展覧会には、都市を扱ったものが多い。央美術館で開かれた「都市折畳」展では、社会敏感性研究開発部や日本の山田健二などを含む15組のアーティストが出品。機能主義的な都市計画、伝統的な要素の商業的乱用、個人と都市の関係などに内省的な目を向けた作品の数々は、都市人口と教育、経済と政治、社会学と民俗学などの視点を組み合わせながら、写真、インスタレーション、ビデオ、調査報告などのかたちで、都市をめぐるさまざまなイメージを呼び起こしていた。

劉偉偉《北京にはいくつの打工子弟学校があるか》(2016)
「都市折畳」展


劉偉偉《北京にはいくつの打工子弟学校があるか》(2016)、地図と学校リスト[筆者撮影]

 そのひとつ、劉偉偉の《北京にはいくつの打工子弟学校があるか》は、公立学校でないために軽んじられ、なかなか明るみに出ない北京の打工子弟学校(出稼ぎ労働者の子弟のための学校)の総数の変化を作家自らが調査したものだ。その報告によれば近年、都市の人口規模の抑制のため、出稼ぎ労働者の子どもの教育環境が制限されているという。公共の利益の犠牲になる存在が圧倒的な弱者であることや、歴然として存在する農村と都市の格差が印象に残る。

楊円円《沈む船の残り》(2016)
「都市折畳」展


楊円円《沈む船の残り》(2016)[筆者撮影]

 一方、楊円円は北京近郊の古いオフィスを、それが取り壊される直前までアートのプロジェクトの空間として活用。さらに同オフィスの内装の残骸を《沈む船の残り》として展示した。楊はまた、かつてオフィスの設計を行なったベネズエラ人建築デザイナー、アントニオ・オチョアを探し出し、《沈む船の上で:アントニオとの対話》と名づけた詳細なインタビューを行なっている。1993年以来北京に住み、建築デザイナーとして数々の設計を手掛けてきたオチョア氏は、北京の変遷について上海との対比などを交えつつ、思い入れと喪失感を込めて語る。彼によれば、90年代以降の北京の変化はあまりに激しいため、住民たちに自分の使う建物への大々的な投資を拒ませているという。それは人々が北京に「帰属感」を感じられないこととも相関関係にある。

陳維展

 また、草場地の香格納画廊(Shangh ART)の陳維の個展では、壊れているがゆえに独特の個性を帯びた電光看板や、願掛けの対象でなくなることによってシンボル性を喪失した噴水や彫刻、コインなどの形象を通じて、都市が都市自身や人々の意識のなかから失いつつあるイメージを、現実とフィクションの境界をあいまいにしたかたちで浮かび上がらせていた。


陳維《願掛け池》(2017)[撮影=張全]


陳維《新楼》(2016)[撮影=張全]

 これらの展覧会に強い必然性を感じたのは、やはりいまの北京で進行中の整備や再開発が、景観的にも、また住環境的にも、あまりにも大きな変化と影響をもたらしているからだ。上述の「都市折畳」展にも出てくるが、黒橋芸術区などの北京郊外の芸術家村も、大規模な再開発の実施に伴い、近年、どんどんと取り壊されている。つまり北京の街の変化は、郊外を拠点とすることが多い北京の若いアーティストたちのあいだでも、自己の創作活動に直接の影響をもたらす、無視できないものなのだ。彼らはしばしば、権利や機会を踏みにじられた者の立場から、芸術的アクションを起こしている。

変わり続ける胡同空間

 北京の都心に残る旧市街地、特に胡同と呼ばれる北京の古い横町が広がるエリアでも、ここ十数年、顕著な動きがある。外国人や中国のホワイトカラーを中心とする一部の層が、伝統的な建物やその敷地にモダンで機能的なデザインを取り入れ、おしゃれな空間として活用しているのだ。
 特に4つの棟が中庭を囲む北京の伝統的な四合院建築やその跡地では、じつにさまざまな試みが行なわれている。そのデザインや施工のクオリティ、そして街並みとの調和度はピンキリだが、歴史こそあるが老朽化も激しかった空間に新たな活気をもたらすものとして、おおむね肯定的に捉えられてきた。

張軻《微雑院》

 とりわけ、朱培、張軻、馬岩松、そして日本の隈研吾などの世界的な建築デザイナーらが四合院やその敷地のリノベーションを手がけるようになると、その作品はしばしば国際的な注目を集めた。昨年は、「標準営造」の張軻が、寺院跡の四合院で手掛けた児童図書館、《微雑院》がアガ・カーン建築賞を受賞している。


標準営造・張軻《微雑院》[筆者撮影]

STUDIO+0601 勝田規央《現代院》

 ここ数年は、日本の建築家の活躍も顕著だ。2015年に勝田規央の設計によって完成した《現代院》では、雑居状態の四合院の中庭が具えてきた要素や、四合院の外壁がそもそも持つ隔離的な機能がそのデザインに取り入れられている。立体的かつ複層的に再構成された中庭は、居住空間との融合的な関係を保ちつつ、現代の四合院建築というコンセプトをシンボリックに体現している。




