2017年06月15日号
次回7月3日更新予定

フォーカス

アイ・ウェイウェイに映る中国

今村創平(建築家)2009年09月15日号

 twitterでつぶやく

 昨年の四川大地震では、多くの命が失われた。とりわけ未熟な建築技術によってつくられた学校が多数倒壊したため、たくさんの子どもたちが犠牲になった。アイ・ウェイウェイは、彼のブログを通じて、亡くなった子どもたちの名簿の作成を始める。多くの情報が寄せられ、リストは着実に長くなる。しかしその記録はしばらくしてネット上から削除された。彼はこの災害に関連して裁判での証言を予定していたが、当日、妨害をもくろむ当局によって拉致・監禁され、出廷はかなわなかった。被災地では子どもたちのランドセルが散乱していたことを知り、ウェイウェイはランドセルをつなげて、大きな竜をつくることを思いつく。ランドセルの緑、黒、白のいろどりは、つなげられるとまるで生き物の節のように見える。その竜は、森美術館の展示室の天井近くでとぐろを巻いている。

 竜は中国における伝説上の生き物だ。中国人にとって大切な存在であると同時に、外部からみると中国を竜に重ね合わせることができる。巨大で、風雲をともない、そして神秘的である。20年前に比べれば、かなり開けてきた中国であるが、それでもこの国には得体の知れなさがいまだに色濃く残る。巨大で、風雲をともない、そして神秘的。アイ・ウェイウェイというアーティストには、われわれが抱くそうした中国のイメージと重なるところがある。スケールが大きく、波風を起こし、そして魅力的な謎を携えている。
 とりあえずここでは彼をアーティストと呼ぶが、紹介記事によく見られるように、彼にはアーティスト、建築家、社会活動家などいろいろな顔がある。たとえば2007年のドクメンタで行なった1,001人の中国人をカッセルに連れていくというプロジェクト「童話」を始め、専業でないにもかかわらず建築のプロジェクトをすでに70以上手掛けていることなど、彼については記述をうながすトピックがふんだんにある。しかし、ここでは紙幅も限られているので、以下は森美術館での展示に話を絞ることとする。


《蛇の天井》
2009年、バックパック、h. 40×d. 900cm
撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館

アジア作家のワンマンショー

 森美術館では、開館以来継続してアジアの現代美術を取り上げている。美術館のサイトに挙げられているミッションにも明記されているとおり、積極的にアジア重視のスタンスを採っている。そうした森美術館にとっても、日本を除くアジアの作家のワンマンショーは今回が初めてである。これまでグループ展によりアジアもしくは中国の動向を紹介してきたことで、このエリアのアートに対する鑑賞者の理解や関心は高まっていた。一方で、一人で広いスペースを十分に満たすことができることは、アイ・ウェイウェイの作家としての力量を保証しているともいえる。
 会場内には、アイ・ウェイウェイの作品が適度な間隔を保って配されている。天井が高いこのギャラリーで、いくぶんゆったりと配置されている。今回は、展示品のほぼすべてが、アーティスト個人の所有ということもあり、近年ではほとんど完全にタブー視されている自然光も導入されている。同じ光といっても、人工光に比べ自然光による空間は、開放感が違う。ウェイウェイの作品には、おおらかな余裕が感じられるが、今回の展示方法ではその良さが良く出ていると思う。また、グループ展ではなく、ワンマンショーであることも、彼独自の世界観に浸ることができ好ましい。今回は会場での写真撮影が条件つきではあるがフリーであって、これもまたウェイウェイの社会とアートの関係に対する姿勢を映しているとともに、クリエイティブ・コモンズという近年の著作権への問題意識に連なっている。


展示風景(基礎的な形態とボリューム)
作家:アイ・ウェイウェイ/撮影:今村創平

中国の映し鏡

 最初の展示室には、「基礎的な形態とボリューム」とカテゴライズされている通り、立方体の塊やフレーム、切頂20面体、巨大な椀、家型などシンプルな造形が並べられている。それらは、1トンのプーアル茶を圧縮した一辺1メートルのキューブ、釘を使わない組み木の技法を用いたサッカーボールの形、淡水パールで満たされた2対の景徳鎮の大椀であるのだが、どれも要素にしても製作の手続きにしてもごく限られていて、それはウェイウェイがニューヨーク時代に大きな影響を受けたマルセル・デュシャンの作法に通じるところがある。デュシャンは、便器をただ置いて「泉」と名付けることで作品としたが、ウェイウェイも同じように最小の手続きで作品を作り上げている。そこに表われるユーモアの感覚も似ているが、しかしフランス人のインテリが斜に構えるようなニヒルなポーズをとっていたことに比べると、このアーティストはまっすぐで堂々としている。すでに1世紀ほども前になるフランスの状況と、いまの中国とでは、取り巻く環境が異なり、それが作品の表われ方にも違いをもたらすのは当然だろうが。
 展示室を進むと二つ目のカテゴリー「構造とクラフトマンシップ」の作品群がある。実物を観察して気づくのは、彼の作品が高度な伝統的職人技に支えられていることだ。ある形へとまとめ上げられたいくつかの木片は、隙間なくぴったりと組み上げられ、そのことがある強度を生み出している。今回展示されている作品の多くで木が使われており、その樹種が明らかにされているものは少ないが、見ればそれらが硬木であることは間違いないだろう。日本で多く使われている杉や桐といった柔らかい樹種と異なり、そうした硬い木は細工が面倒ゆえに高度な技能を必要とし、見る側に確実性ひいては永遠性といったことを感じさせる。今回の設営にあたってウェイウェイは多数の職人を帯同し、短い準備期間のなかで彼らはこうした作業を完璧に成し遂げたのであった。
 最後の三つ目のカテゴリーは「伝統の革新と継承」と名付けられている。漢時代の貴重な壺を落として損壊するといった挑発的な行為の記録もあれば、古い寺社の資材や真新しい自転車で構成された作品もある。単純な遺産崇拝の否定ではなく、その意味を問い直しているのであり、実際、彼の作品ではたびたび中国の伝統的要素を頼りにしている。課題は、現代の中国のアイデンティティを探すことであり、巨大な竜が体を震わせるようにしている現在の中国が今後どのように変貌するのか。アイ・ウェイウェイは、その映し鏡ともなっている。


《平行棒》
2006年、清時代の寺院に使用されていた鉄木、鉄製の平行棒、182×286×104 cm
撮影:渡邉 修 写真提供:森美術館


《フォーエバー》
2003年、自転車42台、高さ275cm、直径450cm
©FAKE Studio

アイ・ウェイウェイ展──何に因って

会場:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F/Tel. 03-5777-8600
会期:2009年7月25日(土)~11月8日(日)

▲ページの先頭へ

フォーカス /relation/e_00005185.json l 1209161

今村創平

1966年まれ。建築家。千葉工業大学建築都市環境学科 准教授。atelier imamu主宰。建築作品に、「神宮前の住宅」、「コリドー・大井...

2009年09月15日号の
フォーカス

  • アイ・ウェイウェイに映る中国

文字の大きさ