キュレーターズノート
飯田竜太:再帰の終焉/島袋道浩:能登
鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)
2013年08月15日号
対象美術館
金沢21世紀美術館の横にSLANTというギャラリーがある。そこで8月4日まで展示されていた飯田竜太の作品が面白かった。
飯田は、本や紙を使って立体作品をつくる。展示作品のひとつに、冊子を積み上げ、一部を地形図のように一枚ずつ切り取った作品がある。切り取った紙は、切り取った部分の反対側に同じく地形図のように逆の順番に積み上げる。こうして、点対称の起伏ができあがる。ここで面白いのは、切り取った部分のカーブと、盛り上げた部分のカーブが一致するように工夫されている点だ。それによって、切り抜いた部分と盛り上げた部分が連続し、どこが最初の面であったかが曖昧になる。どのようにつくったのかを解読するようにして見てしまう。
今回のメインとなるインスタレーションも、同じく本を地形図のように切った作品だ。さほど広くないスペースに足を踏み入れると、正面に、半分に切り取られて三角形になった本が、斜めにしつらえた棒の上に階段状に積み上げられている。部屋の奥へと進んで反対側から作品を見ると、使われている本が森鴎外全集であることがわかる。そして、反対側にもうひとつ、同じように階段状に積み上げられている紙が、切り取られた鴎外全集の片割れであることもわかってくる。第1巻から順番に積まれているが、よく見るとその切り方は一つひとつ異なり、第1巻の切り口のカーブは、第2巻のカーブへと連続していることに気づかされる。非常に細かい作業である。
なぜ、鴎外全集なのか。作家によると、鴎外の時代、福沢諭吉や夏目漱石とともに、日本語、とりわけ現在まで続く漢字のかたちがつくられた時期であるという。同じ漢字でも、簡体字、繁体字、そして日本の漢字は異なる。作品の各ページは段状に切り取られていて、書かれた字を読むことはできない。しかし、うっすらと、行があることはわかる。字が解体されて、新しい字が生まれてきているようにも、私には感じられた。
ほかに、本の文字の部分を切り抜き、その文字を球状にして吊り下げた旧作も併せて展示されていた。
静謐でストイックな表現のなかに、水の波紋のような静かなざわめきを感じさせる作品であった。
飯田竜太:再帰の終焉
学芸員レポート
昨年9月までの1年間、子育てのために勤務先の金沢21世紀美術館を休んでおりました。その間、このコーナーもお休みさせていただいておりましたが、今月号から復帰します。またよろしくお願いします。
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美術館に復帰後は、アーティストの島袋道浩による1年間のプログラムを担当している。2007年に始まり、今年7年目を迎える「金沢若者夢チャレンジ・アートプログラム」という美術館教育のプログラムで、財団法人地域創造の助成を受け、エデュケーターとともに取り組んでいる。「メンバー」と呼ばれるボランティアの参加者を18歳から39歳までの人を対象に公募し、現在、金沢市を中心に、石川県、富山県、大阪府から25名が集まり活動している。島袋には、金沢で新作をつくり、二つの展示室で発表することを依頼し、メンバーがその過程に参加できるようにしてもらった。
プログラムのテーマは「能登」である。金沢の近江町市場の乾物屋で「くちこ」という、ナマコの卵巣と精巣を干した珍味を知った島袋が、その産地である能登に以前から関心を持っており、能登をテーマとすることが決まった。昨年の11月より何度も能登を訪れ、島袋の関心を惹くものを作品の素材として集めている。2月には、干しくちこをつくっている森川仁久郎のところを訪ね、くちこづくりを見学させてもらった。作業は早朝から始まる。近所の方が3人、くちこづくりを行なう2月から3月の時期だけ森川のところへ来て、ナマコの内臓を取り出し、四つに分類する作業を行なう。そのなかで、卵巣と精巣の部分だけを集めたものが、森川に渡される。森川は、専用の箸で丁寧にゴミを取り除き、オレンジ色の繊維状のくちこを、四角い木枠にぴんと張ったロープに掛けてゆく。ロープに掛けられたくちこは、重力で自然と三角形になるが、掛け方によっては下が半分に割れてしまったり、一部の繊維が落ちてしまったりする。森川が「地球との戦い」と表現するように、端から見ているよりも難しい作業である。4月には、展示室で、森川にくちこづくりの実演とトークをしてもらった。
また、輪島市の大沢、上大沢という集落には、間垣という竹垣が残る。能登半島は、日本海側に面する「外浦」と富山湾に面する「内浦」では、環境が大きく異なる。大沢、上大沢が位置する外浦は、特に冬場に海からの風が強く、その強風から家を守るために、家の前にニガダケでつくった高さ4メートルほどの垣根を立てている。風をシャットアウトするのではなく、一部通しながら柔らかく受け止め、弱める仕掛けである。メンバーと一緒に間垣の見学に行き、竹を取りに行って、展示室に間垣をつくった。
そのほか、ユーモラスな奇祭を見学に行くなど、能登の調査を続けている。現在展示室では能登で見つけた素材を見ることができるが、9月28日から、いよいよ調査に基づいた新作を発表する。乞うご期待。