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「複雑さを受け止めるためのデザイン」(「活動のデザイン展 THE FAB MIND Hints of the Future in a Shifting World」レビュー)

ドミニク・チェン(メディア論)

2014年12月15日号

 世界中の多様なデザイン活動をサンプリングしている本展は、いかに現代社会が複雑化の一途を辿り続けているかを証言している。地雷除去のためにデザインされた、廉価に作れて強風で地雷原を転がるマスード・ハッサーニ《マイン・カフォン》と、部屋をカメラオブスキュラにして六本木の風景をピンホール撮影したホンマタカシ《カメラ・オブスキュラ・スタディ ― 青山→六本木、建築で建築を撮る》、無名の女性が編んだ大量のセーターを並べたDNAシャロアー&クリスティン・メンデルツマ/ヴァンスファッペン 《ロースさんのセーター》が併置された空間を歩いていると、少し目眩を覚えた。子供の時分であればこの混乱の振幅に歓喜していただろうと思う一方で、キュレーションという視点から見たときには雑多さが目立って感じられた。
 とはいえ個別の作品やプロジェクトは興味深いものが多いので、ランダムなザッピング感覚でさまざまな新規なアイデアに触発されたいという向きにはとても刺激的な展示だと思う。皮肉なことだが、この意図されたランダムさもまた複雑化し、細分化されたこの現代社会を反映する状況だといえるだろう。筆者は会場に入ってから、無意識のうちに脳内でコンセプトを再構築して鑑賞していた。ここで、以下にあげたモジュールを「活動するデザイン」からかいま見える現代世界の複雑さを咀嚼するためのひとつのガイドとして提案してみたい。

1)第三世界の社会と経済をデザインする

・アルヴァロ・カタラン・デ・オコン 《ペット・ランプ》2012年〜
・スタジオ スワイン 《カン・シティ》2012年
・フロント&シアザマ プロジェクト/エディションス イン クラフト 《ストーリー・ベース》2011年〜
・フローリー・サルノット 《プラスティック・ゴールド》2011年
・DNAシャロアー&クリスティン・メンデルツマ/ヴァンスファッペン 《ロースさんのセーター》2012年
・マスード・ハッサーニ 《マイン・カフォン》2011年〜

 《ペット・ランプ》、《ストーリー・ベース》、《プラスティック・ゴールド》、《カン・シティ》など、第三世界の伝統工芸技術や貧困層の住民たちが日々手にする資源を活用して、先進国市場でも流通させられるプロダクトを製作する活動をまとめる。《ロースさんのセーター》は第三世界ではないが、無名の人物の創作に光をあてるという意味で、市場にまで表面化していない創作活動に価値を与えるという意味でここに含めてもいいだろう。
 地雷除去プロダクトである《マイン・カフォン》はコンシューマ・プロダクトではないが、廉価に制作でき、かつ実効性のある機能を先進国のデザインカレッジから発案しているという点で、このモジュールに組み込んでみた。
 筆者であれば、第三世界の問題解決のために先進国の建築家が設計図を寄稿する「Architecture for Humanity」や、3Dプリンターやレーザーカッターといった新しいものづくりの技術を一般層に浸透させる国際的な運動であるFabLabからスピンアウトした具体的なプロダクトの紹介も盛り込んでみるだろう。なお、これらのプロジェクトの実際の成果物を目の当たりにできるのは本展の最大の魅力といえるだろう。

マスード・ハッサーニ《マイン・カフォン》2011年~
Massoud Hassani Mine Kafon 2011-
Photo: 吉村昌也

2)時間経過をデザインする

・鉄絵茶碗 (日本民藝館所蔵)桃山時代〜江戸時代初期
・《フィックスパーツ》参加作家:aomo、アトリエ ホコ、長坂 常、菱川勢一、クビーナ、サラン・イェン・パニヤ2012年〜
・ジョセフィン・ヴァリエ 《リビング・アーカイヴ》2011年〜

 茶碗の「継ぎ」とフィックスパーツの併置が示す「なおす」というテーマは、近年ではレイチェル・ボッツマンらによる書籍★1でも提示されているシェアリング・カルチャーやコラボレイティブ・コンサンプションといったコンセプトとも呼応している。大量生産による「壊れたら買い直す」という通念が浸透し、プロダクトのライフサイクルが極端に短くなったことに対して、資源リサイクルによる環境保全や新しいマーケットの創出といった価値が注目されているが、そこにはものの長期的な時間経過に積極的に価値を見出すという思想も含められるだろう。
 金継ぎのように、修理という行為に新しい価値を与える日本的な価値観を提示するのは正統的な手続きといえるが、現代の修理や手芸文化との相同および差異についてももっと深く掘り下げたいテーマである。
 またFabLabの活動でも「repair」という概念は重要視されており、日本ではFabLab Japan発起人の田中浩也氏も「なおす」ことの価値にTEDxの場★2などでも言及している。日本や世界各地のFabLabや関連プロジェクトで行なわれている手工芸以降のデジタルと物理空間を接続する「なおす」文化の紹介も行なえばより充実した内容になるだろう。


