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美のデジタルアーカイブ〈12〉
専門の情報管理施設を館内に備え、
すべての資料をデジタル化「国立民族学博物館」
影山幸一
 
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連載/歌田明弘
連載/影山幸一

 1年間続いた美のデジタルアーカイブ〈MUSEUMシリーズ〉最後を飾るのは、国立民族学博物館である。「みんぱく」の愛称で親しまれている国立民族学博物館(以下、みんぱく)は、大阪の万国博記念公園の中心部に位置する。新大阪駅から電車で約1時間、岡本太郎作の太陽の塔が目印である。大学共同利用機関として設立された研究博物館であり、世界の諸民族に関する民族衣装や楽器、船や山車などの資料を収集・保存し、一般に公開、民族学(文化人類学)に関する調査・研究を行って、人類についての知識と理解を深めることを目的とした、充実した施設である。1974年創設、1977年11月開館。鉄骨鉄筋コンクリート造、地上4階地下1階、黒川紀章建築・都市設計事務所により、世界各地の石が建材として使われていることも興味深い。

国立民族学博物館外観
▲国立民族学博物館外観
 イラク戦争が始まってしまった。無意識の反戦にならぬよう注意しなければならない。地球上には4,000〜5,000を超える民族がいるといわれているが、民族それぞれに生活があり、歴史があり、価値観がある。自国の文化について、また異なる民族の文化についても関心を寄せて理解を深めていくことは平和につながる行為でもあろうと思う。世界の民族が多様な価値に気づき、ヒトとして平等で平穏な生活ができるよう祈りたい。みんぱくでは、世界各地の民族を学べるように文化の基礎となる“くらし”に焦点を合わせ、衣食住などの生活用品を中心としたユニークな展示を行っている。人間の智恵が生み出した多様なモノを展示で示すだけではなく、情報機器を駆使した映像と音声による情報展示でも、その地域の日常や儀礼など無形なものを現地のままに伝えようとする創意工夫が見られる。例えば、入口に配置されている「みんぱく電子ガイド」は携帯型の展示解説装置で資料を見ながら文字・映像・音声で各人興味ある資料の解説を受けることができる。また、開館当初からある「ビデオテーク」では、メディアがDVDに更新され利用者のリクエストに応じた人々の生活・祭礼などを映像番組として鑑賞ができる。さらに、ものの広場では資料を直接手にとり、装置にかざすと資料の用途や現地での使用風景を画像と音声により説明してくれる「Dr.みんぱく」があり、映像の広場には「16面マルチビジョン」の大画面がみんぱくの研究者たちのフィールドワークを見せてくれる。加えて世界の言葉や日本の方言に関する情報が、文字や言語で得られる「言語表示システム」も設置されていて楽しい。

 みんぱくは1977年に映像情報自動送出装置ビデオテークシステムの開発・公開、1979年にホストコンピュータ(IBM370-138)導入、データベース構築開始など日本国内の博物館でもいち早くデジタルや情報化と関わりをもってきた。副館長の杉田繁治氏(専門:コンピュータ民族学、比較文明学)は京都大学工学部を経て、1976年にみんぱくに就職し、開館時からみんぱくと共に歩んできた方だ。みんぱくの情報化をすべて見てきた人が現場から去ってしまうのは大変残念なことだが、2003年3月28日退官直前のお忙しい中、空になった書庫のある副館長室で取材に応じて頂き、このMUSEUMシリーズの最後を飾れたことに感謝する。みんぱくに情報管理施設があり、マルチメディア開発係や映像音響資料係などの情報専門職が整備されていると考えれば、博物館の理系館員は珍しくはないが、30年ほど前の博物館の情報化ではすべてが初めてで実験のようではなかっただろうか。それとも1970年に開催された万国博覧会が契機となり、機器の開発が飛躍的に進むなど意外に順調な発展だったのだろうか。杉田氏はデジタルアーカイブに際しては、デジタル化するものとしないものを区別せずに、資料すべてをデジタル化する方針であると語っている。それは、ガラクタ的道具類も人類の生活記録の一部として保存されるべきものであるし、何を残し何を捨てるかは現時点の価値観で決定されるものではないとの判断からと言う。この資料(標本、図書、映像、音響など)を選択せず、すべてデジタルアーカイブするというのはみんぱくの大きな特徴であり、世界的にみても類をみない。これからのデジタルアーカイブの指針の一つともなり得る考え方であろう。課題はインターネットを通しての画像データなどデータの一般公開であると言う。情報化を推進しても公開しなければ目的が半減してしまう。Global Digital Museumといった教育用バーチャルMUSEUMをインターネットで展開することを検討中であるが、データ公開のための研究に基づく正確なデータ作成は、膨大な資料ゆえに滞っている様子である。

