フォーカス

アニッシュ・カプーア「レヴァイアサン」展

太田佳代子

2011年07月01日号

 グラン・パレで行なわれたアニッシュ・カプーアの新作は圧倒的なヒットとなった。あの巨大な歴史空間が、彫刻家の手によってどうはたき込まれ、どう神話が沸き上がるのか──炎天下にもかかわらず、期待に胸を膨らませた人々が、連日長蛇の列をなした。

赤い宇宙

 黒い回転ドアをくぐったとたん闇に呑まれ、一瞬、世界が音を失う。やがて闇は少しずつ赤みを帯びてくる。何だろう、まるで宇宙の闇に紛れ込んだ感覚だ。自分とまわりとの関係が突然断たれ、足がぐらついてしまう。その宇宙がいったいどんな形状をしているのか、見当もつかない。
 黒から赤へのグラデーションが終わると、まるい大きな凹みの存在がはっきりしてくる。三方向に広がる、途方もなく大きな三つの凹み。表面には太陽光とグラン・パレの屋根の美しい梁が、繊細なシルエットを綾なしている。その光景に心が和みはじめるころ、ようやく言葉がもどってくる。
 三つの凹み(孔)は、それぞれ外から何か大きな力で引っ張られているかのようだ。グラン・パレの天蓋と凹みの皮膜との見事なコラボレーションもさることながら、人間のスケールを超えた巨大な凹みが、恐ろしい吸引力をとともに私を引きつける。
 光の変化とともに深紅と漆黒(アビス)の間を振動する、この空間の色は、血だろうか。人間の深部を走るどす黒い動脈の血。穴、血、光……。しかし、安直なメタファーはこの空間に馴染まない。
 判断停止を起こすこんな空間をつくるには、相当の革新技術を要したはずだ。画期的な技術によってこの空間がつくり出されたという事実の直感的な把握も、衝撃の一部になっているかもしれない。
 人が寄りかかれるほど強靭なテキスタイルでできた赤黒い皮膜。その皮膜がつくり出す三つの「凹み」は、グラン・パレのT字型の空間(身廊)をたっぷりと占領している。つまり、これはグラン・パレの巨大空間そのものを鋳型にしてしまった、尊大なインスターションとも言える。
 グラン・パレの空間と最先端の技術によってつくられた、特別の体験装置。この装置の中に入り、目だけでなく、身体全体で、深遠な何かを感じ取ることは、言葉への置換に抵抗さえ感じる体験だった。






「レヴァイアサン」内部[筆者撮影]

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