前回に引き続いて「Medium」の章。今回は「基準プラン(Typical Plan, 1993)」を取り上げたいと思います。
「基準プラン」は、20世紀アメリカの高層オフィスビルに関するコールハースの考察であり、OMAによるモルガン銀行コンペ案(Morgan Bank, 1985, 実現せず)を解説するテクストです。文章を読む前に、まずはモルガン銀行の図面を見てみましょう。
長方形を組み合わせた単純な平面。単調に並ぶ柱。合理的に配置されたエレベーターと階段のコア。一見すると、OMAの作品とは思えないほど没個性的な建築です。この設計案にこめられた意図は何なのでしょうか。
一般的に、高層ビルの代表的な階は「基準階(=Typical Floor)」と呼ばれ、その平面図は「基準階プラン(=Typical Floor Plan)」と呼ばれます。「基準プラン(=Typical Plan)」という言葉は、基準階プランから「階(=Floor)」を抜き取ってつくられた造語=概念と言えます。
コールハースは高層のオフィスビルを「人を収容する」という機能しか持たないきわめて抽象的な存在として捉え、その結果として「基準プラン」が生み出された、と考えました。この基準プランの概念は、1902年〜1970年のNYのオフィスビルの平面図によって表現されます。図面から間仕切りや家具を消去することで浮かび上がる「からっぽの長方形」として基準プランは定義づけられ、直交座標に従って整然と並ぶコアと最小限の柱が基準プランの基本要素として挙げられます。
それでは、基準プランは何を意味しているのでしょうか。コールハースの考えは冒頭の一節に集約されています。
「基準プランはアメリカの発明だ。それは零度の建築、個性や特性をすべて剥ぎ取られた建築だ。それは新世界New Worldに属している。」(『S,M,L,XL』p.335)
この「新世界」とは、近代化によってもたらされた世界と解釈できると思います。対する「旧世界」の建築とは、整形や規格を嫌って独自性に執着する「非」基準プラン(atypical plan)です。基準プランを新世界の建築=近代化の正統と認めることによって、コールハースは差異を競い合う多くの近現代建築もまた「旧世界」の産物である、と批判しているのです。
「基準平面は反復を暗示する。それは第nの平面だ。基準(typical)であるためには、大量でなければならない。」(『S,M,L,XL』p.342)
一見すると退屈なオフィスビルの平面に新しい価値を見いだすコールハースの姿勢は、ヴァルター・ベンヤミンの複製技術論に通底するように思います。ベンヤミンが写真や映画などの大量生産される複製品にアウラなき近代の美学を見いだしたのと同様に、コールハースは基準プランの反復に没個性の美学とでも言うべきものを見いだしたのです。
「没個性」こそが近代化がもたらす建築の「特性」であるという逆説的な発見は、「L」章において「ヴォイドの戦略」という建築手法に応用され、「XL」章の最後のテクストである「ジェネリック・シティ」において都市論へと展開されます。『S,M,L,XL』では、スケールの変化とともに建築に展開してくる新たな次元が描かれています。それゆえ、小さいスケールで見いだされた発見は大きいスケールでの前提となります。没個性の美学はその好例と言えるでしょう。
ところで、いま私が翻訳している本の中で、建築史家ロベルト・ガルジャーニは「基準平面」は『錯乱のニューヨーク』のもう一つの章である、と述べています。『錯乱のニューヨーク』ではビジネスに特化したオフィスビルはほとんど取り上げられていません。「基準平面」はこの不足を補完し、『錯乱のニューヨーク』と『S,M,L,XL』を架橋する、きわめて重要なテクストだと言えます。モルガン銀行コンペ案で試みられた、あえて没個性を選択するという手法は近年のOMAのプロジェクトにも見られ、アイコン建築の乱立を批判したドバイ・ルネサンス・ホテルのコンペ案(2006年, 実現せず)がその代表格です。基準平面という概念に対するコールハースの一貫性を感じさせます。
今回は少し長くなってしまいました。次回は、「Medium」のその他のコンテンツを流し読みしたいと思います。