「芸術社会学」の行方

本来は初回から公共の問題について考えてみようと思っていたのですが、先週何となく関連して気になったテーマがあったので今日はそちらについて感じていることを。 というのは、最近1980年代生まれ前後の研究者のなかで「芸術社会学」という専門を使う方が増えて来たということです。そのうちの数名は個人的に存じ上げていてそれぞれ優秀な方なんですが、僕はまだ「芸術社会学」という呼称の有効性が見えていません。

僕は同世代の社会学徒としては、最も日本のアートシーンの中で生きてきた一人だと思うのですが、未だ「芸術社会学」という呼称には憚りがあります。確かに「芸術社会学」という呼称の響きは魅力的だし、少なくとも近代以降の社会の構成要素として(寧ろその成立とともに)芸術は常に存在してきたにも関わらず、社会学の対象として論じられることは稀だったことに自省の念はあります。ただし、いかなる文脈の上に「芸術社会学」なるものは位置づけられるのでしょうか。

恐らく芸術はおろか、「文化」が社会学の対象として違和感がなくなったのもさほど古いことではないと思います。日本における「文化の社会学」(それは厳密に言えば「文化社会学」の含意とは異なると個人的には思っていますが)に先鞭をつけた見田宗介さんや井上俊さんなどは、それなりの蛮勇をふるって「文化」へと足を踏み入れられたのだと僕は思っているし、逆に先行する研究のおかげで、僕も広い意味での社会学の領域において文化や芸術と向き合う幸せを享受しているのだと思っています。だからこそ、僕よりも若い世代が「芸術の社会学」と名乗ることになんの負い目も感じないような仕事が出来ていると確信できたとき、ひょっとしたら「芸術社会学」という呼称を使うことになるかもしれません。

呼称面だけではなくて僕がもう一つひっかかりを感じているのは、新しく「芸術社会学」を名乗り出した方々のアプローチについてです。僕もきちっと彼らの業績を精読してはいないので誤解はあり得ると思います。ただ、芸術を社会との関係性において考えていくことだけをもって「芸術社会学」として概念化するのであれば、その呼称は使わないで欲しい。「芸術社会批評」で十分です。個人的には僕は「芸術社会学」は、芸術に特化した社会学ではないと思っています。福祉、教育、家族、文化といった既に存在している社会学‐「社会」を見やすくするための幾つかの補助線‐が複雑に編みこまれたマトリックスのなかに芸術が位置づけられる、つまり「芸術」という対象を抜いても他分野の社会学との会話が担保できるような枠組みでなければ、必要ないと思います。むしろ、既存の社会学の枠組みのなかで芸術と向き合い、ジレンマを感じている若い社会学者たちに失礼だと思うことすらあります。そして、この枠組みのなかに当然「公共性」の問題も含まれうるでしょう。芸術における「公共性」の同定は、むしろ社会全体の「公共性」について考えることから始めた方がいいのではないでしょうか?

最後にこのポストは、ある特定の研究者の批判を目的に書いたものではありません。「芸術社会学」は不可能ではないと思います。でも、現在「芸術社会学」なるものの魅力に抗いがたいからこそ、安易に使って欲しい呼称ではないのです。むしろ、このような書き方をすることで、いかなる形で「芸術社会学」を構想していくことが可能なのかを、同時代を分かつ研究者とともに真摯に考えていくきっかけを持てたらと願っているのです。

ブロガー:光岡寿郎
2010年5月4日 / 10:19

2件のコメント

  1. 「社会学」とは、そもそも社会現象の「関係性」を問う学問なのでは。
    芸術と社会との関係性を問うだけでは「芸術社会学」足りえないというのは、言わんとすることは分かりますが、やや拙速な印象です。

    またディシプリンを主張することも大切ですが、いっぽうでそれらで雁字搦めになって前に進めなくなった(殊、日本の)人文系学問領域のことも考えてみては。有能な若手の学生の方なので、特に考えて頂きたい点です。

    なお、「芸術社会学」に関しては(確かに社会学領域ではマイナーですが)既にここ数十年のあいだに各国で多数著作が出ています。すでにご覧になったかもしれませんが、また再読してみてはいかがでしょうか。

    コメント by Ito — 2010年9月26日 @ 06:35

  2. Itoさまコメント頂きありがとうございました。久し振りに少し必要があってこのブログを読み直していたら、コメントを頂いていたことに気付きました。

    >「社会学」とは、そもそも社会現象の「関係性」を問う学問なのでは。
    この点に関しては僕も総論としては異存がありません。ちなみにここでの僕の主眼は、「芸術社会学」という呼称を使わないことへのコミットなので、ディシプリンを主張しているという自意識はあまりありませんでした。そもそも、僕は自分の仕事が社会学なのか、芸術社会学なのかにはあまり関心がありませんし。それは、基本的には読者が決めてくれればいいと思っています。

    「芸術社会学」関係の文献に関しては仰る通りだと思います。日本語で読めるものであればジャネット・ウルフもありますし、論文レベルでは谷川渥さんも同題のものを書かれています。また、社会学でもブルデューではなく、Howard BeckerのArt Worldsももはや古典ですしね。時間の許す限り文献にも当たりたいと思っています。

    Itoさまは目上の研究者の方かと推察しますが、何よりこのような小さなブログに温かいコメントを頂いたことを感謝しています。有能どころか、非才も非才の学生ですが、コツコツと自分のできることを今後も進めていきたいと考えています。ありがとうございました。

    コメント by toshiromitsuoka — 2011年7月12日 @ 12:28

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