2018年09月15日号
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拡張するKYOTOGRAPHIE──京都から発信する写真の力

吉川直哉(写真家、写真教育者)

2018年05月15日号

インバウンドで賑わう日本の都市の中で、古くから国際的にも名実ともにその魅力が知られる京都で、2013年から「京都国際写真祭 KYOTOGRAPHIE」が毎春に開かれている。近年、日本各地の都市や地域で、大小のさまざまな芸術祭が開かれるようになったが、その中でも写真に特化した「KYOTOGRAPHIE」(以下、KG)は、日本では数少ない本格的な写真祭として、今年で6年目を迎えた。


誉田屋源兵衛 竹院の間 正面玄関 [撮影:吉川直哉]

今年の「KG」のテーマは「UP」。4月14日〜5月13日までの約一ヶ月、私たちが世界で直面する諸問題に対して、写真が持つポジティブな力を提供するというのが狙いである。写真とは、そもそも目の前に存在し、かつ光が当たったものしか撮れないメディアである。記録できるのは、いつも“今”で、過去も未来も直接的に描くことはできないものだ。だから、写真家は、いつも目撃者として、その現場に立ち会うことを余儀なくされる。そういう点からも、写真は他のメディアよりも現実的で、鑑賞者に挑発的なものとなり得る。

鑑賞者が主体的に観たいものを選ぶ

「KG」は、京都市内に点在するギャラリー、寺院、文化財、商業施設など、さまざまな空間に写真作品を展示している。しかも、それらの空間にただ作品を持ち込んで展示しているだけはなく、個々の空間が持つ個性に負けないくらい、ディスプレイとしての創意工夫がみられる。「KG」全体の規模は、メイン・プログラムが15(展覧会は17)、そして、アソシエイテッド・プログラムが5、さらに「KG+」「KG+Special program」「KG+Gallery program」「KG+Association Program」「KG+Exhibition」と呼ばれる関連展が73ある。筆者は三日半をかけて、地下鉄、市バス、自転車、徒歩で、その約80%を見て回った。ところが、それら展覧会の他に60以上のポートフォリオレヴューやトークイベントなどのプログラム、ワークショップが開かれた。このプログラムの圧倒的な量こそが「KG」の最大の魅力であると言えるだろう。とはいえ、そのすべてを完全に観て、体験することは現実的にかなり難しいが、それは別の解釈ができないだろうか。すべてを網羅することが目的ではなく、その組み合わせの選択を、鑑賞者の意思に委ねられているとしたらどうだろう。つまり、鑑賞者は自らの思考で自分流の「KG」をアラカルトするのである。この膨大なプログラムを目の前にして、途方に暮れた人も多いと思う。展示作家の知名度や希少性を重視するか、効率よく鑑賞することを優先するか、「KG」を訪れた人はその選択に苦慮したに違いない。でもそれは、逆に言えば、観客が意識して選び、観て、体験する写真祭だとは言えないか。鑑賞者に対する安易なホスピタリティに重心を置き、ベルトコンベアーのように作品の前へと鑑賞者を運び、懇切丁寧に鑑賞の指南までするものが、良い展覧会だと思われがちだが、「KG」を限られた時間のなかで鑑賞しようとすると、自分の興味や意識と照らし合わせながら、選択する必要が出てくる。それらに抵抗を覚える人もいるかもしれないが、海外の大規模な芸術祭や写真祭でも、そのすべてを鑑賞、体験することはかなり難しく、鑑賞者に同じような選択が求められる。そのためにも膨大な量の、しかもさまざまな方向性を持ったプログラムが必要になってくるのである。


KG+会場の一つ、元・淳風小学校 [撮影:吉川直哉]

