Foreplay/コールハースの原点「エクソダス」

今回から、本の具体的な内容を見ていきましょう。
前回『S,M,L,XL』は「小さなものから大きなものへ」という構成をもつ、と述べましたが、より正確には「Foreplay」「Small」 「Large」「Medium」「Large」「Extra Large」「P.S.」という、7つの部分に分かれています。序章である「Foreplay」には、コールハースの出発点ともいえるプロジェクトが2つ収められています。1つ目は彼の卒業設計である「エクソダス」。2つ目は『錯乱のニューヨーク』から抜粋されたテクストです。今回は、この「エクソダス」 に注目します。

「エクソダス、あるいは建築の自発的囚人」(“Exodus, or the Voluntary Prisoners of Architecture”, 1972)は、OMAの共同設立者であるエリア・ゼンゲリスらと共に設計されました。イタリアの有名建築雑誌『カサベラ』が主催するコンペの応募作であり、その後AAスクールにおけるコールハース のファイナル・プロジェクト、いわば卒業設計として提出されました。その一連のドローイングはMoMAに収められており、ウェブサイトで作品を見ることが出来ます。http://www.moma.org/collection/artist.php?artist_id=6956

『S,M,L,XL』p.10-11

「エクソダス」、帯状の建築(『S,M,L,XL』p.10-11)

ロンドンの中心部を貫く、2つの壁に囲われた帯状の建築。帯はいくつかの正方形の広場に分割され「儀式の広場」、「四要素の広場」、「浴場」などと名付けられます。ひとつひとつに細かな設定がされていますが、ここでは詳しくは述べません。全体に共通するのは、人工的に作り上げられた快楽的・幻惑的な体験です。「エクソダス」は、ロンドンを逃れて壁の内側に自発的に囚われていく人々の物語であり、壁に束縛された中での逆説的な自由を突きつけた問題作として、建築界を驚かせました。

「エクソダス」には様々な解釈が可能ですが、ここでは「大都市(metropolis)」との関係に注目したいと思います。「エクソダス」の建築における快楽と幻惑は、大都市的体験の抽象化なのです。

『S,M,L,XL』p.6

「エクソダス」、摩天楼のドローイング(『S,M,L,XL』p.6)

壁の向う側に建ち並ぶ「無数の」エンパイア・ステート・ビルは、そこが大都市であることを象徴しています。また、「浴場」のドローイングは都市における群衆の匿名性を感じさせます。『S,M,L,XL』には収められていませんが、「エクソダス」のドローイングの1枚にはフリッツ・ラングの映画『メトロポリス』(1927)からの引用があることも示唆的です。そして何より決定的なのは、「エクソダス」が大都市の幻惑的な美学を描いた、ボードレールの詩「パリの夢」の引用によって締めくくられることでしょう。「…階段と拱廊を積み上げたバベルの塔とも見えるのは、/ 無限に広い宮殿だった、/ 瀦水や飛泉が無性にあって、/ とりどりの艶見せる金盤に落下した。…」(訳は『悪の華』堀口大學訳を参照した)

OMA(Office for Metropolitan Architecture = 大都市的建築のためのオフィス)という事務所の名前が表す通り、大都市的体験はコールハースのハードコアというべき部分です。それは、処女作である「エクソダス」において、すでにはっきりと現れています。

ところで、「エクソダス」を語る上で、もうひとつ忘れてはならない要素があります。それはベルリンの壁です。コー ルハースは1971年にベルリンを訪れ、『建築としてのベルリンの壁』というリサーチを行いました。『S,M,L,XL』の「Medium」の章で、このリサーチに関するテクストがありますので、ベルリンの壁と「エクソダス」の関係についてはそこで触れたいと思います。

次回は、「Small」の章に入ります。それでは、また。

ブロガー:岩元真明
2011年6月21日 / 01:16

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