前回、前々回と『S,M,L,XL』の「M」の章を代表するテクストを読みました。今回は少し肩の力を抜いて、「M」のその他のコンテンツを概観したいと思います。
ページをパラパラめくっているとまず目に付くのがアメコミ風の漫画です。ここでは、アムステルダムの複合施設ビザンティウム(Byzantium, 1991)のコンペ時における、コールハースとディベロッパーの葛藤がおもしろおかしく(?)描かれています。実現したプロジェクトですが、図面や写真は一切掲載されていません。
その他実現したプロジェクトでは、ハーグのダンス・シアター(Netherlands Dance Theater, 1987)、ロッテルダムの美術館クンストハルとミュージアム・パーク(Kunsthal II, 1992、Museum Park, 1994)が「M」に収められています。
クンストハルには以前一度訪れたことがあります。都市の街路と連続する、スロープを用いた一続きの空間がおもしろい建築です。このような一続きの動線をコールハースは「トラジェクトリー」と呼びますが、この手法は以後も繰り返し現れ、本書の末尾を飾るジュシュー図書館コンペ案で頂点に達します。クンストハルの前庭であるミュージアム・パークはランドスケープ・デザイナーの故イヴ・ブルニエとの協働によるもので、竣工写真ではなく色彩が美しいドローイング(写真への着彩)で表現されています。このように、『S,M,L,XL』では竣工プロジェクトも様々な方法で表現されており、ページをめくる楽しさがあります。
このほか、詳しく触れることができませんでしたが「M」の章には「ファイナル・プッシュ」(Final Push)と「グローバリゼーション」(Globalization, 1993)という2つの興味深いテクストがあります。
前者はオランダ議会増築コンペのOMA応募案(Estension of the Dutch Parliament, 1978)に関するテクストで、1970年代に流行したコンテクスチャリズム、ラショナリズムの歴史認識を近代化を否認するものとして退け、またオランダ構造主義の方法論をプログラムに関わらず同質の建築を生むものとして批判しています。コールハースの攻撃性を垣間見せるとともに、1985年のミラノ・トリエンナーレでの展示から近年の保存(preservation)の理論まで一貫するコールハースの歴史認識を示すテクストです。
後者では、グローバリゼーションが建築にもたらす影響について考察されています。コールハースはグローバリゼーションを地理的に生じる文化的差異の混交(あるいは衝突)と捉え、ほとんどの建築家がグローバリゼーションの中で「1つの商品」に回収されていくのに対して、OMAは差異のエキスパートを目指すことを宣言します。
ところで、前回の「基準プラン」に関するエントリーに関して、I氏より以下のような興味深い質問をいただきました。
「SとM、MとL、LとXLを、コールハースは何で分けているのか」
これは重要な問題です。基本的に、『S,M,L,XL』ではサイズに従ってコンテンツが並べられていますが、何㎡以上の面積はプロジェクトはM、何m以上の高さのプロジェクトはL、といったように境界を具体的に示すことはできません。それどころか、「M」に掲載されたモルガン銀行コンペ案(1,350㎡)よりも「S」に掲載された集合住宅であるネクサス福岡(3,315㎡)の方が大きい、というケースもあります。
この事実から、本書におけるS、M、L、XLは単なる物理的な大小だけではなく、概念によっても切り分けられていると考えられます。そして、SとMを切り分ける概念の一つが、前回のテーマである基準プランと没個性の美学ではないかと思います。大量の反復を前提とする没個性の美学はMから現れる建築の特性であり、裏を返せば、Sはいまだ個性の美学が通用するパラダイムと言えるのではないでしょうか。
物理的サイズの大小とS、Mの分類が逆転している先の事例をもう一度見てみましょう。モルガン銀行はまさに基準プランの概念の応用でした。小さいながらも、そこには基準プランの反復と没個性の美学が刻印されています。
ネクサス福岡の敷地ではコールハースの他にも、多くの国際的建築家が集合住宅を建てています。他の建築家がフロアを積み重ねる方法を用いているのに対し、一人コールハースのみが各住戸をトリプレット(3階建)として平面的に展開しているのは象徴的です。ネクサス福岡はフロアの反復を避けることでSにとどまったと言えるのではないでしょうか。
それでは、MとLを切り分ける概念は何でしょうか。それは、「L」の冒頭のテクストである「ビッグネス」において示されます。次回は、この「ビッグネス」を読んでいきたいと思います。