キュレーターズノート

「3.11以後の建築」

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2014年11月15日号

 担当する「3.11以後の建築」展が無事オープンし、ひとまずほっとしている。この展覧会は、同時に開催されている「ジャパン・アーキテクツ1945-2010」を受けて企画したものである。

 「ジャパン・アーキテクツ1945-2010」はポンピドゥー・センターとの共催で、同館内のパリ国立近代美術館副館長であるフレデリック・ミゲルーがキュレーションした企画である。ミゲルーは、7年ほど前から同展の開催の可能性を探りながら日本の戦後建築に関する調査を進めてきた。この展覧会を金沢21世紀美術館で開催することが決まったとき、私が感じたことは、「2010」という区切りがどうも中途半端だということである。この翌年には東日本大震災が起きており、日本の建築家の意識にも大きな影響を与えていた。そのため、2011年以降の最新の建築の状況を伝える展覧会を金沢21世紀美術館独自の企画として提案した。そのときの企画書で掲げたテーマは「社会のなかで」というものだった。ものを売るためのデザインから、社会の問題を解決するためのデザインへ。このような展覧会コンセプトを設定したものの、自分自身でキュレーションするほどの建築に関する調査ができていないという自覚はあったため、このテーマならばと五十嵐太郎さんと山崎亮さんにゲスト・キュレーターを依頼した。およそ1年半前の昨年6月のことである。

 その後、各セクションテーマの設定、建築家の選定と準備を進めていったが、これらについては、ゲスト・キュレーターの二人にお任せした。私から依頼したことは二つあり、ひとつは金沢で行なうことの意義を意識してほしいということ、もうひとつは、金沢21世紀美術館の観客が通常の建築展の観客とは異なり、兼六園を訪れるような人たちだということであった。仙台と東京を拠点とする五十嵐さんは、東日本大震災では自身も被災者であり、震災後も精力的に被災地を回っている。一方、関西を拠点とする山崎さんは阪神・淡路大震災の経験が現在のコミュニティデザインの活動のベースとなっている。しかし、金沢は、いずれの震災でも被災していない。そのため、「3.11以後」といっても東日本大震災と原発事故への直接的なリアクションだけを展示するのではなく、1995年以降のより大きな時代の変化を捉えるような展覧会にしたいと考えた。肥大化した冷徹なシステムの弊害を地方は強く受けている。東日本大震災をきっかけにそのことに都市部の人たちも気づくようになった。そうした状況のなかで、自らの果たしうる役割とは何かを考えながら、模索しつつ活動している建築家の姿を見せることは、たとえそれが建築界全体からするとささやかな試みであったとしても、金沢にとって意義があると考えた。ゲスト・キュレーターの二人に選んでもらった事例は、東北はもとより、十日町、浜松、瀬戸内、徳島県神山町、佐賀、延岡など、全国の地方都市や中山間地域での取り組みが多く含まれている。
 また、建築の展覧会は建築そのものを見せるわけではないため、ただでさえ取っ付きにくい。しかも、形の新奇さで勝負するような建築ではなく、建てるまでのプロセスに工夫を凝らしたり、環境に配慮した建築を展示で見せようとすると、研究発表のようになりがちである。五十嵐さんは、これまで多くの展覧会を企画し、また、美術も含めて多くの展覧会を見てきた経験から、出品者を選ぶときにもつねに、展示室でどのように見せられるかを念頭においていたように感じられた。その結果、はりゅうウッドスタジオが燃焼実験に使った実物のパネルや坂茂さんの実物の間仕切り、岡啓輔さんのセルフビルドのビルの原寸大の写真、トラフ建築設計事務所と石巻工房の家具、三分一博志さんの煙を使った気流模型など、それぞれに適した多様な見せ方が工夫された。一方、山崎さんは、最終的にはセクションのタイトルとなった「エネルギー」「使い手」「地域」などのキーワードで展覧会のアイディアを伝えるというアプローチを採った。例えば、エネルギーのことをよく考えれば、地域を大切にした建築になるなど、お互いのキーワードはリンクしあっていて、紹介した多くの事例はいずれのキーワードにも当てはまる。また出品者からすれば、ひとつのキーワードのなかに分類されることを、あるレッテルを貼られるように嫌がるものである。そうしたことを自覚しつつも、観客に伝えるということを重視して、キーワードを掲げることになった。出品建築家の選定作業は、山崎さんが設定したキーワードとその例として山崎さんが挙げた建築家群のなかに、展示物も含めての総合的な判断で五十嵐さんが提案する建築家をどのように位置づけるかということを軸に進められ、そのたびに、キーワード自体が検討し直された。


