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今、アート購入に注目が集まるのはなぜ?──5万円から始めるコレクションと運用方法の勉強会
東成樹(「美術回路」事務局長)
2018年06月15日号
近年、近現代美術のグローバルな美術市場での値上がりはすさまじい。海外に比べてアートが売れないといわれる日本でも、昨今は政府・経済界もアート市場の活性化への期待を寄せていると報じられている。他方で、人々が「アートを購入したい」という関心が高まりつつある。芸術祭の広がりで身近になったこと、オンラインで作家や市場の情報が以前よりも手に入れやすくなり、美術品購入の心理的障壁が下がったこと、さらには「資産運用」という考え方が身近になり、リスクなどを勉強した上で美術品を持ちたいという発想もあるようだ。とはいえ、まだまだ個人で画商と渡り合う自信はない、という人も少なくない。そこで「まったく知識のない段階から、勉強しながらアート作品を買う集団をつくり、文化を支援しながら各人の資産形成を図る」という試みが出現している。その一つを「美術回路」事務局長の東成樹がレポートする。
- 生活とアートが近づいている
- 5万円の作品からはじめるコレクションと運用方法を考える勉強会
- なぜ、アート購入へ関心が集まるのか?
- 「スパイラル」キュレーターが教える、作品の買い方のコツ
- アートを生活に取り入れる
1 生活とアートが近づいている
今、日本では生活とアートがどんどん近くなってきています。各地での芸術祭はもちろん、ギャラリーの代表がビジネスマンたちにレクチャーを行なったり、大手経済誌でアートの特集が組まれたりしています。かつて主に美術館という聖域に置かれていたアートが、地域行政やビジネスマンなど多様な主体と徐々に接点を増やしつつあります。その背景には、立ち止まって物事と向き合うことに気づかせるというアートの効用があると考えます。
そして、アートと生活の接近に伴い、新しいアートコレクターたちが生まれているようです。彼らが作品購入に興味を持つのはなぜなのでしょう? 一体どんな人たちなのでしょうか?
はじめに、アート市場を概観しましょう。日本のアート市場は着実に成長しています。日本最大級のアートフェア、アートフェア東京では売り上げが年々上昇しており、2018年には過去最多入場者数60,026人、過去最高となる出展者総売上29.2億円を記録しました。この記録は、日本経済新聞でも取り上げられています。また2017年の日本のアート市場は堅調で3,270億円、昨年より若干下がったものの、作品売買では微増しています。
世界に目を転じると、昨年の作品売買の市場は約7兆円で、2016年より12%アップしています。世界のアート市場は、トップ3のアメリカ(42%)、中国(21%)、イギリス(20%)だけで8割以上を占めます。日本はこれらの国と並ぶ経済レベルであるにもかかわらず、アートを買って生活に取り入れる、という面では大きく水をあけられています。
そんななか、アートの購入と運用を考える勉強会が開かれていると聞きました。参加者にはアパレル・不動産・メディアなどさまざまな業種の方がいらしているといいます。参加者はなぜ、アートの購買に興味を持ったのでしょうか。そこでこの勉強会を取材しました。
2 5万円の作品からはじめるコレクションと運用方法を考える勉強会
この日の勉強会のテーマは「スパイラルのアーティスト支援の歴史と、作品購入の楽しみについて」。表参道のスパイラルにて、同館キュレーターの加藤育子さんをゲストに迎えてお話を聞きます。折しもこの日はクリエーターたちによるフェスティバルSICF19が開催されており、作品を販売しているブースも多数。勉強会終了後に希望者で会場に向かうという趣向です。
伊藤洋志さん(ナリワイ代表)と中山晴奈さん(フードデザイナー)がこの「アート購入講座」を企画したのは、次のような考えからでした。
- お金の運用について考えたいものの、投資は不確実で分からない。
- アート作品を買えば「資産」となり、作家が制作を続ける限り価値が落ちることは考えにくい。
- 一人で買って楽しむだけではなく、アート作品を買う集団をつくり、文化を支援しながら各人の資産形成をしたい。集団であれば、情報交換したり購入した作品を見せ合ったり、いざとなれば売買でき、資産としての流動性も高められる。
今回、2期目のこの「働く人のための現代アートの買い方を学ぶ─5万円の作品からはじめるコレクションと運用方法を考える勉強会」には30名近くが参加。全3回で、コレクターやキュレーターなどさまざまな人の話を聞きながら、買い方やアート界の構造を学びます。そして実際にアートフェアに行き、少額でよいので作品を買います。
「コレクションと運用方法」といいますが、なぜ、作品を買うことが運用になるのでしょうか?