STUDIO+0601 勝田規央《現代院》[撮影=広松美佐江/宋昱明(北京鋭景)]

パーツを家に「差し込む」

 もっとも、北京の四合院、またその敷地を利用してこのような快適で広々とした空間を実現できるのは、ほんの一握りの富裕層に過ぎない。
 実際のところは、北京の四合院はその大半が、解放後の特殊な歴史的経緯を経て、複数の世帯が同居する「大雑院」と化している。中庭を囲む4つの棟は、壁や屋根を隣の世帯と共有していることが多く、自分の使用している家屋だけを改築することは難しい。また、大半が「公房(公有住宅)」に属するため、改築に対する制限も厳しい。
 大雑院のユニットにはトイレやシャワーなどの設備が整っていないことが多く、壁や屋根の老朽化も激しい。そのため、住宅の具体的な条件や住民のバックグラウンドによる差こそあれ、住民の多くも改修や引っ越しによってもっと快適な生活を手に入れたいと望んでいる。だが、いくら需要が高くても、これまで建築デザイナーのあいだでは、大雑院のリノベーションは採算がとれないとされてきた。一つひとつのユニットの面積が狭いうえ、かりに設計図ができても、中国ならではの複雑な権利関係を熟知し、それを上手に処理したうえで原案どおりに完成させるのは、至難の業だからだ。
 たとえ家主が家屋の所有権を持っている場合でも、中庭や敷地の壁、地下を動かすとなると、関連部門や隣人の許可を得るのは一苦労で、何年もの時間を要することがある。また、いざ建設の許可が下りても、腕のいい施工業者を探すのは難しい。資材を運ぶのも大変な、入り組んだ胡同の奥の、しかも規模の小さな工事を引き受けたがる者は、ベテラン業者のなかからはなかなか見つからない。

《プラグイン(内盒院、挿件家)》プロジェクト

 そんな厳しい条件のなか、胡同地区の文化財を保護しつつ、大雑院の住民の生活も快適にしたい、との願いから生まれたのが、《プラグイン(内盒院、挿件家)》プロジェクトだった。3人の若手建築家、何哲、ジェームズ・シェン(沈海恩)、臧峰から成る建築事務所「衆建築」が立ち上げたもので、文化財保護を訴えるNGO、北京文化財保護センターが主催したプレゼンテーションなども効果を上げ、次第に多くの人に知られるようになっている。すでに同プロジェクトによってArchitizer A+、WAF、Red DotそしてArchmarathonなどの国際的な賞を獲得してきた「衆建築」は、さらにこの6月、環境や社会に配慮した事業活動を行なう企業に対して与えられる民間認証、「Bコーポレーション」をもつアジアで唯一の建築事務所となった。
 《プラグ・イン》プロジェクトは、古い建物の内部で、パーツ化された建材を組み立てることで、効率よく、安価で、柔軟性に富んだ改修を実現する。外殻となる古い建物に雨漏りなどの問題がなければ、素人でも1日程度でひと部屋分を組み立てられるという。パーツには合板の壁や金具はもちろん、浄化槽つきトイレや循環型無水トイレ、そしてキッチンなども含まれる。




《プラグイン》施工前と施工後[提供=衆建築]

同プロジェクトでは、ただ部屋の表面をきれいにするだけではなく、空間の利用法にも大雑院の特色に対応した柔軟な発想を活かしている。アコーディオンのように伸縮する通路や、壁や窓を移動させ、室内と中庭とをつなげるためのパーツなどは、隣人の生活を邪魔することなく、中庭の空間を生かすアイデアに富んでいる。


《プラグイン(内盒院、挿件家)》上に上げることで雨避けとなる窓[提供=衆建築]


《プラグイン(内盒院、挿件家)》移動壁を外側に開くことで、室内と屋外がつながる[提供=衆建築]

 ちなみに、施工後の建物は保温性が抜群となり、エネルギーの消耗は四合院を新しく建てた場合の3分の1だ。コストも安く、通常のやり方で四合院を改修した場合の3分の1、新たに四合院を建てた場合の5分の1で済むという。
 「衆建築」の関係者によれば、権利関係の問題があるので、施工に至らないケースも多いが、2017年6月時点ですでに20戸が完成しているとのことだった。

