キュレーターズノート

札幌国際芸術祭2024──雪の公園で考える未来とアートの姿

宮井和美(モエレ沼公園)

2024年02月15日号

1月20日より札幌国際芸術祭2024(SIAF2024)が開幕した。前回はコロナ禍で中止となり、実質6年半ぶりの開催、かつ初めての冬季開催となる。アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ共同代表の小川秀明氏をディレクターに迎えた本芸術祭のテーマは「LAST SNOW」。札幌を象徴する地域資源である雪は、気候変動の様子を目に見えてわかりやすく体感させてくれる存在でもある。未来の札幌の風景とはどんなものなのか、アートと科学技術はどのような未来像を描くことができるのか。そして地球と共生するために、どのようなアイデアやアクション、イノベーションが必要なのか。アートを通して未来への問いと行動にあふれた「実験区」を札幌につくり、多くの人たちと体験する。

今回のSIAFではそうした試みを各所に仕掛けている。未来劇場(東1丁目劇場)、北海道立近代美術館、札幌文化芸術交流センター SCARTS、札幌芸術の森美術館、さっぽろ雪まつり大通2丁目会場、そしてモエレ沼公園の6施設がメイン会場となり、それぞれを「200年の旅」と「未来の冬の実験区」という2つのストーリーに分けて企画。国内外から80組を超えるアーティストが参加し、多彩な作品やプロジェクトを展開している。

当会場は「未来の冬の実験区」のひとつとして屋内施設であるガラスのピラミッドを中心に2つの展示とプロジェクトを展開中だ。



冬のモエレ沼公園 [写真提供:モエレ沼公園]


隠された空間で地球温暖化を考える

冬のモエレ沼公園は夏とは異なり、全体が雪に覆われ、晴れた日には雪原が輝き、雪の日にはコントラストの低いモノクロームの風景が美しい、北海道らしい冬の風景を体感できる場所となる。週末になるとクロスカントリースキーやそりを楽しむ人々の歓声が響くウィンタースポーツのメッカともなっている。

本芸術祭の会場であるガラスのピラミッドは冬の利用拠点となる屋内施設である。ガラス張りのアトリウムは冬でも太陽光だけで十分に温まる光あふれる空間だが、夏には厳しい暑さとなる。その冷房をガスや石油燃料などで賄うには環境負荷が高くなりすぎることから、地球温暖化対策の一環として開館当初より雪を使用した冷房システムが導入されている。冬に降った雪を倉庫に貯蔵しておき、夏期にその冷熱を利用して冷房を行なうという仕組みだ。この雪を貯蔵しておくための場所が「雪倉庫」と呼ばれる空間だ。高さ5m、奥行き20m、幅30mの体育館ほどの大きさを持つ雪倉庫は、通常は公開されていないが、経年変化によって独特な趣を持った魅力的な空間となっている。



ガラスのピラミッド併設の雪倉庫への雪入れの様子 [写真提供:モエレ沼公園]


今回はここで、フィンランド出身のユッシ・アンジェスレヴァとスイスのアーティストユニットAATBが、週末限定でロボットアームによる氷と光を使った実験的なパフォーマンスともいえる作品展示《Pinnannousu》を行なった。会場に入ると、高さ約1m、重さ100㎏を超える大きく透明な板氷の表面をロボットアームが幾度も行き来し、繊細に掘り進めていく様子が見える。ロボットの機械音とともに、氷が解ける音が鳴り響いている。板氷は次第にかたちを変化させ、滑らかで複雑な曲面を持つ集光レンズとなっていく。等間隔に並べられたその氷でできたレンズはあたかもそれぞれが舞台の上でライトを浴びるスターのような佇まいで、観客を迎える。ひとつには「+2℃」の文字、ひとつには「クジラの尾びれ」の図像、そしてもうひとつには地球の温度変化を表わしたグラフが描かれた。しかし、それらは、ひととき形を結ぶが、平均気温8℃の空間では1日と持たず、その姿を失っていく。アーティストはそれに抗うようにアイロンを持ち、氷がレンズとしての機能を果たすように表面を平らに均し、また、その反対面ではロボットが図像を削りなおす。この自然現象への介入はギリシア神話のシーシュポスの岩のように結末は決まっている。最後には水たまりが残るだけなのだ。それはアーティスト達が滞在する間、繰り返された。