作家が制作を続け、賞をとったり、美術館で展示をするなどしてキャリアを積むことで、作品の価値は高まっていきます。ですので、作品を持つことは、作家の成長とともに価値の上がる資産を持つことになります。つまり、作品を買うことは、自分の価値観を反映した資産形成を探ることになるのです。他方、作家側からすれば、買い支えられたお金を用いて次の作品制作へと向かうことができます。そして展示を重ねることで少しずつ値段が上がり、その売り上げを元手により幅広い挑戦ができるようになります。
3 なぜ、アート購入に関心が集まるのか?
講座参加者たちの背景はさまざま。一人一人に、なぜこの講座に興味を持ったのか聞いてみました。参加者の多様な背景を反映して、理由もさまざまでしたが、なかでも代表的だったのは次の3つ。
A 家での暮らしを豊かにしたい
B 投資として
C ものの価値が生まれる仕組みを知りたい
A 家での暮らしを豊かにしたい
「初めは、買えるとは思わなかったんですよ」と話されたのは、新聞社に所属してサイエンス・漫画などの展覧会を手がける女性。数年前に、美術作品は買えるものだと知ったそうです。「お花を買うのと同じ感じで、家に楽しくなるものを置いて、もしも高くなったら嬉しいかもね、と思っています。いいものを作る作家にお金がいき、作品を飾ることで家での生活が潤う。そして、もしその作家が将来成功したらとっても楽しい! と思って」
この方の場合、アートを買うことに投資という側面も見ていますが、必ずしも確実な見返りを求めているわけではありません。見ていて楽しくなるものを置くことで、暮らしが豊かになる。そして、もしも購入した作家が今後売れたらラッキーという気持ちで「購入は、いいお金の使い方だな」と思っているそうです。この女性と類似して、家族との生活に潤いをもたらしたい、というモチベーションで購入を考えている方も複数いらっしゃいました。例えば、百貨店に勤める男性は夏、赤ちゃんが生まれるのを機に「子どもがアート作品とともに育っていったらどうだろう?」と思ったのをきっかけに、作品購入に興味を持ったといいます。
この講座後、参加者達とSICFを巡りました。先ほどの女性は、「買う気は満々。買おうという目で見たら『いくらなら買うだろうか?』と、しっかり向き合って見ることになる」と話されていました。後日メールで尋ねたところ、その場ですぐ買う作品は決まらなかったようですが「講座を全て終えた後、夏のボーナスを資金に購入を検討しようと思う」とのことでした。
B 投資・資産運用として
投資面から興味を持ったという方も、多くいました。デザイナーをしている男性は、もともと芸大出身で、友人にもアーティストが多いそうです。これから活躍していきそうな作家の作品を買い、将来値段が上がったら、作品を売ったお金の一部で新たな作品を買っていきたい、と話します。「どうやって活躍する作家を見極めるのですか?」と聞くと「友人が作家なので、フェイスブックの投稿を見れば制作の調子が分かる」とのこと。作家の情報が生で入るために、継続して制作や展示をしているのか、チェックできるのですね。
ある女性は仕事でアート企画の立ち上げをしていました。すぐにそこから異動してしまいましたが、個人的にアートに関わることに興味を持ち続けていました。しかしそんな矢先、夫が仮想通貨の勉強を始めたため、「自分も何か他の資産運用の選択肢を勉強しなければ」と参加されたとのこと。
C ものの価値が生まれる仕組みを知りたい
アパレル業界の男性は、個人が制作する5〜20万円ほどの高額の商品を中心に扱っています。彼は、ファッションとアートの構造が、個人の才能により少量の作品をつくるという点で似ているといいます。そこで、アーティストによる作品がどう売られているのかを学ぼうと、講座に参加されたそうです。「ファッションは、アートとプロダクトの間にあると思う。値段の高いファッションを売ることが難しくなっている時代で、両者の違いが何かを知り、売り方を学びたい。そのためには買ってみないと分からない、と思って参加しました」
では、実際に買う目線から作品を見るとどうだったのでしょう? 「資産運用として買うには、まだまだ知識と経験が必要です。気に入ったから買う、気持ちが上がるから買う、という動機ならばよく理解できます」どの作家が成長するのかを考えるには、経験が必要だと認識されたようです。一方で、ファッションと同じく感情面で買うのは理解しやすいとのこと。自分の気持ちに合うからと、服のように生活に取り入れるということですね。
ここまで、暮らしを豊かに・投資・価値付けの学びという3つのモチベーションをみてきました。これらにくわえて、「アーティストを支援したい」と思う方も多くいらっしゃいました。
4 「スパイラル」キュレーターが教える、作品の買い方のコツ
