キュレーターズノート

高木正勝ピアノソロコンサートツアー「Ymene(イネメ)」 名古屋公演/トランスフォーメーション展

能勢陽子(豊田市美術館)

2010年12月01日号

学芸員レポート

 現在、豊田市美術館の企画展示室、常設展示室のほぼ全館を使って、建築家・石上純也の展覧会を開催している。石上は今回展示を行なうにあたり、谷口吉生設計による展示室を敷地に見立て、そこに新たに建築を設計するというかたちでプランを進めていった。そういう意味では、本展は模型や図面などの2次的な資料を展示する通常の建築展とは異なり、ここでしか成立しない“建築”展になっている。当館は3層からなり、階段を登り、市街を眺めて、開口部から展示室を見下ろすという身体の動きとともに、大きさや素材が異なる展示室が現われる。自然光が入り込む展示室は、一日の時間の流れや雲の動きによって表情を変える。石上は、それぞれの展示室に調和するように、自然の事象に関わる名前の付いた五つのプロジェクトを展開している。
 《雲を積層する scale=1/3000》《森と建築のあいだ scale=1/50》、《地平線をつくる scale=1/23》《空に住む scale=1/1300》。それぞれのプロジェクト名にはスケールが付いており、環境と建築を繋ぐさまざまな大きさを往還した後に、自らの身体感覚に見合ったスケールに向き合うことになる。


石上純也《雲を積層する scale=1/3000》2010

 《雨を建てる scale=1/1》。真っ白な空間の中に、それぞれ42本の糸で引っ張り自立させた高さ4mのカーボンの白い柱が54本並んで、矩形を形づくる。0.9mmの柱は雨粒の大きさに、0.02mmの糸は雲粒の大きさに見立てられ、地上に雨が降るように、空に雲ができるように、繊細な自然現象の変化がそのままかたちになったような建築。柱はかろうじて見えるが、それを引っ張っている糸は、照明の光を受けている部分が、ときどき蜘蛛の巣のような姿を現わす程度である。そこにある建築の手掛かりを探そうと、息を潜めて虚空をみつめる。そうすると、普段は気に留めていないはずの大気の微かな揺らぎや、空気が微細なものに満ちていることに気づかされる。その体験の後には、私たちの身体感覚は研ぎ澄まされ、空気や光の微細な変化などの外界のあらゆるものに鋭敏な意識を向けられるようになるのである。
 本作は、今年のヴェネツィアビエンナーレ建築展で金獅子賞を受賞した《Architecture as air》と同じ素材、工法によるものだが、サイズが二倍ほど大きく、上部に梁が付いていない。ヴェネツィアでは、構造・可視性のぎりぎりの臨界点を探った作品であることが評価されたが、評価時点で作品が崩壊していたことが併せて大きな話題になった。ヴェネツィアでは結局三度倒壊し、会期中もその状態で展示されることになったが、じつは当館でもオープニング当日の朝に作業上の事故により倒壊している。その後二週間掛けて修復して、現在はご覧いただける状態になっているが、修復中にご来場いただいた方々には、たいへん申し訳なく思う。そういう意味では、ヴェネツィアでも観ることのできなかった幻の作品ということになる。本作は、極細の白い柱と糸による構築物が、真っ白な空間に展示されているため、写真では紹介しずらい。この機会に美術館を訪れていただき、空気と構築物が限りなく溶け合う空間を体験していただければと思う。12月26日まで。


石上純也《地平線をつくる scale=1/23》、2010


石上純也《空に住む scale=1/1300》、2010
3点すべて、提供=豊田市美術館

石上純也──建築のあたらしい大きさ

会期:2010年9月18日(土)〜12月26日(日)
会場:豊田市美術館
愛知県豊田市小坂本町8丁目5番地1/Tel. 0565-34-6610

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