キュレーターズノート
IMA(いま)ここで
伊藤匡(福島県立美術館)
2011年09月01日号
対象美術館
震災が美術館に与えた影響には2種類ある。ひとつは、地震による建物や作品の被害だが、この点で被災地の美術館のほとんどは、地震の揺れの強さに比して被害は最小の範囲に収まったといえる。美術館は芸術作品や文化財を保護する蔵なのだから、美術館が壊れるようでは役割をはたせない。もうひとつの影響は、震災復旧で美術館の予算が吸い上げられ、事業計画の変更を余儀なくされることである。
岩手県立美術館は、美術館自体の被害はなかったものの、今年度の事業予算が召し上げられ、予定していた企画展を中止せざるをえなくなった。そこで、〈アートのチカラ、いわてのタカラ〉という新たなテーマで美術館活動を継続していく方針を採った。「アートのチカラ」とはアートが持つエネルギーが人が生きていくうえで必要なものだという確信であり、「いわてのタカラ」とは、このテーマのもとに制作され展示された作品が、後々の時代になって、大切にしたい記憶、遺したい宝になってほしいという願望である。
このテーマのもとに企画された第1弾の展示が「IMA(いま)ここで」である。1970年代、80年代生まれの岩手県にゆかりのある作家たちの作品が集められている。出品しているのは、浅倉伸(立体)、鎌田紀子(立体)、上田志保(絵画)、千葉奈穂子(写真、映像)、広野じん(立体)、小野嵜拓哉(絵画)、八重樫道代(絵画)、久保友基(絵画)、清水真介(デザイン)、菊池咲(絵画)の10人。作家の選考は館長と学芸員の推薦によるもの。原田光館長の選考は、ふるさと遠野の風景や人々を写真と映像で記録している千葉奈穂子、ユーモラスな人形を作り続ける鎌田紀子の二人。二人とも岩手では知名度の高い作家だ。「これまで、地域に密着した活動が足りなかったと思う。震災を機に土地に根を下ろす活動を続けていきたい」と原田氏は語る。一方、吉田尊子学芸員が白羽の矢を立てたのは、美術大学在学中の菊池咲。大画面に動物たちを大きく描いた作品が印象的だ。「大画面を描ききった構成力と、ユーモアを感じさせる表現」に着目したという。
震災以後の状況のなかから生まれた企画だから、当然準備期間も少なく、予算も最低限以下しかなかっただろう。作家のほうも新作を制作する時間がないから、手持ちの作品を持って来て、自ら展示した作家もいたという。時間も金もないというなかで、逆によい意味で開き直った展示になっているように感じされる。なによりも作品にエネルギーがある。岩手を始め被災地の美術館は、これからの活動を大幅に変えていかざるをえない状況にある。これまで以上に、作家や市民の協力が必要になる。この展覧会は、今後の展開を期待させるものだった。