ドイツ語の「verkitschen(低俗化する)」を語源とする、低俗なもの、悪質なものといった意味で用いられる語。有名な紹介文献としてはG・ドルフレスの『趣味の変化』(1958)などが挙げられるが、日本でも、「キッチュ」を「悪趣味」に譬えた石子順造の解釈が一時期よく人口に膾炙していた。美術用語としての「キッチュ」は、批評家C・グリンバーグが有名な論文「アヴァンギャルドとキッチュ」(1939)において、「キッチュ」を「アヴァンギャルド(前衛)」に対する「後衛」と位置付けて以降幅広く用いられるようになり、一般にモダニズムの芸術観では低級芸術や大衆文化に相当する、「グッド・デザイン」などの対義語にあたるものと考えられている。だが、ハイカルチャーとサブカルチャーの関係が流動化する今日、「キッチュ」のあり方も変質を余儀なくされており一般に俗悪と思われている事象を積極的に作品に導入した、「ポップ・アート」やポストモダニズムの実験において、「キッチュ」の果たした重要な役割を無視することはできない。
なお、雑誌『ユリイカ 特集=悪趣味大全』(青土社、1995)は、多角的に「キッチュ」を検証する資料や論文を網羅した好企画。
(暮沢剛巳)
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