2017年10月15日号
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キュレーターズノート

児玉香織「lines, graphpaper|方眼紙と線」、「ゲンビどこでも企画公募2015展」

角奈緒子(広島市現代美術館)2015年06月15日号

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 今回は、広島市のお隣、廿日市市にあるアートギャラリーミヤウチを紹介しよう。宮内地区にある病院が新設した「公益財団法人みやうち芸術文化振興財団」が運営するギャラリースペースである。県外の人にはあまり聞き慣れないかもしれない「廿日市市」には、世界遺産として知られる「厳島神社」があると言えば、どの地域のことか検討がつくかもしれない。廿日市市には他にも、ホールと「はつかいち美術ギャラリー」とが併設する文化施設や、宗教法人が運営する「海の見える杜美術館」(現在は改修工事のため休館中)など、歴史・文化施設が存在し、県内外から多くの文化愛好家たちを受け入れている。これらの施設のなかでも後進のアートギャラリーミヤウチは、自分たちで展覧会を企画・実施するだけでなく、レンタルギャラリーとしても機能させることで、地元作家や若手作家の発表の場として、また市民たちが気軽にアートに親しめるスペースとして、よりフレキシブルに事業を展開している。


アートギャラリーミヤウチ外観
提供=アートギャラリーミヤウチ

 ここで現在開催されているのが、広島出身の児玉香織の個展「lines, graphpaper|方眼紙と線」である。児玉は2009年に尾道大学を卒業後、地元広島を拠点に活動を続けているが、2012年に東京のラディウム-レントゲンヴェルケでも個展を開催した実績があるので、名前を聞いたことがある、または作品に見覚えがある方もいるかもしれない。彼女はこれまで、まさに個展のタイトルどおり、「方眼紙」上に、黒色のペンで細密な「線描」を走らせて画面を構築するというスタイルで制作を続けてきた。児玉の制作に欠かせないツール(アイテム)は三つある。ひとつは方眼紙。学生の頃、算数や数学などの授業で誰もが一度は使用したことのある、水色のマス目が入った用紙である。児玉はこの方眼紙に徹底してこだわり、既製のものではなく、色味を調整して特別に印刷した用紙を利用する。サイズは名刺大からB1サイズまでさまざま。もうひとつはペン。これは既製の製図用のものを利用しているそうだ。ペン先の細さは使用する用紙のサイズによって使い分けているようである。そして最後のひとつがなにかを明かす前に、彼女の作品を見てみよう。


展示風景
提供=アートギャラリーミヤウチ


児玉香織《方眼紙と線》 2015年、182×257 mm

 児玉の作品のすべてに当てはまるわけではないが、多くの作品は、執拗なまでに緻密な線が黒々と密集する部分と、線で埋め尽くされていない、ぬり絵か白図のような部分とで構成される。方眼紙のマス目などまるで存在していないかのように無視し、時には方眼紙の枠からもはみ出して描かれるこれらの線描が表わしているもの、これらは一体なにに見えるだろうか。彼女の制作に欠かせないアイテムの最後のひとつ、それはさまざまな「料理」の作り方を教えてくれる、いわゆる料理本である。児玉は、新鮮な素材がおいしそうに調理され、色とりどりに盛りつけられた料理本を参照しながら、料理を描いているのである。言われなければなかなか気づかないが、一度そう教えられると確かに食べ物の輪郭が見えてきたりもする。
 もともと料理本を眺めるのが好きだったこともあり、料理をモチーフとして選んだという。彩りが美しいだけでなく、食欲をそそるおいしそうな匂いまでもが漂ってきそうな料理本を見た多くの人は(私も含め)、単純に「おいしそうだな」「食べてみたいな」とか、志が高ければ「今度つくってみようかしら」などと思うのではないかと推測するが、児玉はそう思うと同時に、盛りつけられた料理の「かたち」のおもしろさに魅了されるという。しかしながら児玉は、お皿に盛りつけられた各種の料理をそのまま写し取ることはしない。料理のかたちを構成する線と面と色から、彼女は線だけを選び取り、細かい線で丹念に、ときに執拗なまでに線を増殖させていく。どの線を選ぶかは恣意的であり、いかなるルールも存在しない。ちなみに、本人曰く「肉料理」は肉の繊維を細かく拾うことが多いため、線の密度が高くなるそうだ。また、一心不乱に線を拾いながら描いていく彼女の目に、方眼紙のマス目はまったく見えていないという。
 児玉というフィルターをとおった料理は、写真は線描画に、多彩色はモノクロに、具象はなかば抽象にと、いくつもの変換がなされ、もはや食べ物ですらなくなる。かろうじて食材の姿を留めていたとしても、それはけっして食欲をそそるものではなく、腐敗しきってものすごい数の蛆虫がわいた別のもののようにしかうつらない。ひとたび黒々とした緻密な線のうごめきが気になり始めると、画面全体が不気味なものに見え、心にざわめきを覚えるものの、なぜか不快な気持ちにはならない。むしろ、細かい線同士の異様なたわむれや、黒い部分と白く抜かれた部分とのコントラストが美しくも見えてくる。この黒い線がかたちづくる不定形の塊をものともせず、正確なマス目を刻む水色のグリッドは爽やかなまま背景に佇んでいる。グリッドと図の相反する性質がうまく調和したとき、例えば赤い円形の方眼紙や名刺サイズに描かれた「元」料理は、不思議なことに世界地図や地形図のようにも見えてくる。児玉の作品は、実際に見なければそのよさが伝わりにくいかもしれない。この機会にぜひ、彼女の作品を実際に見てみて欲しいと思う。