時間が逆流する都市空間

 《プラグ・イン》の関係者の話を聞いたとき、筆者の印象に強く残ったのは、「これでは不公平だと思った」という一言だった。引っ越したくても引っ越せず、かといって自由な改修や増築もできない大雑院の住民の境遇を、快適な居住環境に引っ越せた者と比べて不公平だと感じたことが、《プラグ・イン》プロジェクトを広めたいと思ったきっかけだというのだ。
 そもそも大雑院の住民にはすでに、生活を快適なものにバージョンアップさせることを諦めている人も多い。そういった傾向がしばしば、大雑院のスラム化を加速させている現状においては、大雑院でもモダンかつ快適に暮らせることを示すプランはじつに革命的に見える。
 本稿では詳述しないが、2015年、大雑院の狭い家を奇跡的なほど機能的でモダンな空間に変えた青山周平のプロジェクトが北京で大きな話題を呼んだ。今回の《プラグ・イン》は、そういった変化のなかで育まれた理想的な生活像を、より手の届きやすいオプションとして示したことになる。
 だが残念ながら、目下、リノベーションを大胆に実現できるのは、家屋の「財産権」がある「私房(私有住宅)」の所有者だけに限られるだろう。胡同の住民全体の約半数以上を占めるといわれる、家屋の「使用権」しかない「公房(公有住宅)」の住民は、比較的大きな困難やリスクを強いられるはずだ。そもそも「公房」のリノベーションは、不動産管理局からの許可が下りにくい。これに加え、もともと家族で住んでいた四合院を解放後、無理やり公有化され、いまはその所有権を取り戻したいと考えている人々も、この種のリノベーションを警戒しがちだ。現在の居住者の住居に対する所有意識を高めると考えるからだ。
 しかも、冒頭で述べたような、大規模な「復古的」整備が進む現在は、家屋のリノベーションはこれまでにない慎重さを求められている。何せいまの北京では、庶民的な貸家から八百屋、床屋、レストラン、そして洗練されたデザインのバーや本屋などに至るまでが、一斉に元の図面どおりに壁を補充されたり、ぶち抜かれたりしているのだ。10年以上無事営業していた広大な市場さえ、「違法建築」だったとして閉鎖させられている。
 中国ではまだ借り手の権利がきちんと守られないことも多いため、突然追い出された場合の内装費や前払いされた家賃などの損失は莫大な金額に上っていることだろう。しかも規制の規模は商店の集まるエリアを中心に驚くほど広く、「都市の肥大化を防ぐ」などの名目で郊外の区にも及んでいる。


かつては開口部を広くとった服飾店が連なっていた通り。いまはドア部分以外に壁を補充。[撮影=張全]

 当局は盛んにスローガンを掲げ、違法な増改築の「復原」を進めているが、だからといってその基準の順守が、住民が本来もつべき権益を守るためのものだとは限らない。むしろ、原状回復の過程や結果によってできた壁や開口部が、従来の住民の安全な暮らしをかえって脅かしているように見える例も少なくない。


同じく壁を補充させられた肉屋[筆者撮影]

 スローガンの内容などから判断すれば、今回の改造の主な目的のひとつは、違法な建築や店舗を減らすことにより、北京の外来人口を減らし、都市の人口規模をコントロールすることだ。権利関係と空間の配置をリセットすることは、当初、勤務先などを通じ、統一された基準のもとであてがわれた「公房」の利用をより公平にすることにもつながる。
 だが、北京で働くことが必要、または魅力的であり続けるかぎり、地方出身者はかたちを変えてなんとか北京に住み続けるだろう。地方出身者向けの学校や店、住宅を減らしたところで、都市、ひいては農村も含めた社会の構造をデザインし直さなければ、街の創造的な成長の芽を摘み、人々から仕事や生活の機会を奪い、社会を不安定にするだけだ。
 目下、北京で創作やデザインをする、ということは、つねにめまぐるしい変化や怒涛のように押し寄せる規制と向き合うことでもある。さまざまな規制や条件とのあいだで拮抗、克服、受容を繰り返すなかで、妥協をどう最小限に抑え、自らの感性を解き放ち、理想とするものを実現させていくか。それは、厳しく不安定だが、独自の緊張感によって、チャレンジ精神を誘う体験でもあるのかもしれない。2000年以前に設計したすべての建物がすでに現存しないという前述の建築家、アントニオ・オチョアも、インタビューのなかでこう言っている。「都市が不安定であることは、建築家にとってはもしかしたらいいことかもしれない。なぜならそのお陰で、つねにやるべき新しいことがあるからだ」。



「都市折畳(REBEL CITIES)」展

会場:央美術館 YANG ART MUSEUM
会期:2017年3月11日〜2017年5月14日
http://www.yangmuseum.org/Exhibition/Upcoming.html

陳維「陳維」展

会場:香格納北京画廊 Shang ART Beijing
会期:2017年5月20日〜2017年7月9日
http://www.shanghartgallery.com/galleryarchive/exhibition.htm?exbId=11218

標準営造 張軻

『微雑院』(Micro Yuan’er)
詳細:http://www.standardarchitecture.cn/v2news/7299
(アガ・カーン建築賞については次を参照
http://www.akdn.org/architecture/project/hutong-childrens-library-art-centre

STUDIO+0601 勝田規央

『現代院』(MODERN CHINESE QUADRANGLE HOUSE)
詳細:http://www.studio0601.com/ja/modern-chinese-quadrangle-house-japanese/

衆建築(People’s Architecture Office)何哲、James Shen(沈海恩)、臧峰

『プラグイン(Plugin, 内盒院、挿件家)』
詳細:http://www.peoples-architecture.com/pao/

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多田麻美

1973年生まれ。北京の胡同に住みながら、フリーランスで記事執筆と翻訳を手掛ける。テーマは中国や北京の美術や建築、伝統文化、文学など。『美術...

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