キュレーターズノート
「デザイン」センターから生まれ、発信される「アート」
──KIITOアーティスト・イン・レジデンスの成果
佐藤真理(デザイン・クリエイティブセンター神戸[KIITO])
2018年01月15日号
KIITOは「デザイン」・クリエイティブセンター神戸という名称だが、アート関連事業も並走させている。筆者が担当する「スタジオレジデンス(KIITOアーティスト・イン・レジデンス)」、神戸のまちのイメージを異なる専門分野の研究者と捉え直す「神戸スタディーズ」、未来を向いている草の根的な実践に注目する「未来のかけらラボ」トークセッション、自分たちの環境を自分たちの手で作り上げるための考え方と技術を学ぶ「セルフ・ビルド・ワークショップ」の4事業がそれに位置付けられる。
KIITOでの「デザイン」の定義
スタジオレジデンス以外の事業は、直接的に美術を扱ったり、アーティストや美術関連団体・運営者と協働したりすることは少ないが、「問題解決型」思考のデザインに比して、アートが得意とする「問題発見型」の思考に触れられるプログラムとして展開している
。さまざまな解釈があるとは思うが、一般的にデザインはまずクライアントや問題が存在し、その解決に向かって進んでいくもので、誰かのために、何かのために、考える。アートは、誰のためでもない。自分のために、自分が見つけた問題に向かって探求を続ける。作品ができあがっても、それは答えではなく、見るものへの問いかけだと思う。
KIITOで扱う「デザイン」は、狭義の色やかたちのデザインに限定せず、都市/コミュニティ/くらし/関係性といったものも含めた広義のデザインを指向している。また今日ではアートとデザインどちらのフィールドでも活動を展開する制作者もそれほど珍しくなくなっている現状を考えると、その境界線を引くことは難しくなっているように思うが、センターではその両方、または境界をはみ出しているようなものごとを特に取り上げようと思っている。制作者たちと協働していくことで、さまざまなものごとが混在し、思わぬ発見、遭遇が生まれるその多様さ、自由さが広がる状況を保つことが重要だと考えるからだ。そのような多様で自由な場でこそ、一人ひとりが自ら何かをつかみ取る感覚を獲得し、その先の新たな活動や制作へとつなげていけるのではないだろうか。
本稿では主にスタジオレジデンス事業について紹介したい。
アーティストが発見する新しい神戸
スタジオレジデンス事業では、まちのリサーチや市民とのコミュニケーションをベースに制作するアーティストを招聘し、一定期間センターを拠点に制作を行なう。制作後はその成果を発表し、記録冊子の制作(ない場合もある)までをひとつのプログラムとして行なっている。アーティストならではの視点から、新しい神戸を発見することを目的とする。滞在期間やその形式、成果発表のかたちは極力制限せず、アーティストのプランに応じて実現可能なかたちを協議しながら調整し、進行させている。
これまでの招聘作家は、水川千春(2012年度)、濱口竜介(2013-14年度)、西尾美也(2014年度)、柴幸男+NO ARCHITECTS(2014年度)、Chloe Meineck(2015年度)、長島有里枝(2015-2016年度)、東方悠平(2016年度)、石塚まこ(2017年度)の8組。美術のアーティストには限定しておらず、過去の招聘作家には、映画監督(濱口)、演出家(柴)などがいる。
センターでは毎年10月に、偶数年は子どもの創造教育プログラム「ちびっこうべ」、奇数年は社会課題をテーマにそれを解決するさまざまな取り組みを紹介する展覧会を開催する。それは、年間で一番大きな事業なのだが、戦略的にスタジオレジデンス事業と並走させることも多い。「ちびっこうべ」では西尾美也と東方悠平、高齢社会をテーマにした「LIFE IS CREATIVE展」ではChloe Meineck、食をテーマにした「つながる食のデザイン展」では石塚まこ。しっかり連動させることもあるし、共通するキーワードのもとで多様な表現のかたちがあることをゆるやかに示す場合もあり、レベルはさまざまである。
特に西尾・東方による「ちびっこうべ」と連動した制作は、センターのほかのプログラムと緊密に連動した事例といえるだろう。西尾も東方も、本体のプログラムである「ちびっこうべ」(子どもたちが、デザイナー、建築家、シェフら、プロとして仕事をする大人からそれぞれの職能をワークショップ形式で学び、お店を作って実際に運営する)の道筋をたどりつつも、西尾は古着を素材に新しいデザインのユニフォームや洋服を作る「ちびっこテーラー」、東方は緑色の天狗がトレードマークの「てんぐバックスカフェ」という、本体の「ちびっこうべ」に、より発展的な要素をもたらす内容となった。
