キュレーターズノート

環境創造としてのインスタレーション/チュードアへの応答(中谷芙二子+高谷史郎「CLOUD FOREST」)

阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])

2010年07月15日号

 今回のYCAMでの滞在制作によるインスタレーションは 、中谷芙二子の「霧の彫刻」を、外壁・内壁がほぼ全面ガラス張りで、館内機能が透過して重層的に視覚化される、YCAMの建築構造(磯崎新設計)そのものにインストールする発想からスタートしている。「霧の彫刻」はまず、YCAMの前庭にあたる野外の広大な中央公園にインストールされるが、館内にはまったく別のかたちでアプローチされた。YCAM館内には、通常の建築と異なり、巨大な吹き抜け構造に、日光や雨、風がダイレクトに侵入する全面ガラス張りの中庭が4カ所混入している。外部[自然環境]と内部[人工環境]が共存/共有する場である中庭の2カ所を使って、中谷芙二子の人工霧による「霧の彫刻」をインストールする。今回そこに、中谷のコラボレータとして、坂本龍一と「LIFE fluid, invisible, inaudible…」をYCAMでも制作した、ダムタイプの高谷史郎が加わっている。高谷は、2007年に、異常気象が覆う時代の北極を、アーティストと科学者がチームとして観測する国際プロジェクトに参加し、その成果を日本科学未来館「Cape Farewell:アートを通して気候変動を知る展」で発表している。
 高谷が、今回構案したインスタレーションは、霧が充満変化する中庭内に、外部から太陽光を、時間ごとにトレースして反射させる鏡を使ったメカニクスによる光のインスタレーションと、超志向性スピーカーを使用したサウンドインスタレーションをジョイントさせ、異なる環境のインターフェースとなる空間を作り出すものである。 多方向からタイミングを変えて放出される人工霧は、周囲の内外の環境や気象条件に左右されながら対流を作り出し、さまざまな形態や様態を生む。太陽光の反射は、霧の状態、時間、位置、角度の違い、また観客の空間的位置取りや距離によって、それぞれ多様に視覚的に大きく変化する。サウンドはそこでは、局所的にしかレゾナンスを生み出さない、超音波による超志向性の特殊な音響システムが設置されている。観客は、つねに揺れ動き多数の方向性をもつ霧の中を歩きながら、偏在/遍在の極を移行する空間を体験するほか、ガラス壁の外からは、普段の自然の中の肉眼からは見えてこない、霧や光の細かな動きを観察することができる。
 この2つの中庭に挟まれたホワイエには、高谷史郎によるチュードアへのオマージュとして、音と光の相互の反射に着目したインスタレーションがセットされる。床中央は巨大な鏡面になっており、時間によって、中庭と霧を通過/透過した太陽光が差し込み、光と陰による反射と構成を生み出すが、鏡面上にはさらに、9基の音響装置が幾何学形状に設置されている。この特殊な音響装置は、回転式の2m高の四角柱で、それぞれに4台の超志向性スピーカーを備えており、計36台のスピーカーは、同期/非同期を繰り返しながら、多様なスピードで別々に回転し、超志向性音による音の面を、周囲に複雑につくりだす。超志向性スピーカーの特徴は、直接耳に入るアングルでは、身体の周辺に限定的に音が鳴るが、壁に志向性の方向が変わると、今度は向けられた周囲の壁やガラスから、音が発しているように響く。それがさらにレーザー光線のように不可視の多数の折り曲げられた反射として空間を作り出すので、バラバラな9基の音響装置は、考えられないほど複雑かつ密度のある音響環境を生成変化させていく。もちろん、観客の位置、向く方向によって感覚する空間は大きく異なる。音源は、softpadの南琢也による、自然環境のフィールドレコーディングや、中庭からリアルタイムサウンドの加工などが使われるほか、さらにチュードアがペプシパヴィリオンで制作した音源も用いられる予定である。


「CLOUD FOREST」滞在制作の様子(左:中庭、右:中央公園)、2010

 既存のYCAMの建築空間をそのまま利用して、そこに霧、光、音といった透過的な表現メディアをインストールし、分断された領域を相互に反射・浸透・生成させてインターフェースさせる「環境圏」を作り出すというアイデアは、チュードアが、大阪万博の直後の70年代に、中谷芙二子、ジャクリーン・マチス・モニエらと構想し試みたプロジェクト「Island Eye Island Ear」の先進性から大きな影響を受けているといってもいい。「Island Eye Island Ear」は、無人島において、霧と風とパラボラアンテナによる音の環境装置によって、島全体を覆う不可視のスフィア(圏)を作り出そうという未完のプロジェクトである。チュードアが大きな役割を担った「Island Eye Island Ear」の構想、そしてその発想の起点となったサウンドインスタレーション「RAINFOREST」。「RAINFOREST」は熱帯雨林を意味していた。その思想をクリティカルに継承しようとする「CLOUD FOREST」は、亜熱帯地域において、例えば屋久島のようにつねに上方が霧に包まれているエリア「雲霧林」を示す。そこは、人間の社会がおよぶ領域と、完全な野生の領域の中間のグレーゾーンをも含み、充満の密度の中に時として局所性が発生する相互浸透が活性化している特異な場所=相互環境圏ととらえることもできるだろう。 アーティストの役割とは、そうした圏としてとらえられる非物質的な存在としての環境を、再び感覚し触知可能な、物質的表層存在へとプロジェクション(投射/透写)することもその使命となる。そこに可視/不可視の対流が重層的に生まれてくることが期待される。われわれは、新たな作品を制作するにあたり、チュードアの先見性と業績から生まれる、想像のつかない影響力の大きさを改めて思い起こすことになるはずだ。


「Island Eye Island Ear」(スウェーデン、クナーベルシェア島、1974)
photo:Fujiko Nakaya

山口情報芸術センター[YCAM] 滞在制作/企画展
中谷芙二子+高谷史郎:新作インスタレーション「CLOUD FOREST(クラウドフォレスト) 」

会場:山口情報芸術センター[YCAM] 中庭、ホワイエ、中央公園
会期:2010年8月7日(土)〜10月17日(日)

オープニングイベント
デモンストレーティブパフォーマンス

8月7日(土)、19:00開演(開場は30分前)
会場:ホワイエ、中庭、入場無料
出演:中谷芙二子、高谷史郎、softpad

アーティストトーク

8月8日(日)、14:00開演(開場は30分前)
会場:スタジオB、入場無料
出演:中谷芙二子、高谷史郎 モデレーター:浅田 彰

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