キュレーターズノート

冨井大裕 展/岩崎貴宏 展

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2010年08月01日号

学芸員レポート

 筆者もメンバーとして参加している非営利団体CAAK, Center for Art & Architectureの企画で、岩崎貴宏の展覧会を行なった。金沢青年会議所の主催によるイベント「かなざわ燈涼会」の一環で、金沢市尾張町にある町家が会場となった。明治後期に建てられたと推定されるこの町家は、加賀友禅の袋物を扱う老舗「木倉や」を経営する伊崎氏の所有で、ここ10年ほどは使われていなかった。先代の雅号から「楳荘」と名付けられたこの町家は、先代が60歳で引退した後、文人画を描いていた場所で、いまも多くの作品が残されている。
 岩崎は、これまでにも森美術館や水戸芸術館でも作品を発表しており、昨年のリヨン・ビエンナーレにも参加。今年のバーゼルアートフェアでも好評を博した広島在住の作家である。
 今回岩崎が展示したのは、3点。それぞれ、蚊帳、布団、雑巾を使った作品である。入口から入って最初に目に入る布団の作品は、暑さで寝苦しかった人が抜け出したそのままであるかのように無造作に布団が敷かれている。しかし、近づいて注意深く見ると、布団から小さな4本の鉄塔が建っていることに気づく。この鉄塔は布団カバーの繊維を引き抜いてつくったものだ。鉄塔の存在に気づいた途端、布団全体の起伏が、山の風景のように見えてくる。
 その奥の部屋には、青いネットの蚊帳が吊り下がっている。蚊帳の上部には、同じ手法で蚊帳から引き抜いた繊維でつくったクレーンが2機、立っている。蚊帳と工事現場のイメージが二重写しにされる。
 伝統的な和の文化とは対極にあり、景色や町並みのなかに突如現われて調和を乱す無骨な鉄塔や工事現場のクレーンだが、それらはどこにでも見られる典型的な日本の風景でもある。日常となったその風景を、価値判断を留保し、むしろ愛情を持って、すこし引いた視点から眺めるような軽妙さが岩崎にはある。そして仮設性、軽妙さが、蚊帳という簡単な和のしつらえと共鳴する。


左=岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(布団)》(部分)
右=岩崎貴宏《アンダー・コンストラクション(蚊帳)》(仮称、部分)

 部屋の奥にある床の間には、雑巾を使ってつくった作品が置かれている。この雑巾は、展示の初日、町家の掃除に使って真っ黒になったものである。それを使って半日で即興的につくったのがこの作品である。雑巾からは同じく糸を引き出してつくった松が伸び、小屋が建っている。
 私は今回この町家を用いるにあたり、先代・楳荘の描いた絵もどこかに展示したいと考え、床に掛けてあった楳荘の軸を残した。それは、松などの緑の中に、赤い建物を描いた文人画であった。岩崎のつくりあげた雑巾の風景は、床に掛けた軸の絵から生まれたイメージである。建物が積み重ねて来た歴史と、岩崎の展示とが床の間で軽やかに接続された。家の細部や、庭の石、そして残された道具などを見ていると、楳荘が遊び心にあふれた人物であったことが随所に感じられる。その家に迎え入れられ、時を超えた楳荘と岩崎の出会いに立ち会えたひと時は、この夏の幸せであった。


楳荘の軸と岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(雑巾)》

「かなざわ燈涼会」参加企画:岩崎貴宏 展

会期:2010年7月29日(木)〜8月1日(日)
会場:楳荘
金沢市尾張町2丁目9-10