2019年09月15日号
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フォーカス

都市と建築と美術と社会のタイポロジー

木村浩之

2013年05月01日号

 文化・芸術は都市文明に伴い、また乖離しながら変化・発達してきた。その相互関係は、21世紀世界のめくるめく政治経済バランスの変化によって、また新しい局面を迎えようとしている。現在開催されているいくつかの展覧会をめぐりつつ考察してみたい。

都市─文化

 東西ドイツ統一(1990)から20年以上経過したいまも「再開発」「修復」などの都市・建築プロジェクトの絶えないベルリンにて、「文化─都市」という展覧会が開催されている。
 《シドニーオペラハウス》(1959-1973)に始まり、《ポンピドゥーセンター》(1977)などの誰もが知っている観光スポット・都市の顔としての文化施設を紹介した「広場(フォロ)からアイコンへ」のセクションでは、どれもが首都にあるものが選ばれている。いや、首都にしかそういった大文化施設が成り立たないというのが現実だったのだろう。次のセクション「新たな目印」で、《ビルバオ・グッゲンハイム》(1997)などに代表される、その施設の建つ中小規模の都市自体よりも有名で、かつ都市の規模を凌駕するような文化施設が取り上げられていることに、その意図が表われている。《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》は、ビルバオ市と県がグッゲンハイムに資金提供することで、いわば「フランチャイズ化」してブランド美術館の誘致に成功した例だ。人口35万人の小都市で、年間100万人の入場者数を誇る美術館など、ほかにどこを探してもないだろう。そして、その人の波と、知名度アップによる都市全体に与えた経済効果は、一連の現象が「ビルバオ効果」とまで言われ、神話化されていることからも、うががい知れる。


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The Guggenheim Museum Bilbao, 1997
Architekt/Architect: Frank O. Gehry
Foto/Photo: David Heald
© The Solomon R. Guggenheim Foundation, New York


 以降、展覧会は、リノベーションプロジェクトなど都市の歴史・過去の痕跡を主題化している再開発プロジェクトを取り上げた「パリンプセストとしての都市」、草の根運動とも言うべき、より小さなプロジェクトによって都市に影響を与えている「鍼療法」、電子時代に入り過去のものとなるかと思われた図書館というタイポロジーが、建築家の手によりさまざまな形で都市にアクセントを与える場として生まれ変わっているプロジェクトを取り上げた「情報空間」というセクション分けになっており、まざまな規模・手法により都市と関わろうとしているプロジェクト、もっと意地悪に言うと、都市を救ってくれそうなプロジェクトを取り上げている。

 文化とは、もはや外部空間という意味での都市内ではなく、施設としての建築内においてのみ育まれるものとなっている──そんな絶望にも似た認識が、この展示構成の前提にあると読み取るのは、しかし深読みだろう。というのも、この展覧会のキュレーター★1は建築家であり、この展覧会は、「プロジェクト」つまり近年の建築物を紹介するという、素直な目的で組まれているからだ。とはいえ、都市が不況を脱する手法として、またかつての輝きを呼び戻す手法として、あるいはとにかく救世主として「文化施設」にすがりつこうとしている切迫感を感じ取ってしまうのも無理はないだろう。
つまり、何かしないと滅亡してしまう、もうすでに都市がかつての都市として機能しなくなっている、そもそも国家経営が破綻している、そんな先進国の危機的状況を重ねずに展覧会を見ることができないのだ。

★1──マティアス・サウアーブルッフ(1955年、ドイツ生まれ)
OMA事務所勤務経験のあるドイツ人建築家。サウアーブルッフ・ハットン建築事務所共同主宰。ハーバード大などでも客員教授を務める、デザイン・アカデミー両面におけるドイツ現代建築界の中心的人物。

文化─商業

 一方、実質経済成長率を下方修正しつつも、8パーセント台(IMF2013年予想値)を保ち続け、世界平均を引き上げている中国では、破竹の勢いで文化施設が建設されている(ちなみに世界平均は3パーセント台、日本は2、ヨーロッパ諸国はマイナスを含むそれ以下だ)。2011年には390件もの新しい美術館・博物館がオープンしているという。そんな状況を取り上げた展覧会が、上海にある香港大学建築学科の分校にて開催されている。「美術館の未来」と題された、近年の中華圏の美術館建築を一堂に集めた展覧会だ。


© 刘钢 Liu Gang、天津美術館
5人の写真家によるコミッション・ドキュメンタリー写真が展覧会の一部として展示されている。
この写真のモチーフとなっている作品はイギリスの画家、ジェームズ・ダグラス『スコットランド湖畔の日の出及び日没』と読める。サイズの記述はあるものの、それよりも関心の高い作品制作年代などの記述はない。それにも増して、作品・キャプションの設置方法に疑問点が多く残る。壁にみえる傷みや構図の異様なずれとともに、写真全体としてだらしない雰囲気をかもし出している。


© WassinkLundgren、北京中央美術学院美術館
ここに展示作品は見えないが、カーペットと柵により人並みをコントロールしようという美術館側の苦労を赤白の対比でうまく写し込んでいる。建築は磯崎新設計。

