1986年、富山県立近代美術館にて開催された「86富山の美術」展に端を発する事件。同展の出品作家大浦信行の版画連作「遠近を抱えて」をめぐる事件であることから「大浦コラージュ事件」とも呼ばれる。同展は平穏無事に終了したが、会期終了後しばらくして、県議会で美術館の大浦作品購入に対する不満の声が挙がった。この横槍は、大浦作品が昭和天皇の肖像をコラージュに用いていたことに起因し、美術館側は結局議会の圧力に屈したかたちで作品の公開を中止、さらに1993年には作品の売却(買い手は非公表)と展覧会カタログの消却にまで発展、この事態に憤慨した大浦とその支援者は「表現の自由」「鑑賞する権利」を主張して県と美術館を相手取り訴訟へと及んだ。富山地裁にて下された第一審判決は、「表現の自由」を侵されたとする原告の主張を退ける一方で、被告にも支援者の「鑑賞する権利」を侵害した責任を問う判断を下したが、金沢高裁での第二審ではこの判断が取り消され、最高裁でも上告が棄却、大浦側の敗訴が確定した。天皇制をめぐる表現の是非や、美術館行政の在り方、あるいは社会的諸制度の中に埋没してしまった作品解釈など、さまざまな問題を提起した事件だが、美術ジャーナリズムでこの事件が本格的に検証されたことはほとんどなく、日本社会一般における天皇制問題のタブーがこの事件にもそのまま投影されているとも言える。なお、この事件の経緯は記録集『富山県立近代美術館・全記録』(桂書房、2001)に詳しい。
(暮沢剛巳)
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