スパイラルのキュレーターの加藤育子さんは、
- スパイラルの思想
- 作品の買い方のコツ
- コレクターとしてのメッセージ
をお話されました。
スパイラルは「生活とアートの融合」をテーマに1985年に開館しました。親会社は株式会社ワコール。スパイラルでの体験を通して「心と体が美しくなって欲しい」という願いから、館内にギャラリーやビューティーサロンなどを備えています。アートを生活の中に取り入れたライフスタイルの実現の一環として、アート作品の販売も行なっています。その中でキュレーターとして加藤さんが担当されているのは、アートフェアや展覧会の企画制作。作家とのご縁で、自ら作品を買うこともあるそうです。そんな加藤さんに、作品を買うコツを聞きました。
まず大切なのは「この作家は、作り続けるかな?」ということ。ある程度長期間、まとまった数の作品を作り続けなければアートの世界から消えてしまい、価値も落ちてしまうからです。その上で、作家が「受け取り手のことも考えられる人」かをみるそうです。そのような作家は、最後の仕上げまで丁寧だといいます。例えば、作品に花柄を用いている、ある作家のエピソード。その作家は作品の梱包にも、花柄の箱を使っていたそうです。このように作品にまつわる切り口で作家の個性やこだわりが出てくるので、気になった作家やギャラリーとはできるだけ直接お話しするのがよいとのこと。
ちなみに加藤さんは、作品をどのように楽しんでいるのでしょうか? 先ほど紹介した例と同様に、アートが家族間のコミュニケーションのきっかけになり、暮らしを豊かにしているそうです。例えば、家族の集まる部屋の壁。経年劣化が進まないように作品の入れ替えはするそうですが、いつも何か飾ってあるので、子どもにとって作品が近くにあるのが普通になったそうです。すると、真似して粘土で作品を作り始めました。美術館に行っても「こういう作品、家にも飾ってあるよね〜」と、自然に親子の会話ができるそうです。また、実家に帰ったときにも作品を飾ってみたところ、自分がいない間にも母親が手入れをするようになり、他の人に自慢するようになりました。今では母親も、自分で作品を買うようになったそうです。
5 アートを生活に取り入れる
作品購買にまつわる、さまざまなモチベーションをみてきました。個人的に最もしっくりきたのは、作品が家族とのコミュニケーションツールになり、暮らしを豊かにするということ。自分と親、子どもとのつながりをアートが結んでいて、まさにスパイラルの掲げる「生活とアートの融合」といえるでしょう。
アートを買う理由がみえてきたところで、最後に、どうやって好きな作家と出会えばいいのか紹介します。第2回の講座にて、作家のプロデュース等を行なう株式会社studio仕組の河内(かわち)晋平さんがお話してくれました。河内さんは東京藝術大学美術学部工芸科で漆芸を学び、同大学院にて映像研究科を修了しています。職人の技術と現代アートの先端という、両端を見ていた異色の経歴を生かして、工芸とテクノロジーを組み合わせた美術工芸品を手がけたり、若手アーティストのプロデュースなどをしています。
そんな河内さんは、どうやって有望な作家を見つけるのでしょうか? 答えは「卒業制作展や、銀座のギャラリー巡り」だそうです。例えばギャラリー巡りであれば「◯◯さんは展示を2、3個やって、そのあと、作品が美術館に行ったらしい!」といった話題を聞きつけて、価値が上昇中と思われる作家の展覧会を見に行くといいます。
たしかに、卒業制作展やギャラリーのオープニング日であれば、作家と会うことができます。私もギャラリー巡りをしていますが、「好きだな」と思う作品の作者に会えると、それだけで気分が上がります! 作家と話せば素材・技術・コンセプトを直接聞いて、作品への理解を深めることもできます。ギャラリーは無料で入れるので、興味があればギャラリーマップなどを参考に、旅のつもりで回ってみるとよいでしょう。六本木や銀座などのいつもの街が、違って見えます。
河内さんの話に戻ります。河内さんは「文化の理解には三段階ある」といいます。まずは、見たり、触ったりして体感すること。次に、その文化の考え方を言葉で理解すること。最後に、制作現場へ訪れたり、自分の生活に取り入れたりすることで文化に身を浸すこと。ビジネスマンとアート、地域とアートなどの接点の増加により、アートは人々の生活にどんどん近づいているといえます。
あなたも気になる作品を見つけたら、生活に取り入れてはどうでしょうか? 作品は家族間の交流だけでなく、作家やギャラリーとの交友も生みます。そうして見る目や知識を研ぎ澄まして改めて作品を見ることで、アートを見る目が変わっていることに気づくでしょう。今回のレクチャーは、アートと生活の接近現場に立ち会える機会でした。今後のコレクターの増加に注目したいと思います。