2019年12月01日号
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フォーカス

短編アニメーションの現在――30周年を迎えた広島国際アニメーションフェスティバル

権藤俊司(アニメーション史研究、東京工芸大学アニメーション学科准教授)

2014年09月15日号

 広島国際アニメーションフェスティバル(以下、広島)は1985年にスタートし、隔年ペースで開催されてきたアニメーション専門の映画祭だ。世界四大アニメーション映画祭の一つに数えられ、そのグランプリ受賞作は自動的に米アカデミー賞へのエントリー資格を獲得する。

テクノロジーのハイブリッド、物語のハイブリッド

 それほどの「権威」を持ちながら、しかし日本国内での認知度は極めて低い。なぜなら、コンペの対象は見慣れたTVシリーズや劇場長編ではなく、短編作品に限定されているからだ。歴史的に言えば、1960年の仏・アヌシーから始まるアニメーション映画祭の成立は、映画興行システムから疎外された短編アニメーションを観客に送り届ける必要性に端を発している。アニメーション映画祭とは何よりもまず作家自身のための制度なのだ。
 では、一観客から見た広島の魅力とは何なのか。まずはコンペ部門の注目作から紹介していこう。
 ニコライ・トゥロシンスキィの『アスティグマティズモ』は、メガネを失った少年の混乱した視覚世界を体験させる野心作だ。被写界深度が極めて浅い画面の中、前景から後景へフォーカスが目まぐるしく往復し、解体した世界の狭間で幻想のクリーチャーが出没する。キャラクターや背景に2Dのフラットな絵を使用することで、特異な空間性はより強調されている。この効果はデジタル加工ではなく、実際に素材を10層のガラス上に置いて撮影されたもので、ディズニースタジオが『白雪姫』のために開発したマルチプレーン撮影と同じテクノロジーだ。だが、ディズニーのそれが「自然な」奥行き感を与える目的であったのに対し、こちらでは画面の統一はむしろ積極的に放棄され、複数素材のレイヤー構造を隠そうともしない。また、制作に際して、音楽・サウンドデザイン・キャラクターデザイン・背景美術を別々のスタッフに発注し(彼らは国籍も異なり、互いにコンタクトも取れなかった)、監督がそれをまとめ上げる工程を取ったという事実も興味深い。制作プロセスそのものが「異質なもの同士の出会い」を体現しているのだ。★1

Astigmatismo from Troshinsky on Vimeo.

ニコライ・トゥロシンスキィ『アスティグマティズモ』(Nicolai Troshinsky "Astigmatismo")(2013)

 要素の複合性という点では、グランプリを受賞したデイジー・ジェイコブスの『ザ ビガー ピクチャー』も刺激的なビジュアルを備えている。物語はすべて実物大の室内セットで進行し、立体アニメーションにありがちなミニチュアの箱庭感ではなく、インスタレーション的なライブ性を獲得している。その上で、キャラクターは部屋の正面壁にペイントされ、一部の身体パーツ(腕など)のみが3Dで壁から「生えて」いるのだ。例えば寝室のシーンでは、母親の上半身が壁画で、実物のベッドに横たわる下半身にはパピエ・マシェの造形物が使用されているといった案配だ。★2

The Bigger Picture Trailer from daisy jacobs on Vimeo.

デイジー・ジェイコブス『ザ ビガー ピクチャー』(Daisy Jacobs "The Bigger Picture" )(2014)予告

 アナ・ベナー、ピア・ボルグ、ジェマ・バーディットの『スルー ザ ホーソーン』では、統合失調症の息子、母親、精神分析医の三人が、三幅対の絵画のように分割されたマルチ画面に登場する。三つの画面は三者の会話をフォローしつつ、ある時は同期し、またある時はその主観に応じて食い違う。共同監督の三人が各画面の作画を分担することで、感覚の異質性を描画スタイルの違いから浮き彫りにしようとする狙いは明瞭だ。
 今日のアニメーション(特にドキュメンタリーアニメーションの分野)において、カットごと、あるいは同一カット内に異なる素材を混在させることはタブーではない。そこには「アニメーションにおける現実とは何か」という問題を巡る、様々なナラティブの実験が試されているのだ。

Through the Hawthorn Trailer from Through the Hawthorn on Vimeo.

アナ・ベナー、ピア・ボルグ、ジェマ・バーディット『スルー ザ ホーソーン』(Anna Benner, Pia Borg, Gemma Burditt "Through the Hawthorn")(2013)予告

コンペティションを席巻した学生作品

 今大会のコンペティションで最も顕著な傾向は、学生作品の突出ぶりだ。インコンペの1/4を学生作品が占めるという数字は過去の大会でも記憶がない。先述のグランプリ作『ザ ビガー ピクチャー』もイギリス・国立映画テレビ学校の卒業制作作品であり、ヒロシマ賞と観客賞もそれぞれハンガリー、フィンランドの学生作品が獲得した。
 「アニメーションフェスティバルは学生作品の方が面白い」という話はここ十年程ずっと言われていて、卒制部門のカテゴリーが設けられているアヌシー映画祭では、上映チケットが入手難になるほどの人気を集めている。学生作品の発展はアニメーションの高等教育が世界的に普及した状況を反映している。また、機材やソフトウェアを教育機関が提供してくれる点で、プロよりむしろ学生の身分が有利に働くメリットもある。裏返せば、卒業後も引き続き作家活動を行うためには、助成金の獲得が必須となる。短編アニメーションの分野におけるフランスの強さは、国や各種機関が短編アニメーションに助成金を出すシステムが確立されているからだ。
 資金の問題は、作家が制作国を「選択」するという現象をも生み出す。ドミトリー・ゲラーの『ア リトル ポンド バイ ザ グレイト ウォール』はその一例だ。この映画は1960年代に水墨アニメーションを創作した中国作家、特偉に捧げるオマージュとして作られた。作者のゲラーはロシア人だが、ロシア国内での資金調達が困難なため、中国・吉林動画学院からの招聘を受けて制作された。これは教育機関が短編作家をサポートするパトロンとして機能した面白いケースであり、現在のアニメーション制作が国を超えた流動性の中で進められていることの証左でもある。