 米コロンビア大のジェフリー・ジョンソン率いる「中国メガシティ研究室」による、中国の美術館調査の中間報告的な構成となっている。メインの展示部分では、先に取り上げたベルリンの展覧会とは違い、iPadはもちろん模型や写真などもなく、各プロジェクトは同スケールにプリントアウトされた主階の平面図一枚に淘汰され、それと並んで、各都市の人口や経済状況・比較などのデータがグラフィック化されて展示されている。
 しかしその情報だけでインパクトがあるのは、各プロジェクトの平面形状の特異さと、規模の巨大さが全面に浮かび上がっているからだ。その最高峰は四川省の省都である成都(チェントゥ)に計画中のザハ・ハディドによる《新世紀美術館》だ。成都は700万人の人口を抱え、中国でも10大都市に入るくらいの大きな都市だが、1人当たりGDPでは、上海の6割程度、東京と比べると6分の1程度しかない。そこに14万平米もの美術館ができるのだ(2014年竣工予定)。《ビルバオ・グッゲンハイム》の総面積が2.4万平米、《金沢21世紀美術館》が2.8万平米だから、それらの約5倍以上の規模となる。
 確かに、ビルバオの35万人、金沢の46万人と比べ、10倍をゆうに超える人口を有する。しかし問題は、どうやってその面積を利用するか、利用し続けるかだ。
 2013年の深セン都市/建築ビエンナーレの共同総合キュレーターに任命されているジェフリー・ジョンソンいわく、中国の美術・博物館は、西洋の美術・博物館のタイポロジーをもはや追随していない。多くの単体美術館がすでに中国のあちこちに建てられているが、コレクションはもちろん企画展もなく、がらんどうとしていることがほとんどで、その現状をふまえ、ここ数年のプロジェクトは、他施設──多くの場合商業系を含む──とのコンプレックスとして企画されることが多くなっている。
 上記のザハ・ハディドのプロジェクトも、美術館という名前を冠しながらも、美術館のほかに、展示場、会議場、3つのオーディトリアム、ラーニングセンターに多数のレストランやバーを併設する巨大文化遊園地といった様相を呈している。そしてまた、(日本の高度成長期のハコモノとは異なり)私立、あるいは公私共同での運営形態を持つものが多いという。これは単にそのコンプレックスがビジネスモデルとして成り立つからであり、純粋にプライベートコレクションを見せびらかしたいというケースはそれほど多くない。
 《金沢21世紀美術館》も、美術展示を超えた幅広いアクティビティに開かれたパブリックスペースとして、建築的にもオペレーション的にも新しいタイポロジーを示している。しかし中国は、それを一気に商業的に押し広げている。そのうえ、同様のプロジェクトが多数同時に進むことによって、そのタイポロジーを広め、そして定着させているとも言えよう。展示にはなかったが、集合住宅コンパウンドの「マーケティングのために」美術館を併設させるような例まであるという。

 その数字的実績とは裏腹に、実際の美術館オペレーションということになると、まだまだ問題が山積みのようだ。
 まず、そもそもコレクションがない。古美術品・文化財も文化大革命時代(1966-1977)に多くが破壊・流出してしまっているし、その後80年代以降のいわゆる現代にあたる時期には、現代美術という概念自体が育っていないなか、コレクションとなるとさらに乏しく、ほとんど何もないのが現状のようだ。
 一方、外国から個々の作品や巡回展パックを借りてくる企画展もあるが、現在のところ数が限られている。『中国の新美術館』(2013年秋発行予定、英語)の著者であるクレア・ジェイコブソンは、以前筆者との会話のなかで、中国ではどうしても作品に触りたがる人が多く、作品保護を心配するあまり、外国の美術館は、中国へ作品を貸したがらないのではないかとの見解を述べていた。現に、2012年に中華人民共和国籍の建築家として初めてプリツカー賞を受賞した王澍(ワン・シュウ)の代表作のひとつである《寧波美術館》(2005)は、まったく気密性がなく外気筒抜けで、温度・湿度コントロールという美術館としての基本的な物理的要求を満たしていないなど、貸し出し主が心配しそうな事柄には事欠かない。
 しかし、2013年にはアンディ・ウォーホル展(ウォーホル美術館単体貸し出しによるアジア巡回展)が、東京に先立ち上海・北京を巡回するように、次第に状況は変化しているとみてよいだろう(ちなみに日本でも1974年にモナリザが初来日した[東京国立博物館]際に、温度・湿度コントロールは厳しく要求され、通常と異なった環境管理・リスク管理を行なっている。それでも赤スプレーを吹きつけられる事件が発生している。幸い、この展覧会から採用された防弾ガラスケースにより、作品は無事だった)。

The Future of the Museum(美術館の未来)

場所:HKU/Shanghai Study Centre, Shanghai CN
http://ash.arch.hku.hk/2013/03/13/16-march-3pm-opening-the-future-of-the-museum/

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