鉄絵茶碗
Photo: 吉村昌也

 ジョセフィン・ヴァリエ《リビング・アーカイヴ》は天然酵母をテーマにしているが、発酵食品もまた長期的な時間経過を食の価値に転化させる、世界各地で発達した技法である。せっかく鉄絵茶碗を持ってきたのであれば、この作品とも関連して発酵大国である日本の様々な食品や技能の紹介もさらに充実して欲しかった……というのは一発酵フェチのただの愚痴である。

ジョセフィン・ヴァリエ 《リビング・アーカイヴ》2011年~
Josefin Varg Living Archive 2011-
Photo: 吉村昌也

3) 知覚の拡張をデザインする

・ヒューマンズ シンス 1982 《ア・ミリオン・タイムズ》2014年
・織咲誠 《ライン・ワークス ― 線の引き方次第で、世界が変わる》2000年〜
・大西麻貴+百田有希/o + h 《望遠鏡のおばけ》、《長い望遠鏡》2014年
・ホンマタカシ 《カメラ・オブスキュラ・スタディ ― 青山→六本木、建築で建築を撮る》2014年
・アルマ望遠鏡プロジェクト/ 国立天文台+PARTY+Qosmo+エピファニーワークス《ALMA MUSIC BOX: 死にゆく星の旋律》2014年
・マイク・エーブルソン 《考える手》2014年

 これらの作品はもっともメディアアートの領域との親和性の高いものだろう。逆にいうと、あらゆる優れたメディアアート作品は人間の知覚を拡張もしくは変調させるものだと筆者は考えているので、これらの視覚や聴覚、時間概念と空間概念などのテーマが入り混じった区切りは筆者自身にとって乱暴に過ぎるように思える。他方で、メディアアート的な表現は時が経ち、そこで使われる技術が枯れてきて誰にでもアクセスできるようになると、一般的なプロダクトの層に落とし込まれるということを想うと、こうした作品の中に近い未来のプロダクトデザインの種子を見て取ることも可能だろう。

ヒューマンズ シンス 1982 《ア・ミリオン・タイムズ》2014年
Humans Since 1982 A Million Times 2014
Photo: 吉村昌也

4) 《デザイン・フィクション》:架空の近未来の物語から、現代の人間と技術の関係の本質を浮き彫りにする

・ダグラス・クープランド 《21世紀初頭のスローガン》2011年〜
・スーパーフラックス 《ドローンの巣》2014年
・タクラム・デザイン・エンジニアリング 《Shenu: 百年後の水筒》2012年/2014年
・牛込陽介 《プロフェッショナル・シェアリング:シェアの達人》2014年

 デザイン・フィクションとはサイエンス・フィクションという言葉と対比させて、SF小説作家のブルース・スターリングやインタラクション・デザイナーのジュリアン・ブリーカー、工学系研究者のジョシュア・タネンバウムらによって近年言及されている用語である。筆者は情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の城一裕講師にタネンバウムによる記事★3を教えてもらい、最近特に考えている。
 デザイン・フィクションとは、物語内(diegetic)において説得力のある技術プロトタイプであるというスターリングによる定義と、それをベースにタネンバウムが提唱する「デザインの可能な未来形を説明するために物語の手法を活用する」方法という定義がある。本展で提示されている作品でこの概念に最も付合するのはスーパーフラックスによる《ドローンの巣》だろう。ロンドンという監視カメラが張り巡らされた街として悪名高い都市のデザインシンクタンクに相応しく、監視ドローンが街中を飛び交う映像を、ドローンのカメラの視点に分析行為を示す架空のインタフェース要素を重畳させて示している。すでに個人用ドローンが販売されており、AmazonやGoogleがドローン宅配技術の競争を行ない、法整備を促し始めている現況からいうとさほど遠くはない、一歩先ならぬ0.5歩先の未来を想像させる展示作品である。


スーパーフラックス《ドローンの巣》2014年
Superflux Drone Aviary 2014
Photo: 吉村昌也

 スーパーフラックスに所属する牛込陽介の《プロフェッショナル・シェアリング:シェアの達人》は、ウェアラブルコンピュータのプロトタイプを自ら装着して、インターネットを介した情報の入出力の推移を可視化している。このプロトタイプは決して市販されるべくデザインされているものではないという意味で架空の物語に属するが、私たちが何気なく携帯するスマートフォンを介して起こっているネットワークの実態を浮き彫りにするという意味でdesign-fictionalな作品だといえるだろう。なお、この作品展示はウェラブルなスマートジャケット、映像、iPad端末上で作動するアプリによって構成されているが、コンセプトと技術を説明する映像とiPadアプリの挙動が寸分違わず連動している点も非常に秀逸だった。

