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建物もなく展示物もない未来のミュージアム
歌田明弘
 
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奈義町美術館
連載/歌田明弘
 
 昨年、あるミュージアムの企画の仕事を手伝った。そのとき話題になっていたことのひとつは、「領域型展示」だった。英語で言えば、Outdoor Exhibition。展示は、建物の中で行なわれるのがふつうだが、そうした建物型展示に対立するものだという。そういうと、庭園美術館のようなものかと思ったりするが、そうではない。
 東京大学先端科学技術研究センターの廣瀬通孝教授らがウェアラブル・コンピューターやヴァーチャル・リアリティの研究をかさね、それらの技術を使った新しい展示手法として領域型展示を提唱し、2005年に開かれる愛知万博で実際に使うことが検討されている。展示物を収容する建築物に象徴される権威の衣をまとったミュージアム制度から脱却し、戸外や街中に美術を解放していく動きは何十年もまえからあるが、領域型展示は、展示技術の変化にもとづくものだ。
 ヴァーチャル・リアリティは、人間をサイバー空間にすっぽり包みこむ。サイバー空間に入ってしまえば、身の回りの現実空間で何が起きてもわからない。ユビキュタス・コンピューティングの概念を提唱したマーク・ワイザーは、こうした技術は人間を現実空間から隔てるものだと批判した。人工的な空間に人間を放り込むのではなく、もっと自然な形で情報空間を利用すべきだというのがワイザーの主張だった。
 コンピューターをはじめとする装置が小型化し、持ち歩いて、ヴァーチャルな情報空間を出現させることができるようになってきた。その結果、ヴァーチャルな空間と現実空間を融合させる研究がこのところ進んでいる。ウェアラブル・コンピューターとヴァーチャル・リアリティの技術を用いれば、建物の中だけでなく、戸外を歩きまわりながら画像や音声をふくめたデジタル情報に接することができる。建物の領域を超えるだけでなく、サイバー空間と現実空間の壁を超えられる。そういう意味では、領域型展示というのは、脱領域型展示といったほうがふさわしいのかもしれない。
 愛知万博は、周知のとおり、環境保全の問題で激しい議論になった。広大な森を破壊してパビリオンを作ることが、21世紀の万博にふさわしいのかと争われ、計画は大幅に縮小されて、自然が残されることになった。建物のスペースはこれまでの万博に比べればかなり小さくなったわけだが、建物外の空間は広大だ。そうした愛知万博の条件に領域型展示はあっている。ウェアラブル・コンピューターを身につけた来訪者が、森の中を歩きまわりながら、GPSなどによる位置情報にしたがって、自然にオーバーラップさせながらヴァーチュアルな世界を見たり、聞いたり、触わったりすることが考えられている。
 ヴァーチャル・リアリティを批判したマーク・ワイザーは、狩人は、森の中を歩きまわりながらじつに多くの情報を得ている、コンピューター技術でも、森の中を歩く狩人のように、自然に情報に接することができなければならないと言ったが、まさにそうしたことが、技術的に実現できるようになってきた。
 この領域型展示がさらに興味深いのは、われわれが情報を得るときのスタイルが、これまでのコンピューター技術とのつきあい方と大きく変わってくるということだ。それも、新しくなるのではなく、われわれがこれまでしていたやり方、つまり、情報というのは歩きまわり探しまわって必要なところで与えられるのがもっとも自然であり、また記憶にも残るというあたりまえの方法が活きようとしている。これまでは、コンピューター・ディスプレイの箱を見つめて情報を引き出していたわけで、あたりまえのことがかならずしもあたりまえではなかった。
 新しく作られるミュージアムにはかならずといっていいほどおかれるコンピューターの端末が、しばしば展示空間の中で魅力が乏しいように思われるのは、それがミュージアムの空間から切り離された「箱の中」の空間であるからだ。現実空間から切り取られたミュージアムという人工空間に入った来館者は、さらにコンピューターの人工的な空間に入ることを強いられる。来館者は、現実空間から二重に疎外されていることになる。
 大型のディスプレイならば、来訪者を圧倒させることはできるが、それはディスプレイの前にいるときだけだ。目を離した瞬間に消え失せる。
 それに対し、戸外の自然に溶けこんだヴァーチャル空間は、現実――それもコンピューターの人工空間からはもっとも遠いように思える自然そのものを展示空間に変えることができる。
 極端にいえば、こうした装置だけあれば、ミュージアムの建物がなく、さらにはリアルな展示物がなくても「ミュージアム」ができる。といっても何もないわけではなく、現実空間そのものが展示物となりうる。前回までの言い方にしたがえば、ことさらしつらえたフロー情報としての展示物に代わって、ストック情報が大きな意味を持つミュージアムができるというわけだ。

[うただ あきひろ 評論家



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