ルイス・モートン『パッサー パッサー』(Louis Morton "PASSER PASSER")(2013)米・南カリフォルニア大学の卒業制作作品


ドミトリー・ゲラー『ア リトル ポンド バイ ザ グレイト ウォール』(Domitry Geller "A Little Pond by the Great Wall")(2013)

 話を学生作品に戻すと、先述の活況に対応して学生部門を別置する映画祭は増えている。広島でもそれを望む声は年々高まっているが、主催者側の選択はむしろカテゴリー制を全廃する方向にあった。これに関して、今大会の審査委員を務めた山村浩二は「若い人を取りやすくして勇気づける方向ではなく、価値を高いところに持っていく点に意味がある」と述べている。確かに優遇は隔離と表裏一体であるというのも事実だが、この問題は今後も大きな議論を呼ぶことだろう。

ハンガリーアニメーションの再発見

 近年の広島が特に力を注いでいると感じるのが、国・地域にスポットを当てた特集上映だ。今年のテーマはハンガリーで、サブ会場を全日使い切った渾身の特集となっていた。
 あまり知られていないが、ハンガリーは中欧の隠れたアニメーション大国であり、劇場長編の分野でも有数の生産量を有してきた歴史がある。『ファンタスティック・プラネット』のルネ・ラルー監督(仏)が、次作『時の支配者』の制作パートナーとして選択したのが他ならぬハンガリー国立スタジオであった。
 短編アニメーションの分野では、アカデミー賞を受賞したフェレンツ・ローフスの『ザ フライ』(その主観映像は手塚治虫晩年の短編『ジャンピング』にも影響を与えた)、サンドアニメーションのフェレンツ・ツァコー(NHKのトリノ五輪番組オープニング等)あたりが日本でも比較的知られた例だろうか。


フェレンツ・ツァコー『アブ・オヴォ』(1987)Ferenc Cakó "AB OVO" © Pannónia Film

 今特集の中で、とりわけ観客に鮮烈な印象を与えたと思われるのが、マルツェッル・ヤンコヴィッチの『サン オブ ザ ホワイト メア』だ。これほどスタイリッシュなデザイン志向の長編が1981年という時代に制作されたのは驚きだ。
 同様の高いデザイン性が、1960年代のシャーンドル・レイセンビュフレルから、ドーラ・ケレステシュ、さらには現在のモホリ=ナジ芸術大学の学生作品に至るまで、ハンガリーアニメーションに通底する特質であることを確認できたのも大きな収穫だった。

ドーラ・ケレステシュ作品集 (Hungarian Animation by Keresztes Dora) 日本版DVDあり

 実は日本におけるハンガリーアニメーションのまとまった紹介は今回が初ではない。1986年に池袋・スタジオ200でハンガリー・アニメーション・フェアが開催され、相前後して『サン オブ ザ ホワイト メア』等の長編もビデオ化されていた。だが、その記憶が今日のアニメーションファンに伝承されているとは言いがたい。その意味で、本大会の特集は改めてハンガリーアニメーションの力を見直す貴重な機会となった。

多彩な特集プログラム

 コンペやハンガリー特集以外にも、ピクサー最新作『南の島のラブソング』のワールドプレミア、アメリカの立体アニメーションスタジオLAIKAのセミナー、大会30周年記念の歴代受賞作上映など、多彩なプログラムを5日間によくぞこれだけ詰め込んだと感心させられた。
 そもそもこれだけネットに動画が氾濫している現在にあって、わざわざ広島まで足を運ぶ理由は何か。作家自身も同席しながらのスクリーン体験という「場」の魅力は言うまでもないが、単純にここでしか見られない作品が数多く存在するというのがその最大の答えだ。
 とはいえ、アニメーションにフォーカスした映画祭は広島だけではない。直近では、今年10月に新規スタートする新千歳空港国際アニメーション映画祭が、空港施設=発信元というユニークなコンセプトで注目を集めている。公表されたコンペのリストには他映画祭での受賞歴を持つ作品も多数エントリーしており、ハイレベルな審査が期待される。★3
 また、美大を中心とした学生作品の映画祭であるICAF(インターカレッジ・アニメーション・フェスティバル)も、9月以降全国5カ所で巡回上映が行われる。日本の若い短編アニメーションに触れる機会としてお勧めしておきたい。★4


LAIKAセミナー参加者に公開された撮影素材(左:『コラライン』表情用分割パーツ 右:『The Boxtrolls』パペット)
© Image courtesy of LAIKA, LLC.


海外からも多数の制作者が来場していた

★1 『アスティグマティズモ』メイキング

★2 『ザ ビガー ピクチャー』メイキング

★3 新千歳空港国際アニメーション映画祭
会期:10月31日(金)〜11月3日(月・祝)
会場:新千歳空港ターミナルビル

★4 ICAF(インターカレッジ・アニメーション・フェスティバル)
会期:9月25日(木)〜9月28日(日)
会場:国立新美術館(以後12月まで北海道・金沢・京都・名古屋を巡回)

第15回広島国際アニメーションフェスティバル

会期:2014年8月21日(木)〜25日(月)
会場:広島アステールプラザ
広島市中区加古町4-17

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