キュレーターズノート
登米アートトリエンナーレ2010
伊藤匡(福島県立美術館)
2010年09月01日号
今夏も新しいアート・フェスティバルが各地で誕生している。宮城県登米市で開催される「登米アートトリエンナーレ」もそのひとつだ。その特徴は、なんといってもサブタイトルに「幾何学構成アートの祭典」と謳っていることにある。幾何学構成アートとは難しい言葉だが、色面や幾何学的なかたちで表現する作品ということになるだろうか。
なぜ、幾何学構成アートなのか。同市には、全国でも珍しい幾何学構成アート作品を収蔵するサトル・サトウ・アート・ミュージアムがあるからだ。この美術館は、同市中田町出身で現在パリで制作しているアーティスト、サトル・サトウ(佐藤達)の作品と、彼が集めた海外の抽象美術のコレクションを収蔵している。廃校になった小学校の四教室分を改造した展示室には、構成主義的なサトウの立体作品と、海外の作家の幾何学的抽象作品が展示されている。日本では知られていない作家の作品が多いが、なかにはピエト・モンドリアン、ソニア・ドローネ、ヴィクトル・ヴァザルリー、ヤコブ・アガム、ラファエル・ソト、ソル・ルウィットらの作品もある。せっかく地元に貴重な芸術作品があるのだから、その活用と普及を期待して、「あえてテーマを幾何学構成アートとした」と実行委員長の佐藤幸一氏は、「あえて」の部分に力を込めた。
このアートトリエンナーレのもうひとつの特徴は、行政主導でもなく特定のアーティストやアート・プロデューサーの発案でもなく、地域の人々の情熱から出発している点だ。実行委員会事務局の主力は、サトル・サトウ・アート・ミュージアムの250人の友の会会員が、ボランティアで務めているという。実行委員会のメンバーの女性は、「自分の子どもたちにほんもののアートに触れさせたいと思って、これまでも仙台から画家の方に来てもらって絵画教室などを開いてきました。美術館も今回のアートトリエンナーレもその延長線上にあります。地方に住んでいても子どもの感性を育み、創造力を刺激する活動ができればと思っています」と、このアートトリエンナーレへの思いを語ってくれた。ここに地域とアートの関わりの原点を見たような気がする。アートの世界においても経済的論理が幅をきかせ、巨大都市への集中の傾向が強まるなかで、逆にアートを地方に呼びこむ動きである。また、最初から「トリエンナーレ」と明記しているほどだから、継続を前提に準備しているわけで、市民も行政も気合いが入っている。さらに、このアートトリエンナーレは観覧料が無料である。これも最近のアートフェスティバル・チケットの高額化に一石を投じるだろう。
さて、アートトリエンナーレの内容に戻ると、参加アーティストは海外からの招待作家も含め26人。立体だけではなく映像作品も出品される。作家の選考にはサトル・サトウの助言と協力が大きかったという。江口週、高山登、窪田俊三らも参加しているが、初めて名前を見るアーティストも多い。だが、少なくともあちらこちらのアートフェスティバルで同じような作品を出品している作家は、ここにはいない。取材時点では、いくつかのプレイベントは行なわれたものの作品は設置されていなかったので、作品については書くことができない。9月1日から10日の間に作家が現地で制作し、制作過程も公開制作として見学可能だという。
登米地方は宮城県でも有数の穀倉地帯である。明治の洋風建築が見られるみやぎの明治村や漫画家石ノ森章太郎の記念館もアートトリエンナーレの会場になっている。また近くには渡り鳥のサンクチュアリとして知られる伊豆沼もあり、じつは見所が多い。黄金色に輝く稲穂を背景に、屹立する抽象的な造形がどのように見えるか、楽しみである。