会場の強い個性と写真

今年の「KG」で話題をさらったのは、メイン・プログラムの一部がJR丹波口駅周辺の京都中央卸売市場の周辺に展開されたことである。京都中央卸売市場は、日本で最も長い歴史を持つ京都の台所と言われ、いまも多くの食品が扱われている現役の市場である。写真は情報量が多く、デリケートなものである。最初は、果たして写真の展示に合うのかと思ったが、その心配を吹き飛ばすほど、むき出しの仕事場と世界の現実を捉えた作品が不思議な調和を生んでいた。一般的に写真作品はフレームに入れられていることが多く、そのフレームの役割は、作品世界と周囲の現実世界を分ける境界でもある。ところが、この丹波口エリアに展示された作品群、例えば現場で撮影した労働者のポートレート作品「THE HATARAKIMONO PROJECT」をトラックが行き交う路の壁に展示した作家K-NARF、旧氷工場のむき出しのコンクリート建築に、アンダーグラウンドの人々の匂いたつようなポートレートを展示したスペインのアルベルト・ガルシア・アリックス、そして、旧貯氷庫では、地球規模の気候変動による水害を被った世界中の人々の姿を冷酷にとらえた南アフリカのギデオン・メンデル。それらの作品が、本来の機能とは全く違う空間に違和感なくインストールされていたのは、鑑賞者である私たちと、私たちが生きる生々しい現実を互いに結びつける狙いがあるからだろう。



K-NARF「THE HATARAKIMONO PROJECT」展示風景 京都市中央市場10・11号棟 南壁面 [撮影:吉川直哉]


ギデオン・メンデル「Drowning World」展示風景 三三九(旧貯氷庫)[撮影:吉川直哉]

もうひとつ注目されたのは、京都新聞ビルの地下にある印刷工場跡のローレン・グリーンフィールドの展示である。輪転機が並んでいた薄暗い地下空間に、人間の欲望としての、豊かさや美しさなどをテーマとするグリーンフィールドの作品が、ライトアップされて整然と並び、観客はインクの匂いがまだ残る黒く汚れた床に敷かれた金色の帯の道を歩きながら鑑賞するという、何ともアイロニーに満ちた体験をするのである。


ローレン・グリーンフィールド「GENERATION WEALTH」展示風景 京都新聞ビル 印刷工場跡 [撮影:吉川直哉]

一方、毎年定番になりつつある展示空間もある。創業400年 の京都の伝統的な町屋空間で登録文化財の嶋臺ギャラリーや創業280年の帯の製造販売の老舗である誉田屋源兵衛にある竹院の間と黒蔵、1202年に将軍源頼家が建立した建仁寺内の両足院、京都文化博物館別館などである。それらは、展示のために整えられた展示会場であるせいか、いけばなの概念を破壊した中川幸夫の写真とインスタレーションを展示した建仁寺内の両足院を除けば、展示作品にほとんど仕掛けがなくとも作品が鑑賞できるところである。


中川幸夫「俎上の華」展示風景 両足院(建仁寺内)[撮影:吉川直哉]

嶋臺ギャラリーは、ファッション写真の先駆者のひとりフランク・ホーヴァットの作品。誉田屋源兵衛・竹院の間では、近年、国内外で再評価されている深瀬昌久のアーカイブスから選ばれたマスターピースや晩年の実験的作品の数々を回顧する展示があり、隣接する誉田屋源兵衛・黒蔵では、アフリカ、ベナンの現代アーティスト、ロミュアル・ハズメによるアフリカの現代社会が抱える問題を象徴的にとらえた作品群や、来日中にインスパイアされて制作したという傘のインスタレーションなどを展示した。そのなかでも特徴的だったのは、マルチ・クリエイターとして活動するジャン=ポール・グードとファッション・ブランドとのコラボレーションによる写真作品やインスタレーションを展示した京都文化博物館別館である。会場では作品展示だけでなく、女性パフォーマーが歌いながら動きまわる演出に人々の目は釘付けになっていた。


ロミュアル・ハズメ「ポルト・ノボへの路上で」展示風景 誉田屋源兵衛 黒蔵 [撮影:吉川直哉]


ジャン=ポール・グード「So Far So Goude」展示風景 京都文化博物館 別館 [撮影:吉川直哉]

「KG」は多様性と多義性で挑発する

「KG」の展覧会を見渡すと、テーマの「UP」が全体を統一した感じは少なく、各々のキュレーターや演出する空間デザインの力に支えられた個々の作品に終始しているように感じられる。同時に、とても幅広い写真や映像の表現から、その向こうに存在する私たちの現実世界が、いかにひと言ではとらえ難い多様性や多義性を持っているかということを浮き彫りにしてくれる。


