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NEW CAT ON THE BLOCK

松原慈

2013年12月01日号

加速する。遠心力を感じながら、中心から離れていく。
離れれば離れるほど、ひとりきりになっていく。
後ろに引っぱる不安とは逆方向に、アクセルを踏み続ける。
ただ止まらずに離れていくと、あるとき、ふっきれたように、不安はうしろに吹き飛んでいく。
引力から解放される。それが入口。
まっすぐ、砂漠へ──

車の中、窓の外の景色に興奮していたネコがやっと寝始めるころ、わたしは砂漠に到着する。
空の色が変わる。スモーキーな、砂で濁った、黄色い青空。
砂袋を肩に下げて、男が車道の脇を歩いている。あてもなく見える後ろ姿。
男に行き先はあるのだ。“あてがない”のはわたしの方だ。


夕暮れ時の砂漠


モロッコを拠点にしてしばらくの間、いくつかの場所を通過し、いろいろな場所で眠った。
サボテンに囲まれて眠り、冠をのせた鳥に起こされ、真っ赤や真緑のガラスで飾られた城に住み、砂の上にラクダの毛布を広げ、廃墟でアラブの琴弾きと過ごし、近隣国のタハリール広場横では喧騒の気配に寝つけず、また別のアラブ新興都市の夜景には東京を思い出したりした。
今日まで夜を過ごした、数々の寝室。寝ているのか夢を見ているのかわからないような現実の眠りと、幻のようなほんとうの夢があった。それでも、夢と眠りの記憶を合わせても、一番美しかったのは、月の下に眠る砂漠の寝室である。
人も動物も一切消え去ったかのような夜空の下、ヒンヤリとした砂の上で、わたしはネコと肩を寄せ合う。
天井のない寝室で、月は裏切ることなく朝まで寝る子を見守り、夜中に目を覚ますと流れ星が目を合わせる。


天井のない寝室


わたしと旅を続けているのはマラケシュで生まれたネコである。
名前はNEVER。母ネコは不明である。
ある春、生まれてすぐの頃、マラケシュのアーティスト・イン・レジデンスDar Al-Ma'mûnで発見された。わたしがモロッコへ来た最初の機会は、そのレジデンスからの6カ月間の招待である。わたしはネコが生まれたその春、そこに滞在していた。


アトリエ, Dar Al-Ma'mûn, Marrakech


ネコは庭で三日三晩なきつづけ、不憫に思ったガードマンに拾われた。そのガードマンは、その晩わたしのところへやってきて「あなたがネコを探しているときいた」と、ネコをわたしの食卓の上に置いたのである。
そんなことは言った覚えがなかったが、わたしとネコはそのまま一緒に暮らし始めた。


NEVER, マラケシュ生まれ


その後、このネコは、移動が多いわたしに付いていろんな場所で眠った。
ホテルのベッド、人の家、電車や車中、廃城、丘の上や、屋根の上・下、ほかにもアーティスト・イン・レジデンスとして用意されたフェズ・Institut Françaisの邸宅、ラバト・Le Cubeの白いアパートメント、砂漠・Cafe Tissardmineの土壁建築やベルベルテント、すべてのベッドは思い出せなくなってきている。
その過程で、この小動物は“縄張り”という意識を一切もたずに育ち、ときに少しずつというには大きすぎるくらいの距離で行動範囲を広げながら、ついに主人に付きあって真夜中の砂漠で夜を過ごすネコになった。


Cafe Tissardmine



Dar Batha, Institut Français de Fès



Palais Mokri, Fès


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