ともに展示風景
提供=アートギャラリーミヤウチ

児玉香織「lines, graphpaper|方眼紙と線」

会期:2015年6月6日(土)〜7月4日(土)
会場:アートギャラリーミヤウチ
広島県廿日市市宮内4347-2/Tel. 0829-30-8511

 もうひとつ、筆者の職場、広島市現代美術館で開催中の展覧会を紹介しておこう。当館の無料パブリックスペースをアーティストに開放し、国内外から作品プランを公募するプログラム、「ゲンビどこでも企画公募」である。2007年から毎年開催し、今年で9回目を迎える当プログラムは、回を重ねるにつれ全国的にも知名度を得て、毎年多くの展示希望者からの応募をいただいている。今回は、広島市現代美術館が設備等の改修工事で臨時休館中であること(6月1日から7月17日まで)、また、今年広島は被爆70周年という節目を迎えることもあり、思い切って美術館を飛び出し、被爆建築としていまも市内に残る旧日本銀行広島支店を会場に開催することとなった。応募総数131件のなかから、池田修氏(BankART1929代表・PHスタジオ代表)、やなぎみわ氏(演出家・美術作家)、山下裕二氏(美術史家・明治学院大学教授)の三名の特別審査員と広島市現代美術館スタッフによる審査を経て、9点の入選作品を旧日銀の1階で紹介している。
 当館のウェブサイトにアップしている特別審査員の講評にも見られるように、「被爆70周年」に「被爆建物」で開催されることもあってか、いつもに増して「原爆」や「ヒロシマ」をテーマとした作品の応募が多かった(当館からはもちろんそのような課題や条件は課していない)。そのこと自体は悪いことではないし、シリアスなテーマに真っ向から挑戦しようという意気込みも理解できなくはないのだが、それを意識しすぎるあまり、安直な、想像性に乏しいプランも多かったのは少し残念に感じられた。今回入選した9作品は、被爆経験としての「ヒロシマ」を必ずしもテーマとはしていない。とはいえ、目の前の作品との対峙をとおして、私たちが忘れつつあること、見過ごしてしまっていることなどを改めて気づかせてくれる作品が揃っている。ぜひ足を運んで建物と一緒に作品鑑賞を楽しんでいただきたい。


「ゲンビどこでも企画公募2015」会場、旧日本銀行広島支店外観
© Kazuhiro Uchida, Life Market


展示風景
© Kazuhiro Uchida, Life Market

入選作品展「ゲンビどこでも企画公募2015展」

会期:2015年6月6日(土)〜6月28日(日)
会場:旧日本銀行広島支店1階
広島市中区袋町5-21

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角奈緒子

2006年より広島市現代美術館学芸員 *写真撮影=井上貴博

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