ビデオテークブース端末 標本画像自動処理装置
▲標本画像自動処理装置
(手前:大型標本資料用 奥:小標本資料用)
▲ビデオテークブース端末

 他方、みんぱくのデジタルアーカイブの構築は1979年から既に始められており、現在も1日50〜100件ほどがデジタル化されている。世界の諸民族の文化や社会に関する情報であるHRAF(Human Relations Area Files)資料、文献図書資料、国内資料調査報告集、映像音響資料、標本資料の所蔵資料があるが、ここでは画像情報に的を絞り標本資料のデジタルアーカイブ状況を報告する。243,771点の標本資料は標本画像自動処理装置によって168,449件が2003年2月1日までにデジタル化されている(総作成データ件数2,519,596件)。この標本画像自動処理装置は、標本サイズに応じて、みんぱく開発の大型標本資料用(1m以下)の富士通製と小標本資料用(40cm以下)のNTT製がある。大型標本資料用の機械は2台のNikon製DXM1200デジタルカメラで正面・側面(正面を撮影後台座を90度回転させる)・斜め30度前後・平面の4カットを2,048×2,048pixelで撮影し、任意の方向からKodak製デジタルカメラ DCS760でも撮影ができる。小標本資料用ではNikon製ハイビジョンカラーカメラHQ-130Cで大型標本資料同様の4方向からの撮影により1,024×1,024 pixelで撮影をする。これにより収蔵している標本資料の85%が撮影できる。また、撮影できない家屋や船などの大型の標本資料は写真からデジタル化を行っている。他に必要に応じてレザー光線で標本を計測する標本資料三次元形状計測装置(NK-EXA NSH-1000C-M 分解能 1.5mm, 3mm)と写真・スライドをKodak製デジタルカメラ DCS460 やNikon製デジタルカメラE2s、スライド・スキャナーからプロフォトCDへデジタル化する写真・スライド用情報システムが設備されている。作業は外部業者が館内の機械装置を使用してデジタル化する場合と写真・スライドなど外部業者へ発注しデジタル化する場合の二通りがある。保存媒体は時間と共に更新されているが、現在はPNG形式の画像をCD-Rに格納して第7棟3階の空調設備のある収蔵庫に保管している。今後はサーバに移行していく予定。情報管理施設の情報システム課マルチメディア開発係・中川隆氏は、保存形式がPNG(Portable Network Graphics format)形式である理由を「可逆圧縮の上、圧縮率が高くネットワーク上で有効なこと、高品質画像にも適しており、透明属性を複数持っている。さらにパテント・フリーであることなど」と電話で答えてくれた。W3Cで作られた国際標準らしく ISO 標準規格としての審議も行なわれているようである(ISO/IEC 15948)。また、ガンマ補正のパラメータを持てるため、色調を厳密に合わせることができるなどPNG形式はメリットが多いが、少し遅い、古いソフトウェアではサポートされていないといったデメリットがある。みんぱくではバックアップを磁気テープ(Ultrium)と一部DVD-RAMに記録している。標本画像の運用はPNG形式からJPEG形式に保存形式を変更してサーバディスク(810GB)に入れ、館内LANのデータベースのみで研究と管理用として活用している。みんぱくのデジタルアーカイブは基本的に館内で行われるというのも、他館にはない特徴であろう。