牛込陽介《プロフェッショナル・シェアリング:シェアの達人》2014年
Photo: 吉村昌也

 takram design engineeringによる《Shenu: 百年後の水筒》は水分を備蓄できる架空の人工内蔵を説明する展示だったが、現在医療の現場で発展している新しいタイプの人工臓器が既存の内蔵を代替補完するものであることに対して、全く新しい臓器でさえもエンジニアリングとデザインの対象となりうるのではないかという問いかけもまた、デザイン・フィクションの観点から見ても非常に「リアル」である。

takram design engineering 《Shenu: 百年後の水筒》2012年/2014年
Photo: 吉村昌也

 ダグラス・クープランド 《21世紀初頭のスローガン》をここに入れたのは、他に入れる区切りが思いつかなかったということもあるが、ここわずか20年で起こったインターネットや情報技術の進歩によって起こった「あるある」ネタの列挙としてだけではなく、このわずかな時間の間にこれだけの変化が起こったという嘘のような現実を20年前に意識をタイムスリップさせて見ると、現在もまた近未来という嘘のような現象が具現化するであろう時制とつながっているのだという、情報技術に対する一種のメメント・モリとして機能しているように思えたこともある。

 筆者の専門は情報技術なので、必然的にデザイン・フィクションに関する言及が多くなったが、こうして概観してみると「デザイン」という言葉が適用される現象がこれほど広範になっている状況に改めて気づくとともに、本展ディレクターの苦労も理解できるように思えてくる。また、個々のモジュールはそれ自体が一つの展示に値するテーマとして捉えられるとも思う。
 だが、より重要だと筆者が考えていることは、デザイン可能領域が増えたということは、本展で紹介されているような有名のプロフェッショナルだけではなく、無名の諸個人によるデザイン行為への参画がますます容易になってきていることだ。少なくとも「FAB」という標語を掲げる以上、トップダウンに作品を見せることにとどまらず、一般の来場者もまたFab的なデザインをすぐにでも始められるということをアフォードする展示プログラムにしてほしかったと思う(たとえばワークショップがひとつも提供されていない)。実際に手を動かし、つくってみること以上に、多様なデザイン行為に通底する本質を理解する最適な方法は存在しないのだから。

付記:
 最後に、本展の構成についてテクニカルな指摘を記しておく。
 本展のタイトルのように、日本語と英語の題名の意味が著しく異なり、しかもサブタイルは英語のみのものが付いている場合、どちらを一次的なコンセプトとして受け止めればいいのだろうか。少なくとも「活動」を「デザイン」するという日本語展示名から想像を膨らませて展示を観に行ったが、その全体としては「THE FAB MIND〜」の方が本展を適切に表していると感じた。また、なぜ英語のサブタイトルを「移りゆく世界における未来へのヒント」というように日本語でも提示しなかったのかという点も疑問に思う。
 ちなみに「活動のデザイン」という題名を見て筆者が期待したイメージというのは、人々が活動する様式そのものをデザインするようなプロジェクトの展示だった。そこにはたとえば義足のような身体障害者の日常活動を支援する物理的なプロダクトから、マイクロクレジットの仕組みによって貧困層の経済活動を活性化するグラミン銀行であったり、オープンソースソフトウェア開発のような世界中の互いに出会ったことのない人々のネットを活用したコラボレーション様式に至るまで、多くの現代的な取り組みを提示できるだろう。
 もう一点、細かいが重要な指摘がある。二人のディレクターによる序文のなかでFABという用語が「ものづくり」=fabricationと「すばらしい」=fabulousの二つに共通する用語として提示されているが、これは明らかにFabLabのコンセプトとして以前から提示されているものである 。★4 FABと銘打ってこの表現を使うのであれば、せめてFabLabに最低限のリスペクトを払ってほしかったと思うのは筆者だけだろうか。

★1 What's Mine Is Yours: The Rise of Collaborative Consumption, Rachel Botsman、Roo Rogers (2010/9/14)

★2 田中浩也:「(ほぼ)あらゆるものをなおす 修理の創造性リペア・デザイン」(2012.10) TEDx Kids @Chiyoda

★3 Design Fictional Interactions: Why HCI should care about stories, Joshua Tanenbaum  http://interactions.acm.org/archive/view/september-october-2014/design-fictional-interactions-why-HCI-should-care-about-stories

★4 Fab: The Coming Revolution on Your Desktop--from Personal Computers to Personal Fabrication, Neil Gershenfeld(邦訳:『Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ』、田中浩也監修、糸川洋訳)

活動のデザイン展 THE FAB MIND Hints of the Future in a Shifting World

会期:2014年10月24日(金)〜2015年2月1日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT
東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内/Tel.03-3475-2121

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