2017年12月15日号
次回1月15日更新予定

フォーカス

【イギリス】「アート」と「医療」 かかわりへの模索──北東英国を中心に

中野詩(美術待合室主宰)

2017年12月01日号

 「アートと医療」についてのお話を書かせていただく機会を得た。「アート」と「医療」と聞くとどのようなイメージを抱かれるだろうか。多くの人が「癒やし」をイメージするだろう。しかし私は日本でその分野の仕事や活動に携わった経験から、時に「癒やし」には留まらない、受け手の背中を押すようなことが現場で起きているのを感じてきた。そもそも「アート」は「医療」と、どのような関係性を結べるのだろうか? 私はこのような内なる問いかけを学術的に探求するために、現在、英国で調査研究を続けている。来歴は著書情報に記載されているが、読者の理解を得るため、筆者がこの「アートと医療」にフォーカスするに至った思考と、実践の遍歴について具体的に触れようと思う。

はじめに

 日本の大学院時代、「参加型アート」、特に、「作家主導によるプロジェクト型アート」への参加者にとっての意義について修論を執筆。修了後、日本の地方都市にある高齢者介護施設を擁する病院のArts for Healthcareアーツ・フォー・ヘルスケア室(2004年当時名称)の学芸員として、勤務先が所蔵する美術作品の調書の作成、所蔵作品の医療施設内での展示、ホスピス病棟で暮らした患者さんの遺作展の開催、地元の美術デザイン系の学生や若手クリエイターが中心となってグループホームで展示やイベントを行なえるように調整役を担うなどした。その後、現代美術専門の美術館で教育担当の学芸員として、高齢者対象のワークショップおよび展覧会の対話型鑑賞会を企画運営。さらに3.11後には一個人として、小児専門病院でアート活動のボランティアに携わった。
 これらの流れと並行して、10年来の実験的な活動として都内にある個人経営の医院の待合室で「美術待合室」を主宰し、これは現在も継続中である。この活動では待合室で作家の展示を行ない、不特定多数の患者さんが鑑賞し、また「ひらかれた場」として、作家関係の方々をはじめ一般に公開する機会を設けている。
 今回のレポートでは北東英国で「アーツと医療」の企画を行なう3つの組織を紹介する。私たち日本人が使うArt(アート)は多くの場合、純粋芸術のFine Art(ファインアート)を指し狭義の芸術分野を示す。それに対して、英国ではArts(アーツ)は「諸芸術」「人文系」を指し、諸芸術とは美術、工芸、演劇、音楽、ダンス、文学など広範囲の芸術を意味する。このことを大前提としたうえで読み進めていただきたい。一般的に、文化活動について理解しようとするとき、その舞台となっている地域のバックグラウンドを掴んでおくと多角的に捉えることができる。そこで、まずは筆者の調査研究の対象となっている地域についてお話ししよう。

北東英国について

 北東英国のダラムは、映画『ハリー・ポッター』のロケ地となった世界遺産ダラム城やダラム大聖堂で近年人気の観光スポットだが、20年前までは郊外に点在して産業を支えた炭鉱の一大中心地でもあった。隆盛と衰退の双方を、地元住民がまだ色濃く感じている地域でもある。その証のひとつとして、炭鉱で落命した労働者の追悼と地域の歴史を祝う祭典「マイナーズ・ガラ」は1871年から現在まで続いている。このフェスティバルでは、炭鉱組合ごとに異なる色柄のバナーが掲げられ、住民で結成された組合専属のマーチングバンドが行進し、日頃静かな町の様子を一変させるほどの賑わいとなる。




図1 ダラム城 Photo by Uta Nakano
図2 「マイナーズ・ガラ」のマーチングバンド Photo by Uta Nakano

 反面、北東英国は国内で自殺率が最も高く(特に男性は女性の3倍)、メンタルヘルスケアのサービスの需要が高い地域である。自殺率の高さは、失業と失われたコミュニティが原因であるとも考えられている。また、高齢者率は日本ほどではないが、先進諸国に共通する右肩上がりの様相を示し、大きな問題であることには変わりはない。英国では高齢者や障害者に配慮した生活環境の整備が進んでおり、彼らに対する人々の接し方も、それをその人の常態として受け止めた親切・丁寧な対応が見受けられる。この地域でも例外ではなく、成熟した国の一面を窺い知る場面が多い。

英国における「アーツと医療」のカテゴリーについて

 世界保健機関(WHO)の憲章によれば、「健康とは、心身ともに病気ではない、虚弱ではないというだけでなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが快適で幸せな状態(well-being)である」と定義されている。ここ英国では諸国に先んずる実践と調査研究から、アーツすなわち諸芸術の活動への参加が人々の健康やwell-beingに寄与することについて、関係各分野、および人々のあいだで理解が深まっている。
 英国における「アーツと医療」の領域は、アーツの各分野と医療分野の双方から互いに働きかけるものすべてを含むため、非常に幅が広い。例えば、美術館で認知症の高齢者や介護者・医療従事者対象の企画を行なうこともあれば、病院が院内で展覧会やコンサートを催したり、作家が入院患者対象の造形活動を行なう、あるいはデザイナーが手術室に緊張を緩和する内装デザインを施す、といった具合である。現時点では大きく5つの分野──①医療環境を改善するアーツ、②参加型アーツプログラム、③医療人文学教育、④アーツセラピー、⑤Arts on Prescription スキーム──に分類されている。
 ①「医療環境を改善するアーツ」は日本でも美術大学の教育の一環として、学生が作品制作や参加型プログラムを病院職員との連携で行なったり、アート系NPO法人が病院の建設段階から医療従事者や建築家・デザイナーと話し合い療養環境をつくり上げるなど、さまざまなかたちで同様の動きが見られる。一方英国では、病院内にアーツ活動を専門で行なう団体が独立して組織され、適切な素養を持つ専門家が雇用され、自ら資金集めを行ないさまざまなアーツ団体と組んだ活動が散見される。④「アーツセラピー」も英国では大学レベルでの教育方法が確立し、医療行為のひとつとして医療制度に組み込まれ発展してきたが、日本では法的にも社会一般にも認知が曖昧である。⑤「Arts on Prescription」スキームはプライマリ・ケア従事者(医師・看護士等)が精神的困難を抱えた人に、クリエイティブな活動を紹介する健康支援サービスで、英国では薬を処方するのと同様に一般的である。②「参加型アーツプログラム」は疾病を抱えた人の社交や創造性・感情の発露の受け皿として、諸芸術のクリエイティヴな活動に没入させる機会を提供するものを指す。企画によっては、複数の芸術分野をわたるもの、5つの分類間を横断するものもあり、厳密な分類や芸術の種類は問題視されない。これから紹介する2つの調査事例は主に②に分類されると言える。