招聘作家は、基本的には、センター長の芹沢高志と事業担当スタッフの協議により決定し、年間1〜2組を招聘する。公募は行なわない。筆者から提案して招聘に至ったアーティストは長島有里枝と東方悠平の2名。
選出にあたっては、次のことを意識している。アーティスト側が神戸というまちや、並走する事業テーマに制作の必然性を見出し、自分なりのアプローチができるか。リテラシーがある人にもまだない人にも訴えかける強度のある作品がつくれるか。また、伝える意識があるか。リテラシーがまだない人を対象にしつつも、教育普及は第一目的ではなく、良い作品をつくることが一番にあるか。長島も東方も普段は疑問にも思われず、あたりまえのように扱われているものごとに問いを立て、自分なりの実践を行なうことで、私たちに新しい世界を見せてくれた。
長島が用いる写真というメディアは誰にでも身近なものであり、家族や友人、恋人、女性といった被写体/テーマも、誰もがその存在や距離について思いを募らせたことがある対象だ。センターでの制作では、「神戸に住むパートナーの母親との共同制作」という非常に個人的だがチャレンジングな出発点から、取材や古着の提供で神戸の女性の協力を得ながら、普遍性を持つ作品に昇華させた。
成果発表後は滞在制作時の日々が綴られた『縫うこと、着ること、語ること。日記』を成果冊子として発行した
。先行して発表された実母との共同制作時の日記 には家族として長い時間を過ごしてきた記憶と思いが、神戸での滞在制作日記には人や土地と新しい関係性を紡いでいく過程が描かれていて、それぞれ惹き込まれるような魅力を持っている。東方は、「ちびっこうべ」の道筋をたどりながら、壮大にナンセンスで強烈なインパクトを放つ場所を作り上げた。わからないものをわからないまま受け入れ、なんだか夢中になってしまう、というアートそのもののようなプロセスを、おそらくアートだと思わないまま子どもたちは経験した。
プロダクション・ファーストのAIRから生まれた成果、そしてこれからの課題
これまでの実績のなかでは、センター内の活動だけで終わらず、作品自体が発展していったり、作品がその後も人の眼に触れる機会が得られたりという事例もいくつか生まれている。
濱口竜介は、センターでは即興演技ワークショップを実施し、その参加者17名を出演者として、センターを拠点に、神戸市内各所で映画『ハッピーアワー』を撮影、制作した。ワークショップ開催後も、制作スペース提供、ロケなどさまざまなかたちで協力を行ない、完成目前の「編集ラッシュ」公開イベントを開催した。映画は、第68回スイス・ロカルノ国際映画祭にて、主演女優4人に最優秀女優賞、脚本にスペシャルメンションが授与され、その後も数々の賞を受賞した
。また、長島がセンターで制作した作品は、前述した実母との共同制作の作品とともに、自身の初の回顧展「そしてひとつまみの愛と、皮肉を少々。」(2017年9~11月、東京都写真美術館)に出品され、展示の中でも重要な位置を占めるものとなった。
ここでは、アーティスト自身が自分で、自分の興味のあるものや人を探しに行く必要がある。いわば、「一から自分で作る」ためのプログラムであり、招聘候補に挙がるアーティストが、この状況をアドバンテージと捉えて動ける、いわばプロダクション・ファーストのアーティストであるかどうかを見極めることが、事業担当者としては重要だと考えている。
過去の招聘作家が華々しい実績を作ってくれているが、センターにアート関連プログラム、レジデンスプログラムがあることはまだ十分に知られていない。これは戦略的にそうした部分もあるにせよ、年間230以上実施されるセンターの多様なプログラムの中に紛れてきたことによるものともいえるので、今後はプログラム自体が存在感を示せるような、独自の展開を目指すべきかとも考えている。
AIRという言葉がイメージするものと、プロダクションサポートプログラムに近づきつつある私たちのプログラムとの実際の乖離については、AIRらしいものに軌道修正するのではなく、私たちのプログラムにあった適当な名前をつけるべきだと考えている。何がよいのか、まだ答えは出ていない。 課題は多いが試行錯誤を続け、神戸から発信するデザイン・センターのなかのアートプログラムとして、一人ひとりに響く作品が生まれる場となるように育てていきたい。
デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)のアーティスト・イン・レジデンス事業
兵庫県神戸市中央区小野浜町 1-4/Tel. 078-325-2201