堀川御池ギャラリーの一階と二階で、それぞれ展示された、森田具海の三里塚闘争をテーマに大型カメラで撮影した作品、東日本大震災後に莫大な費用をつぎ込んで造られた防波堤を撮影した小野規の作品、丹波口エリアに集められた人間の生々しい有り様を記録した作品群などから、一方のフランク・ホーヴァットやジャン=ポール・グードが描く華やかに飾られた輝く消費社会を描いたものまで、「KG」で紹介された写真作品が描く世界観はとても幅広く見えるが、逆にそれらすべてを肯定的にとらえることで、私たちに問いかけをしているようにも感じる。そういう意味でも、膨大な数の展覧会とイベントなどを展開する「KG」は、拡張しながらも絶えず私たちに挑発的であると感じた。



森田具海「Sanrizuka ──Then and Now──」展示風景 堀川御池ギャラリー 1階 [撮影:吉川直哉]

さらなる発展への課題と可能性

「KG」が世界で最も歴史を持つ南フランスで開催されてきたアルル国際写真フェスティバルのように真の意味の写真祭へと成長するには課題もあるだろう。細かな情報を整理して観客に提供することは容易ではないが、展覧会を観て回り、イベントに参加するために、公式マップやウェブサイトからプログラムを読み取るのは大変な作業である。さらに、京都をあまり知らない者にとっては、市内を網の目のように走る市バスなど交通手段も理解しやすいとは言えない。市内の道路の多くに自転車レーンが敷かれ、「KG」のスポンサーの自転車も利用できるが、時間的な制約もある。筆者は、実際に自転車で会場を巡ってみたが、駐輪場がわかりにくい会場もあった。また、「KG+」などの関連プログラムには、質がかなり違うものが混在していた。写真表現の多様性が必要なのはわかるが、「KG」としてある程度の基準が必要ではないだろうか。他に、あまり知られていないプログラムのひとつに、「子ども写真コンクール展」(ロームシアター京都パークプラザ3階)がある。小学生たちが撮った写真を展示し、表彰するものだが、その作品はとても魅力的だった。もっといい展示会場で本格的な展示をすべきではと感じたほどだ。同時に、このプログラムにもっとたくさんの小学校の参加や、個人レベルでも京都以外の小学生の参加へ広げてほしいと思う。また、とても丁寧に作られた「キッズパスポート」も魅力的である。これを利用する子ども持つ家族がもっと増えてほしいが、大人だけでも見て回るにはかなり労力と時間を要するものを、子どもたちも同じように見て回り、スタンプを集めるのはやや無理があるかもしれない。子どもの集中力と好奇心に合わせたプログラムがあるはずだと思う。デジタルネイティヴの世代には、写真はとても身近なコミュニケーション・ツールである。ぜひ知恵を絞って発展させてほしいと思う。



「子ども写真コンクール展」展示風景 ロームシアター京都パークプラザ3階 [撮影:吉川直哉]

6年目を迎えて、「KG」が隆盛してきた理由は、まずその舞台が国際的で重厚な歴史に支えられたブランドを持つ京都という都市のサイズであったことが大きい。そして、その企画者である仲西祐介氏とルシール・レイボーズ氏が、東日本大震災後の日本で、自ら行動を起こす必要性を感じ、現実世界を直裁的に伝えるメディアとして写真の力を信じ、貫いてきたことである。さらに、戦後、東京を中心に育まれた日本の写真文化とは別の新しい文脈でスタートした写真祭であるということもあるだろう。加えて、多くの有能なスタッフやボランティアの情熱によって、この写真祭が支えられていることも特筆すべきである。

日本で存在感が大きくなってきた写真祭である。ますます拡張し続けることを期待したい。


KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2018

会期:2018年4月14日(土)〜5月13日(日)
会場:京都新聞ビル 印刷工場跡(B1F)ほか
Tel. 075-708-7108

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