Jussi ÄNGESLEVÄ+AATB Pinnannousu (2024)[© SIAF2024, Photo by KUSUMI Erika]


「+2℃」は地球温暖化対策の上で象徴的な数字だ。世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に、理想的には1.5℃未満までに抑えるのが2015年のパリ協定で各国が目指した目標だ。地球温暖化対策に取り組む人類は、懸命に自然に介入しようとしているが、果たしてその結末は……。ここに詰め込まれるはずの雪は、いつまで札幌に降るのだろうか。暗喩に満ちた作品は、環境負荷低減のために建てられた空間の中で、我々に問いかける。

雪倉庫での公開は2月12日で終了したが、ドキュメント映像が会期末までガラスのピラミッド館内で上映中なので、ぜひご覧いただきたい。



Jussi ÄNGESLEVÄ+AATB Pinnannousu (2024)[© SIAF2024, Photo by KUSUMI Erika]


大地の創造と変遷の物語

モエレ沼公園がごみ処理場の跡地に建設された場所だということをご存知の方も多いだろう。公園造成前には、190万トンの不燃ごみが埋め立てられ、その上に彫刻家イサム・ノグチの手による大地の彫刻ともいうべき造形が施されたのがこの公園だ。人間の手が地球に大きな変化を加えたアントロポセン(人新世)の時代を象徴する場所ともいえるだろう。



造成中のモエレ山。不燃ごみと建設残土を積み上げて作られた [写真提供:モエレ沼公園]


こうした場所性と呼応する作品を展示しているのが脇田玲だ。「人間が10億年生きることができたら、大地が流体のように振る舞う様子に立ち会えるのではないだろうか」。──こうした問いに端を発し、制作された本作《Over Billions of Years》は、科学者スヴァンテ・アレニウス(1859- 1927)がその著書『宇宙の始まり──史的に見たる科学的宇宙観の変遷』で紹介したインドの万物の起源にまつわる物語の朗読から始まる。脇田自身によって語られるその物語は、本作に通底するあるひとつの視点(それは神、なのだろうか)の存在を教えてくれる。人間の生きる時間のなかでは決して知ることのできない、長期間にわたる大地の変動のデータからそれをビジュアライゼーションする。氷河期、間氷期、大地の砂漠化、森林化、河川の生成、島の生成、人工物の生成など、数千年から億年単位で推移するさまざまな段階を、ひとつの数理モデルを用いてシミュレーションして生み出したというこれらの表現は、8K映像による高精細な映像と、本作のコラボレーターであるNHK放送技術研究所の開発したラインアレイスピーカーによる音像表現で可視聴化している。会場内を歩くと、その場所によって大小のさまざまな音が鳴っていることに気づくだろう。「人間を描かないことで人間を描きたい」という作者の、目と耳と想像力をフル稼働させて体感したい大地の創造と変遷の物語がここにある。



WAKITA Akira Over Billions of Years (2024)[© SIAF2024, Photo by KUSUMI Erika]



WAKITA Akira Over Billions of Years (2024)[© SIAF2024, Photo by KUSUMI Erika]


札幌ならではのスポーツを作る──「未来の札幌の運動会」プロジェクト

これまで紹介したメディアアートのシリアスな作品とは一転して、「未来の運動会」は賑やかに進行中だ。「未来の運動会」とは、参加者がアイデアを出し合って新しいスポーツ競技をつくり、そのスポーツ競技で実際に運動会を行なう、だれでも参加できる共創型のプロジェクト。日本で独自に発展してきた運動会を新たなアプローチで再開発するこのプロジェクトは、2014年から日本各地で実施され、その土地ならではのご当地競技や運動会を生み出してきた。特に山口情報芸術センター[YCAM]では、毎年開催されており、ご存知の方も多いだろう。