2つの「アーツと医療」プロジェクトの紹介

RT Projects


図3 RT Projects のスタジオ「The Open Art Surgery」 Photo by Uta Nakano

 RT Projects(以下、RTP)は、うつ病や不安障害など精神的困難を抱える人を対象に造形活動の場と機会を提供する団体である。クリエイティヴィティが人生の充実に欠かせないという信条と、ダラム地域に住む人々のメンタルヘルスに寄与することを目的に2007年に設立された。ダラムの街はずれの集合住宅エリアにスタジオ「The Open Art Surgery」を持ち、1回2時間のセッションを週に4枠提供している。その内訳はさまざまな種類の精神的困難を抱えた人を対象とする2枠、男性対象が1枠、認知症とその介護者対象が1枠である。スタジオは絵画やドローイング、版画、写真など、参加者個々人の興味に沿った幅広い造形活動に対応できる設えとなっている。


図4 造形活動に没頭するRT Projectsの参加者。ボランティアとともに革のブレスレットづくりに挑戦。 Courtesy of RT Projects

 スタッフは全員、自死を考える人や精神疾病の初期段階の人に対応する訓練を受けており、各分野から適切な能力を持った者が運営にあたっている。参加者は手厚いサポートを受けながら、リラックスした環境で造形活動を行ない、他の参加者との交流を楽しむことができる。RTPはインディペンデントな組織で、さまざまな種類の基金、グラント、寄付金、独自のファンドレイジング活動で運営資金を調達している。

Project ‘Creative Age’, National Glass Centre + Equal Arts


図5 National Glass Center外観 Courtesy of National Glass Centre

 National Glass Centre(以下、NGC)は、ダラムからさらに北東へ車で30分、港湾都市サンダーランドにあるガラスに関する複合施設である。英国内のガラスの発祥地として7世紀から約1,200年間、ガラス産業がこの地域の繁栄を支えてきたが、19世紀には衰退の途を辿り、現在は人口の3割強が働く英国日産自動車が主たる産業である。1998年、NGCはガラス産業の遺産を後世に伝え発展させるために、サンダーランド大学付属のガラスの研究・教育・文化施設として建設された。施設内では、ガラスの歴史を伝える常設展のほか、企画展・教育活動が行なわれ、スタジオではガラスづくりの実演が年間を通して無料公開されている。




図6 「Creative Age」作家Sue Woolhouseによるガラスフュージングのワークショップ
   Courtesy of National Glass Centre
図7 参加者が制作したガラスのアクセサリー Courtesy of National Glass Centre

 私が調査したプロジェクト「Creative Age」(以下、CA)は、NGCで行なわれている認知症高齢者とその介護者のための約18カ月間の企画である。NGCは、外部の組織Equal Arts(以下、EA)との強力なパートナーシップのもとCAを運営している。EAは高齢者の社会的孤立を防ぐために、さまざまな参加型のアーツプログラムを提供する慈善団体兼慈善的会社である。EAは高齢者施設で独自の創造的な活動を運営するほか、アーツカウンシル等から莫大な資金を調達し、NGCを含め5つの文化施設にCAという企画の枠組みと予算を提供する。したがって、NGCは安定した公的資金を得ると同時に、CAの企画内でファンドレイジング活動を行ない、独自に収益があげられる運営構造となっている。


図7 Equal Arts オフィス内の様子 Courtesy of Equal Arts


図8 Equal Arts エントランス Courtesy of Equal Arts

 この企画では、参加者はさまざまな種類のガラス・陶器制作の技術を学び、作品を制作し、最終的には自分たちの作品を販売するファンドレイジングが行なわれた。収益はすべて企画自体に還元され、参加者は作品の売上げ如何によって自分たちの参加するCAの活動期間を延長することができる。期間中、来館者に向けたイベント「Creative Challenge」も開かれ、収益は最終的に2,100ポンド、約6カ月間の活動延長が可能となった。

むすび

 以上で、英国における「アーツと医療」についての概要と、北東英国で調査した2つの「アーツと医療」プロジェクトの事例紹介を終える。日本は世界的に見ても、健康の問題、過重労働や失業、貧困などを理由とした自殺率が高い。さらに英国よりも高齢者率が高く、その急速な増加により人口の3分の1が65歳以上になる「2030年問題」も控えている。日本の国内でも、さまざまな団体・個人が「アート/アーツと医療」にまつわる独自の取り組みを個別で行なってはいる。しかし、その数は英国よりも圧倒的に少ないのが現状である。英国の「アーツと医療」のあり方を、丸ごと日本に移植するのは困難だが、そうした取り組みが今後、日本国内で待望される。

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