2017年11月15日号
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「20世紀琳派 田中一光」展講演リポート

小吹隆文(美術ライター)2015年10月15日号

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 美術史家で明治学院大学教授の山下裕二が、9月19日に京都国立近代美術館で講演を行なった。その内容は、京都dddギャラリーで10月29日まで開催されている展覧会「20世紀琳派 田中一光」に沿ったものだ。同展では、グラフィックデザインの巨匠・田中一光(1930~2002)の作品123点を「山」「動物」「波」など13種類の要素に分類し、田中がいかに琳派から影響を受け、そのエッセンスを自己のものにしたかをたどっている。山下は永井一正、木田安彦と共に同展の監修を務めており、展覧会図録にも文章と作品解説を寄稿した。イベント当日は、田中の作品と彼が引用した琳派の作品を映像で見比べながら、田中と琳派の関係を明快に解説。同時に、田中以外の現代の美術家と琳派の関係にも言及した。

 


山下裕二氏

 講演は、生前の田中一光と盟友関係にあった小池一子と、田中と生涯にわたり深く交流した木田安彦(本展の共同監修者で、展覧会初日の5日前に逝去)の話題をプロローグとし、「田中一光は、琳派から影響を受けたデザイナーとして認識されるべきなのか。いや、彼こそが20世紀の琳派なのだ」という山下の持論を軸に展開した。また「17世紀の(俵屋)宗達、18世紀の(尾形)光琳、19世紀の(酒井)抱一、そして20世紀は田中一光。そういえば彼の名前『一光』は、抱一の『一』と光琳の『光』でできている。そもそも名前が琳派じゃないか。そのことを図録に書けばよかった。偶然の一致だろうが、一光さんも喜んでくれるだろう。私にとっては大きな発見」というユニークな解釈も披露された。 その直後に《日月山水図屏風》(室町時代、金剛寺)の映像が映し出され、いよいよ本論が始まった。「この屏風は日本美術史上の重要な作品です。こんもりとした山の曲線が美しく、春夏秋冬の山の情景を円環構造で描いているのが特徴。宗達が生まれる50年ほど前の作品で、宗達がこれに類する大和絵を見て着想を育んだのではないかと美術史家は考えている。いわばプレ琳派の作品です。一光さんは《緑 地》《緑 風》(1982年)でこの屏風の夏山と冬山を引用していますが、1982年の時点で本作に注目していたのが凄い」。そして《冬季オリンピック札幌大会’72》(1968年)など、山の曲線をモチーフにした作例が示された。



田中一光「JAPAN」1986年
© Ikko Tanaka / licensed by DNPartcom

 また「動物」をモチーフにした作品では、田中一光の代表作の一つ《JAPAN》(1986年)の鹿の図案が、俵屋宗達の《平家納経》願文見返し(安土桃山時代・1602年、嚴島神社)を引用したものであることを解説。この宗達の作品は、戦国武将の福島正則が広島を治めていた時代に平家納経の補修が行われ、宗達に見返しを描かせたもの。一頭の鹿を大胆に配した構図で知られるが、田中一光はそれをよりシンプルに還元し、配色の変更と目と耳の幾何学的な処理を加えている。「この作品は、いわば宗達のパクリです。今、デザイン界ではパクリが大きな問題になっていますが(笑)、日本美術においてパクリは必ずしも悪いことではありません。いかにしてオリジナルからエッセンスを抽出し己の血肉とするかが重要で、一光さんほど血肉化が上手な人はいなかった。血肉化した上で濾過をして、上澄みの部分だけをすくい取って来る。それは最高の京料理で供される澄まし汁のような、澄み切った美の世界です」。



スライドは《Concert / Projection de Films – Toru Takemitsu》

 さらに、《Concert / Projection de Films – Toru Takemitsu》(1997年)の波模様に見る、俵屋宗達筆の重要文化財《波に麒麟図》杉戸絵(江戸時代、養源院)との関係や、《池坊専永展》(1974年)の曲線が、酒井抱一の重要文化財《夏秋草図屏風》(江戸時代、東京国立博物館)の右隻右上に描かれた水流から着想したものであることが語られたが、とりわけ興味深かったのは、《MUSIC TODAY '85》(1985年)が尾形光琳の国宝《紅白梅図屏風》(江戸時代、MOA美術館)ならびに「光琳かるた」からの引用であることと、このイベントを主催していたセゾングループの代表(当時) 堤清二とのやり取りである。
 堤が2003年に東京都現代美術館で行なわれた田中一光の大回顧展に辻井喬(作家名)名義で寄せた文章によると、田中一光が亡くなる直前の2001年末に堤は自身の著書『伝統の創造力』を田中に送り、その礼状が、彼が亡くなった後に堤の元に届いた。いわば田中一光の絶筆である。そこにはこう記されていた。「私は詩や文学ついては知識はありませんが、伝統については60年代、70年代に少しばかり孤独な思いをしました」。
 これは何を意味するのか。1960~70年代の日本のグラフィックデザイナーはことごとくバウハウスやロシア構成主義などモダニズムの影響を受けた直線的デザインを志向しており、伝統を拠り所にして曲線的なデザインを行なっていた田中は孤軍奮闘の状況だった。田中は昭和を代表するグラフィックデザイナーであり、そのキャリアは輝かしい栄光に彩られているが、実はモダニズム全盛の時代にただ一人伝統と対峙していたのだ。堤はその孤独な姿を田中の礼状から読み取ったのである。
 また余談ではあるが、7~8年前のNHK特集で尾形光琳筆《紅白梅図屏風》の金箔が箔ではなく金泥という説が取り上げられた際、山下が頑なな研究者の役回りで否定的な見解を述べさせられたエピソードも興味深かった。その後同説は誤報だと判明し、現在は金箔説が公式見解となっている。山下が「やはり機械よりも研究者の目を信用すべき」と言った時、密かなドヤ顔を感じたのは筆者だけだろうか。



スライドは俵屋宗達《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》

 さて、最後に現代の美術家と琳派の関係にも触れておこう。山下いわく「琳派は一光さん以外にも多くの美術家に影響を与えている」。その一例が、現在最も注目されている画家の一人、会田誠だ。会田の《美しい旗》(1995年)は宗達の《風神雷神図屏風》の構図を踏襲しており、《紐育空爆之図》(1996年)は光悦と宗達の《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》を、《群娘図》は光琳の《燕子花図屏風》をそれぞれ引用しているという。また《鶴下絵~》については加山又造の《千羽鶴》(1970年)との関係性も語られた。「日本の現代美術が古典絵画を引用するようになったのはここ20年ほどのことで、村上隆が提唱した『スーパーフラット』も古典絵画と共通する部分が多い。ようやく現代美術と伝統が歩み寄れるようになってきた。ではデザインはどうか。田中一光という人が、ずっと前からやっていたのです」。この印象的な言葉を締めとして、この日の講演は鮮やかに終演した。

「20世紀琳派 田中一光」展 講演2

会期:2015年9月19日(土) 17:30~19:00
会場:京都国立近代美術館1階ホワイエ
出演:山下裕二
   京都市左京区岡崎円勝寺町

「20世紀琳派 田中一光」展

会期:2015年08月18日(火)~10月29日(木)
会場:京都dddギャラリー
   京都府京都市右京区太秦上刑部町10
   Tel. 075-871-1480

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小吹隆文

1964年生まれ。美術ライター。情報誌の編集部勤務を経て、2005年より関西を拠点にフリーランスで活動。主に雑誌、新聞、ウェブで原稿を執筆し...

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