今回も、前回に続いて、6月に行なわれたソニー・コンピュータ・サイエンス研究所(Sony
CSL)のオープンハウスで公開されたインターフェイスを紹介しよう。
前回は、リモコン装置を使ってパソコン内のデータをつまみあげて移す「ピック・アンド・ドロップ」の技術の最新バージョンや、デジタル世界と現実世界を同一次元であつかうための装置「データデスク」について書いた。今回は、触覚を使ったインターフェイスを中心にとりあげよう。
ディスプレイというのは、いうまでもなく視覚的インターフェイスだが、コンピュータ・サイエンス研究所のインタラクション・ラボに入ると、凹凸も再現できるディスプレイがまず目に飛びこんできた。仕組みは比較的簡単で、上下に動く棒状のアクチュエーターをつけ、それを操作して形を表わしている。こうしたディスプレイが製品化されれば、家庭や仕事場で三次元立体を表示したり、ネットを介して相手に送ることができるだろう。タッチスクリーンというのはすでにあるが、スクリーンでモノの形が感知できるわけではない。そうしたことができれば、三次元の表現媒体になるばかりでなく、三次元情報の入力媒体にもなる。たとえば、スクリーンに手を押しつければコンピューターに手の形や指紋の情報を送りこむことができる。こうした技術は認証にも役に立つ。ネットでショッピングや有料コンテンツの閲覧などことあるごとにパスワードを要求されて悩まされることもなくなるかもしれない。
「タッチエンジン」と名づけられた技術もスクリーンで触感を再現していた。スクリーンをペンでなぞると、背景に応じた力感がフィードバックされる。たとえば、線の上を横切るときにはごりっとまたぐ感じがし、ひびの入ったタイルの上にペンを走らせると亀裂を感じるといった具合である。また、タッチスクリーンの画面上のボタンを押すと、ぱちっと実際に押した感覚や音がする。タッチスクリーンではクリックした感触がないが、これならはっきりわかる。この技術はディスプレイを振動させることで力感を再現しているのだというが、使ってみてもとてもそうとはわからないリアルさだった。
「グミ」と名づけられた装置は湾曲するハンドヘルドのパソコンで、端末を曲げ伸ばししてスクロールしたり、ページを送ったりズームアップができる。「ゴムのようなパソコン」というわけだが、地図の拡大などではクリックよりもっと直感的に操作できる。
接触を感じとるスクリーンを使ったゲーム仕立てのデモもあった。落ちてくるスクリーン上のボールを海岸などでやる砂とりゲームのように両手でかき集める。ボールの映像は手にあたると跳ね返る。現実空間にある手とバーチャルなボールが相互作用を起こしているわけだ。スクリーンにグリッド状のセンサーがあって、手の動きを感知しているのだそうだが、現実空間とデジタル空間がひとつながりになった世界が実感される。スクリーンを「感じとれる表皮」にするこの技術は「スマートスキン」と名づけられていた。
また意表を突かれて興味深かったのは、超小型のキーボード入力装置である。小石のようなその端末からはぽつぽついくつも点が突き出ており、その点がキーの役割を果たすのだが、ただの点なのでどのキーが何の文字かわからない。片手でその装置を握って、親指の腹で点から点へなぞっていく。すると、そのとき触れているキーのアルファベットがスクリーン上に大きく映し出される。該当したところでプッシュして入力する。使ってみるとそれでけっこう簡単に入力できる。小石のようなデバイスも手にすっぽり入って持ちやすい。画面を見つめて親指をスライスさせまったくのブラインド・タッチで親指入力するわけだが、携帯機器の入力はこんな形でもいいのだということを思い知らされる。
認証に役立つ装置としては、腕時計型のデバイスも作られていた。認証のシステムがこの装置に組みこまれ、コンピュータなどの機械に触れると身体を通って信号が送られ、誰が触ったかが見分けられる。また、名刺を渡さずとも握手をしただけでお互いの情報を腕時計型端末に送りあって自己紹介できる。さらに、お金の決済をこの装置でやってしまうことも考えられる。
体内電流を使ったこうした腕時計型端末は実用的な用途がはっきり見てとれるが、もっと遊び感覚のあるものもあった。壁スクリーンに「木」と書いて変換キーを押すと、木のイラストになる。クリックしていくと、何種類もの木のイラストが出てくる。文字を○で囲むとそれがイラストの大きさを示すことになるそうで、大きくも小さくもできる。
これはグラフィックな装置だが、音楽で遊ぶ装置もあった。ブロック状のデバイス「ブロックジャム」はつなぎ方によって音楽が変わる。音楽について特別の知識がなくても自由に曲を変えられる。
からだの中を流れる電流を使った研究は、パリにあるCSLのラボラトリーでもやっているようだ。CSLパリの研究員・田中能氏は音楽家とのことで、筋肉のなかを走る電流・筋電を使って音楽を演奏するパフォーマンスをやった。筋電や呼吸、体温、皮膚電位、心拍数を使って音楽を操作する試みはマサチューセッツ工科大学のメディアラボでもかつて行なわれていたが、身体と一体になって音楽をもっと直接的に操りたいというのは人間の本能のようなものだから、こうした試みは今後もいろいろな人がやるだろう。田中能氏はまた、シンポジウムで「音楽のピック・アンド・ドロップ」のデモ・ビデオも紹介していた。「ピック・アンド・ドロップ」はひとつのコンピュータからデジタル情報をつまみあげ別のコンピュータに移動させる技術だが、音楽についても目のまえのプレイヤーからつまみあげ、移動した先で「放して」続きが聴ければたしかに楽しいし、会った人と「つまみあげた音楽」を交換したりするのもおもしろいだろう。
インターフェイスの研究は、このように便利になったり生活が楽しくなったりすることを目指す一方で、現実世界とデジタル空間をかつてなかった形でつなぐ。それによってわれわれの機械との関係を変え、さらにわれわれの感覚器官の不思議さを感じとらせてくれる。アートとテクノロジーの境界にあるフィールドで、芸術に関心を持つ人々も注目していい分野である。
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