実体を欠き、外観のみを有する「模像」。J・ボードリヤールによって有名になった。彼によると、消費資本主義社会において、流通する諸記号はオリジナルとそのコピーというプラトン主義的な対概念から解き放たれ、シミュラクルとして加速しつつ循環するようになる。この論理は生産から消費へという、より広いコンテクストの下で展開され、シミュレーションにおける現実が主題化されていた。美術においては、1980年代におけるポップ・アートの捉え直しにおいて、J・クーンズなどの作品がまさにこうした問題圏を共有していたため、ときにシミュレーショニズムと呼ばれる。しかし、一般には単なるコピーと混同され、「オリジナルが欠落していること」のもつ問題性が軽視されているきらいがある。シミュラクルが失墜させるのはオリジナルそのものというよりは、むしろオリジナルなものとのつながりが保証されていた理想的なコピーの真正性である。貨幣をめぐる現代の諸問題に典型的に現われているように、さまざまなコピーどうしの識別基準が失われる可能性が問われているのであり、このことは「芸術」という語のもつ「信用」の問い直しを促しているのである。
(石岡良治)
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