 世界中の諸民族に関する情報とモノが建築面積17,089平方メートルの広いみんぱくの敷地に収蔵されている。均一ではない大小不揃いの、それも宝物ではない日常品の圧倒的な量の中に囲まれていると、多様な人間の文化を比較して差異を確認すると同時に人類の営みの普遍性を感じてくる。グローバル化が進む中、世界の人々と多様な価値観を共有し、調和していくことが大事であると神聖な気持ちになる。展示空間が現代美術館にあるホワイトキューブではなく、メディアアートの展示に使用されるブラックキューブに似て、壁面・床・天井が黒く、そのうえ高さが約5.5mあることも作用し、みんぱくが無宗教の教会のようにも思えてくる。情報化を先導してきた杉田氏は、ボランティアと来館者の双方理解が進むと、ボランティア解説を通じたヒューマンコミュニケーションに重点を置いているが、情報技術は人間のためのもので人間個人の精神的な豊かさに結実されなければならない。また杉田氏は民族の数がこの地球上に数千もあると初めて耳にしたとき、もうひとつ別の世界ができたようだったと言っていたが、個人の価値観がいかに小さなものか、また世界はいかに広いのか、日本民族の一人として他民族に思いを馳せてみれば心は旅をする。デジタルアーカイブはこれらに貢献できる、現代の人類が生み出した概念と技術である。

■国立民族学博物館デジタルアーカイブデータ(主に標本資料の画像情報システム)
資料数 243,771点(標本)、69,752点(映像・音響)、520,805点(文献・図書)
デジタル化件数 標本168,449件、スライド210,123件、音響13,245件、文献・図書(書誌情報)493,719件
デジタル化方法 標本画像自動処理装置
1.大型標本資料用(1m以下)館開発、富士通製。2台のNikon製DXM1200のデジタルカメラで正面・側面・斜め30度前後・平面の4カットを撮影。任意の方向からKodak製デジタルカメラ DCS760でも撮影。重量も計測可
2.小標本資料用(40cm以下)NTT製。Nikon製ハイビジョンカラーカメラHQ-130Cで大型標本資料同様の4方向を撮影

標本資料三次元形状計測装置(NK-EXA NSH-1000C-M 分解能 1.5mm, 3mm)
写真・スライド用情報システム(写真・スライドをKodak製デジタルカメラ DCS460 やNikon製デジタルカメラE2s、スライド・スキャナーからプロフォトCD)
デジタル作業者 1.外部業者が館内の機械装置を使用してデジタル化
2.写真・スライドなど外部業者へ発注しデジタル化
デジタル化開始年 1979年から現在も進行中
解像度 1,024×1,024 pixel(小標本資料用)、2,048×2,048pixel(大型標本資料用)
保存形式 PNG形式(24bit)
保存媒体 磁気テープ、光ディスク、5インチMOディスクからCD-Rへ。さらにサーバに移行中
バックアップ 磁気テープ(Ultrium)、一部DVD-RAM
保管場所 空調のある収蔵庫

(2003年2月1日現在)


■その他コンピュータ活用データ
みんぱくマルチメディア情報検索:MMIR(Minpaku Multimedia Information Retrieval)。図書文献資料などのデータベースシステムと標本資料などの画像情報システムで作成された各種データベースを有機的に融合して検索を行うもの
データベースシステム:図書文献資料、映像・音響資料などの研究情報・管理情報のデータベース
デオテークシステム: 1977年、みんぱく開発のビデオ・オン・デマンド・システムで、3/4インチカセットテープ、光ディスク(1988年)と媒体を変えて2000年からは番組すべてDVD-RAMに保存、活用されている。世界中の生活・文化の映像を約500番組から選択し鑑賞できる
電子ガイドシステム:1999年公開。みんぱく開発の松下電器産業株式会社製、携帯型展示解説機
マテリアテークシステム(Dr.みんぱく):1997年公開。「モノ(資料)」を装置にかざすとその資料の用途や現地での使用風景を画像と音声により説明してくれる
16面マルチビジョンシステム:利用者のリクエストに応じて映像資料が大画面に表示される
言語展示システム:世界の言葉や日本の方言に関する情報が、利用者のリクエストに応じて文字や言語で表示される
ホームページ:インターネット接続は1993年。ホームページのサービス開始は1995年。図書目録や服装関連雑誌記事、服装関連日本図書の索引、衣服標本画像などが公開されている

■参考文献
『国立民族学博物館展示ガイド』2000.12. 財団法人千里文化財団
『Senri Ethnological Reports No.28 Global Digital Museum(GDM) for Museum Education on the Internet』2002.3. 国立民族学博物館
『文部科学省 大学共同利用機関 要覧2002 国立民族学博物館』2002.6. 国立民族学博物館
杉田繁治「博物館とデジタルアーカイブ」『第30回 年次大会 予稿』p.1-4, 2002.6. 画像電子学会

[かげやま こういち]



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