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学芸員レポート

いま、被災地から ──岩手・宮城・福島の美術と震災復興──

伊藤匡(福島県立美術館)2016年06月01日号

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 上野公園では、「320分待ち」となった「若冲展」の奥で、「いま、被災地から」展が静かに開かれている。この展覧会は、国内の美術館、博物館が加盟する全国組織である全国美術館会議(全美)と会場の東京藝術大学、それに岩手、宮城、福島各県の県立美術館が主催である。


左:東京藝術大学
右:展示会場入口


 周知のようにこの三県は、2011年3月11日の東日本大震災で最も大きな被害を受けた地域である。展覧会名からは内容が想像しづらいかもしれない。構成は第一部「東北の美術──岩手・宮城・福島」、第二部「大震災による被災と文化財レスキュー、そして復興」の二部立てとなっている。

東北の美術と文化財レスキュー


 第一部では、三県にゆかりのある作家が紹介される。何人か名前をあげれば、岩手県では洋画の萬鐵五郎、松本竣介、彫刻の舟越保武ら、宮城県は日本画の太田聴雨、荘司福、彫刻の佐藤忠良ら、福島県からは洋画の関根正二や吉井忠、版画の斎藤清ら合計53人の70点が並ぶ。明治以後現代までの洋画、版画、彫刻、工芸、写真の各ジャンルに亘り、作品のテーマもさまざまである。私は地元だから、各作家・作品が個別に見えてしまうのだが、もう少し作家・作品から離れて見たときに、東北の太平洋側三県というローカルカラーが多少とも感じ取れるだろうか。近代美術においても、なにがしかのローカリズム(地方性)はあると思うが、今回の展示作品からまとまった印象が感じられるかは、正直なところ微妙である。


左:展示作品 松本竣介《画家の像》
右:展示作品 高橋英吉(左)と安藤栄作(右)


  第二部では、津波の被害を受け、文化財救援活動で救出、修復された作品と、文化財救援活動の様子を写真パネルで紹介している。岩手県では陸前高田市及び同市立博物館所蔵の柳原義達のブロンズ彫刻など。宮城県では石巻文化センター所蔵の、若くして戦死した彫刻家高橋英吉の海に生きる人々をテーマにした木彫作品など。福島県では、アトリエが津波に飲み込まれた安藤栄作の木彫や、生家一帯が津波で壊滅した大正期の画家宮川教助の作品などが展示されている。


展示作品 柳原義達『岩頭の女』


津波による文化財の被害


 ここで、岩手、宮城、福島三県の文化財の被害状況と文化財救援の活動を、主として美術分野に絞って振り返ってみよう。

 三県とも、被害が大きかったのは津波を受けた沿岸地域である。岩手県では、陸前高田市立博物館の被害が甚大だった。建物2階天井部分まで水に浸かり、6名の職員が犠牲になった。362点の美術品を含む23万件の所蔵資料の多くは、海水に浸かりカビの被害に遭った。被災した美術品は盛岡市内に移送され、全国の美術館学芸員や修復の専門家によって応急処置が施された。現在は、盛岡市内の岩手県立美術館で保管され、継続して保存修復作業が行なわれている。また、陸前高田市体育文化センター敷地内に設置されていて津波で流された柳原義達のブロンズ彫刻『岩頭の女』は、両足首と左手を失った状態で、がれきの中から救出された。現在は脱塩化処理が行なわれて、岩手県立美術館に保管されている。
 宮城県で最も被害の大きかった文化施設は、石巻文化センターであった。海岸から道路を隔てたすぐ内側に立地していた同館は、周辺市街地とともに津波の被害に遭い、1階天井まで海水に浸かり、学芸員1名が避難途中に遭難した。同館は地域の総合博物館で、考古、歴史、民俗、美術の各分野の資料を所蔵しているが、このうち美術資料について全美が救出活動を行なった。一時保管場所の宮城県美術館で全美加盟館の学芸員や修復家、大学教員や学生が簡易洗浄やカビ止めの作業を行ない、その後彫刻作品は東北芸術工科大学で、また絵画作品は国立西洋美術館他で本格的なクリーニング、修復等の処置を現在まで継続して行なっている。

原発周辺地域での文化財の移送


 福島県の状況は岩手、宮城とはかなり異なっている。地震、津波等で直接に大きな被害を受けた文化施設や美術品等はなかったものの、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉爆発による放射能汚染のため、原発周辺地域は全住民が避難を余儀なくされた。無人となった資料館等の文化施設内の文化財を、より放射線量の低い警戒区域外に移送する文化財救援活動が本格化したのは震災から一年以上経過した後で、以後2016年5月まで文化施設内の資料の移送が行なわれている。これらの文化財は、現在県内の白河市、会津若松市、相馬市に分散して一時保管されている。原発周辺地域の中には、住民が元の地域に帰還するまで、十年単位の時間を要することも想定されている。これらの資料が今後どのように取り扱われるべきなのか、今後の重要な課題である。


左:福島県内の文化財救援活動写真
右:福島県内の文化財救出・富岡町(2013年5月27日)

支援への感謝と継続の願い


 この展覧会は誰に向けた、どのような意味の展覧会なのだろうか。主催者としては、文化財支援活動への資金面での協力者に、資金の使途を眼に見える形で示したいという点がある。被災地の三県の美術館にとっては、文化財の救援や美術館活動に助成を受けたことの御礼と、今後の継続的な協力依頼という目的がある。

 震災のあった年には、「支援」という名目で、被災地域の美術館にさまざまな提案や依頼があった。ある自治体からは、福島県立美術館の所蔵品展を西国の美術館で開催可能という提案があった。当時は、海外展を中心に展覧会の中止が相次いでおり、代替案として所蔵作品によるテーマ展でしのがなければならず、所蔵作品をまとめて出品できる状況ではなかった。この提案を受けた時、館内では「この提案のどこが支援なのだろう」「まるで食料を全部奪われた上に、鍋釜まで取り上げられるようなものだ」という会話を交わした覚えがある。言うまでもなく、これは双方の誤解や状況認識のずれが原因だろう。この提案は丁重にお断りしたが、いずれ復興が一段落した時には、首都圏や関西圏などで、所蔵品による支援御礼と復興報告の展覧会を開かなければならないだろう、と考えた。

 現在でも県民約10万人が避難生活を続けている福島県の場合、復興が一段落ついたとはいえない。しかし、文化財救援活動等の支援が、いつまでも震災直後の体制で継続することにも無理がある。そこで、震災から5年の節目を機に、まだまだ復興の途中ではあるが、これまでの支援への御礼と復興の現況の報告、さらには今後の継続的な支援依頼という重層的な意味合いが、この展覧会には込められている。

「いま、被災地から──岩手・宮城・福島の美術と震災復興──」展

会期:2016年5月17日(火)〜6月26日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館
東京都台東区上野公園12-8/Tel. 050-5777-8600

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伊藤匡

1956年生まれ。福島県立美術館学芸員。

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