今回は、モエレ沼公園の雪原を舞台にSIAF2024閉幕間際の2月24日に「未来の札幌の運動会」として実施する予定だ。雪という札幌ならではの地域資源に加え、テクノロジーやダンス、音楽など、さまざまな要素を取り込んだ未来のスポーツを、参加者がみんなで作り、プレイする。プロジェクトはこの「未来の札幌の運動会」の開催に向けて、2023年8月から始動。オンライン説明会を皮切りに、9月には市街地の駅前通りで体験会を、10月には「スポーツアート共創人材育成ワークショップ」を開催し、その後、ワークショップ参加者の有志で未来の札幌の運動会の運営チームを立ち上げた。12月からは運動会で使用するツール制作のワークショップをはじめ、現在も運営チームによる活動や、ツールの開発の真っただ中にある。



運動会で使用するツールづくりのワークショップ



ミニ運動会実施中の様子


プロジェクトの開始時には会場と日時は決まっているものの、内容は空白の状態。そこから参加者が一丸となって運動会を作り上げていくのがこのイベントの特徴と言えるだろう。競技だけでなく、開会式、閉会式、体操や音楽、応援などあらゆる要素を一緒に作っていく予定で、それは運動会前日に実施される運動会ハッカソンまで続く。ワークショップを通して出会った人たちや地域のコミュニティなどさまざまな出会いのなか、どのような運動会が出来上がっていくのか──。少しずつ、かたちができはじめ、手探りでプロジェクトは進行中だ。

SIAFの会期中は、この「未来の札幌の運動会」プロジェクトを紹介する「未来の運動会ルーム」をガラスのピラミッド館内に開設している。プロジェクトがどのように進行しているのかのドキュメントや、これまで各地で実施されてきた「未来の運動会」について、また運動会の歴史について、学びながら楽しめる内容だ。過去の「未来の運動会」で開発されたツールの体験コーナーも設置し、イベント実施までの期待感を高めている。



未来の運動会ルームの様子 [© SIAF2024, Photo by KUSUMI Erika]


与えられたルールのなかで遊ぶのではなく、自分たちでルールを考え、話し合い、プレイする。DIYの精神でできあがる札幌ならではの運動会はどんなものになるだろうか。ファシリテーターとして参加する筆者も、直前まで何が出来上がるかわからない不定形のイベントの開催日を楽しみに迎えたいと考えている。


終わりに

札幌国際芸術祭2024は2月25日まで開催中だ。本記事では、筆者の担当するモエレ沼公園会場のみの紹介となったが、メイン会場である未来劇場は充実した作品数で、リピーターも多いと聞く。また、札幌芸術の森美術館では明和電機の回顧展ともいうべき展覧会が開催され、作家自身も会期中何度も展覧会場でイベントを実施するなど楽しめる工夫がなされている。北海道立近代美術館では現在をまなざす過去からの100年をコレクションを交えて紹介。北海道を中心としたアートや人々の営みを知る機会を作り出している。終了まで間もないが、初の冬開催の芸術祭をぜひ訪れてみてほしい。そしてそれが未来の札幌、未来の地球の姿についてそれぞれが思いをめぐらせる機会になればと願う。



チェ・ウラム《Red》(2023)[© SIAF2024, Photo by FUJIKURA Tsubasa]


札幌国際芸術祭2024

会場①|未来劇場、北海道立近代美術館札幌文化芸術交流センターSCARTSモエレ沼公園、地下公園、サテライト会場:札幌市資料館(旧札幌控訴院)
会期|2024年1月20日(土)〜2月25日(日)

会場②|札幌芸術の森美術館
会期|2023年12月16日(土)〜2024年3月3日(日)

会場③|さっぽろ雪まつり大通2丁目会場
会期|2024年2月4日(日)〜2月11日(日・祝)

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