はりゅうウッドスタジオ《縦ログ構法パネル》


アーキエイドによる牡鹿半島の模型(左手前)と坂茂《避難所用 紙の簡易間仕切りシステム4》(右奥)


三分一博志《(仮称)直島町民会館》風洞実験模型

 展覧会設営の終盤、石巻工房の巨大なAAスツールが、展覧会の最後の大きな展示室に立ち上がったとき、パズルの最後のピースがぴたっと収まったように、展覧会が出来上がったと感じた。今回の展覧会の台座には、共通して石巻工房のAAハイスツールを用いている。「使い手とつくる」というセクションでは、このスツールに天板を載せた上に、工藤和美さんと藤村龍至さんの鶴ヶ島のプロジェクトや、乾久美子さんの延岡の「テンプレート模型」がたくさん載って、展示室全体でワークショップルームのような仮設的な雰囲気を生み出すことができた。また、展示室を繋ぐ廊下部分にも、休憩用の椅子として、ところどころにAAスツールやベンチを並べた。AAスツールはもともと1本のデッキ材から椅子をつくるという制約を自らに課しており、持ち運びが容易で、すぐに家の外に持ち出して使える「スモール・アウトドア」と彼らが呼ぶコンセプトでつくられている。金沢21世紀美術館の廊下は、街路にたとえられることもあり、展示室を建物と捉えると、廊下に置かれたベンチはあたかも外に面した縁側のようだ。トラフと石巻工房は建築とプロダクトの横断という意味で「建築家の役割を広げる」というセクションにカテゴライズされているが、この点で「住まいをひらく」というテーマとも通ずる。また、DIYをコンセプトにしている点では、「使い手とつくる」というテーマとも通ずるし、もちろん、震災後に自宅や職場を直すための工房からスタートしている点では、「災害後に活動する」というテーマとも関係する。地域の産業の活性化という点では「地域資源を見直す」のセクションとも関わる。さらに、各スツールに刻印されている石巻工房のロゴは、今回の広報デザインと展示の壁面デザインをお願いしたカイシトモヤさんによるものだ。正確には、石巻工房のスツールを台座に使うことが決まったこともあって、グラフィックをカイシさんに依頼した。完成イメージを示したドローイングは見ていたものの、石巻工房によるこの新作インスタレーションは実際に立ち上がるまでは私自身もどのようになるかわからなかった。AAスツールを巨大にしたこのインスタレーションは、展覧会の最後に、それまでに使われてきた台座やスツールの種明かしをしながら、展覧会全体を統合している。
 二人のゲストキュレーターと25組の出品建築家、そして強力な制作チームのおかげで、自分でも満足のできる展覧会となった。来年の5月まで開催しているので、ぜひ、ご覧いただきたい。


トラフ建築設計事務所+石巻工房による巨大なAAスツールのインスタレーション(左手前)と岡啓輔《蟻鱒鳶ル》の実物大写真(右奥)


セクション4「使い手とつくる」の展示室。手前は乾久美子《延岡駅周辺整備計画》用のテンプレート模型
すべて撮影=木奥恵三、提供=金沢21世紀美術館

「3.11以後の建築」展

会期:2014年11月1日(土)〜2015年5月10日(日)
会場:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1丁目2番1号/Tel. 076-220-2800