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絵画を支えるもの──画中空間、現実空間(国立西洋美術館「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」展レビュー)

天内大樹(美学芸術学/建築思想史)

2011年05月15日号

豊富な出展作品を支えるもの

 本展はレンブラント(1606-69)のキアロスクーロ(明暗法)を絵画と版画を往還しながら辿る趣旨である。セクションは4つあり、第1に当時から「黒い版画」と呼ばれ人気を得たレンブラントと同時代の版画群の概観、第2に「淡い色の紙」あるいは「中国紙」「インド紙」と呼ばれレンブラントに好まれた和紙と西洋紙など紙質の比較、第3に一貫したキアロスクーロへの関心を示す、各年代の版画・絵画群、第4に《3本の十字架》(1653)《エッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)》(1655)の2作品におけるステート(版への加筆)ごとの変化をテーマとしている。
 展覧会で版画を見る際は、描線の細密さ、国際基準や慣例に則った暗めの展示照度(節電などとは無関係)、観客の多さなどから展示品に接近しがちだが、本展ではぜひ数歩離れたところから、隣接して掲げられた版画と比較したい。中には離れた2箇所に展示された同じ版画もあるので、間違い探しや「神経衰弱」ゲームのような楽しみ方も可能である。言い換えれば、同じ版でも紙が異なるといかに線が異なるか、またレンブラント自身が同じ版でもステートごとにいかに作品を変形させたかを比べられる。それほど多くの点数がアムステルダム・レンブラントハイスのコレクションを中心に並んだことは、企画者幸福輝氏ほかのご尽力を示す本展の特徴である。
 同館は、レンブラントが生涯の絶頂期に一家で住んだ家に1911年開館し、改装を繰り返し98年、建物を当時の姿に復元した。キッコーマン株式会社が当面2017年まで続ける予定の寄付も、この復元に与っている。この建物は同館の開館まで複数住戸に分けられ、歴史的経緯がなければ残らない可能性もあった。親密な雰囲気でレンブラントのエッチング作品を観覧できるという、絵画と絵画体験にとっての「支持体」の特質に、和紙と西洋紙という版画の支持体の効果とともに思いを馳せたい。

明暗の操作による空間構成

 レンブラントについては、売れないはずの自画像を晩年の困窮期まで繰り返し描いたこと、キアロスクーロの追求のあまり、肖像画クライアントの要望に反し画面中の顔を不鮮明にしがちだったことなど、しばしば主題が注目される。宗教的な画題も多いが、カトリック政策を強めたハプスブルク・スペインからの独立戦争を経て、国教を定めなかったオランダの宗教事情は、レンブラント自身を含め比較的複雑で、学界の解釈も一定ではない。


3──レンブラント・ファン・レイン(1606-69)《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》
第2ステート、1648年頃、国立西洋美術館

 技法に眼を移すと、レンブラントのキアロスクーロが単に明暗対比を劇的に強調するだけではない点に注目したい。色彩を限定し、光源を人為的に操作して反射光の効果に集中した探求で、夜や室内、崖や洞窟など有限の視程を設定したなかに、統一的に事物を配置した画中空間を彼は得た。実際の空間での配置を予め考慮できたため、部屋の扉を開けた瞬間に振り返る人物たちの表情が画面外の空間と観者を巻き込んだ《アムステルダム布地組合の理事たち》(1662、現在はアムステルダム国立美術館所蔵、本展出展なし)は、キアロスクーロが弱い点でかえってこの探求の極致といえよう。この画家がモノクローム版画に傾倒したのも、描線の向きや密度に限定されたエッチングの操作を通じて、画面を構成する探求の魅力ゆえではないか。大型ゆえの高額取引が「百グルデン版画」との渾名を与えた《病人たちを癒すキリスト》(c.1648)も、版画・絵画共通のアプローチを示す。


4──レンブラント・ファン・レイン(1606-69)《エッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)》
第1ステート、1655年、大英博物館/©The Trustees of the British Museum


5──レンブラント・ファン・レイン(1606-69)《三本の十字架》
第3ステート、1653年、大英博物館/©The Trustees of the British Museum

 近年のレンブラント研究としては、レンブラント・リサーチ・プロジェクトが進める真贋鑑定に対し、厳格“すぎる”判定や、工房制作に近代的「芸術家」像を当てはめる見解などを問う議論がまず挙げられる。神経科学者のリヴィングストンが、自画像群の解析からレンブラントが立体視に困難を抱えていたと結論したのも2004年である。また尾崎彰宏『レンブラントのコレクション──自己成型への挑戦』(三元社、2004)は、美術、東西両洋の工芸、武具、鉱物や生涯唯一の静物版画の画題となった《貝殻》(1650)まで広く蒐集した彼の行為に、自画像と同じ自己言及の契機を見出している。空間配置によって全体が統一された独特のキアロスクーロの画面と、百科全書的コレクションとの関連は興味深い。貴田庄『レンブラントと和紙』(八坂書房、2005)は和紙への視点から本展と趣旨を重ねる。
 より大きな射程では、歴史家サイモン・シャーマの大著『レンブラントの目』(河出書房新社、2009)が、レンブラントのルーベンス(1577-1640)への対抗意識に記述を割きつつ当時のオランダを描き出す。反古典主義に列せられがちなレンブラントとイタリア・ルネサンスとの関係はケネス・クラーク『レンブラントとイタリア・ルネサンス』が、先行した汎神論的世界観とはエリック・ラルセン『風景画家レンブラント──新しいヴィジョン』(どちらも法政大学出版局、1992)が、同時代ユダヤ人との伝記上の関係はスティーヴン・ナドラー『レンブラントのユダヤ人──物語・形象・魂』(人文書館、2008)が記している。
 小企画「奇想の自然──レンブラント以前の北方版画」もあるが、常設ゾーンでは光と闇を見つめた眼をそのまま、採光のドラマを求めたル・コルビュジエの建物にも向けてほしい。会期は6月12日まで、6月25日から9月4日まで名古屋市美術館へ巡回する予定。

レンブラント 光の探求/闇の誘惑

会場:国立西洋美術館
東京都台東区上野公園7-7/Tel. 03-3828-5131
会期: 2011年3月12日(土)〜6月12日(日)

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