このレクチャーシリーズも今年で4年目ということでかなり定着してきたとみえて、今回も200人近いお客さんでにぎわってました。
さて、ヤノベさんです。レクチャーでは、92年の「妄想砦のヤノベケンジ」(水戸芸術館)から現在開催中の「メガロマニア」(国立国際美術館)までの作品・プロジェクトをいろんな映像を使って紹介してました。映像の中に出てくるヤノベケンジの饒舌さと実際に演台で訥々としゃべるヤノベさんとのアンバランスが微妙におもしろかったのですが、それはともかく、話の中で興味深かったのは彼にとっての原風景としての大阪万博というくだりでした。万博、といっても1970年の夢のお祭りそのものではなく、それが終わってから、たまたま近くに引っ越してきたヤノベさんが友達と遊び回っていたところの広大な跡地・廃虚としての万博。自分の想像力はその辺りに根っこがあるという、お話でした。終わったところから始まる物語。「妄想砦」や「アトム・スーツ」はその廃虚をどう生き抜くかという「サバイバル」の話だったし、その後チェルノブイリを訪れて、終わったところで実際に生きている人たちに接してからの作品では、廃虚からの再生、「リバイバル」がテーマになっている、というわけです。
再生、というと明るいことばに聞こえますが、ホントのところどうなんでしょう、どこかで諦めとか絶望とかそういうものがないと再生ということにはならないんじゃないかと、思います。サバイバルには希望が必要ですが、リバイバルはサバイバルさえ終わったところから始まるでしょう。ヤノベさんが「再生」に向かったのが、チェルノブイリへの旅が直接的なきっかけなのか、年齢的なものなのか、個人的な契機があったのかは分かりませんが、とにかく、サバイバルはするものではなくてしてしまうもので、そういった「現実」は個人の意志を超えている、で一方、私たちは現実にはサバイバルしているのだから、そこが廃虚であれ、再生の種子を拾おう、というかそれしかない、といった諦観した希望、を「リバイバル」というテーマから感じました。
その他にも、万博開催中に太陽の搭の目玉のところに立てこもるという事件を起こした通称「目玉男」に会いたくて北海道まででかけたヤノベさんが、奇跡的(本当です)にも探し当ててインタビューをした衝撃映像とか、その目玉男にちなんで、アトムスーツを着けたヤノベケンジが太陽の搭内部に潜入し(ちなみに、搭内部の「生命の樹」は、前回紹介した「ヒーローズ」展出品の成田亨さんがデザインしたもので、その「今の」姿が映像で見られたのはかなり感激)、目玉のところまで到達する(危ない)衝撃のリバイバル兼サバイバル映像とか、盛りだくさんの楽しいレクチャーでした。
MIMOCAでは、9月7日まで「草間彌生展 Labyrinth−迷宮の彼方に」をやってます。こちらもおすすめ。なにせ、現代アートを積極的に紹介する公共施設が少なくなって、というか全体的に機能低下を起こしているので、ぜひこれからもおもしろい企画を続けていって欲しいです。
ところで、全然別の話なんですけど、博物館のデータベースシステムのことで取材に来たある全国紙の若い記者、話をしているうちに、「ハード」「ソフト」ということばの意味を知らないということが分かり、私、もう本当に驚いてしまいました。それって特殊な専門用語だったんですねえ(違う)。すでにそういう時代になってたんです(違う、と思う)。
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