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どこへいく ニューヨークのアートシーン──ニューアートの新しいメッカBUSHWICKを訪ねて

梁瀬薫

2015年02月01日号

 ニューヨークのアートシーンがソーホーからチェルシーに移っておよそ25年、いま「ブッシュウィック(BUSHWICK)」が急速に注目を集めている。本稿では、アート、政治、文化を鋭く深く捉えるアート誌『ブルックリン・レイル(Brooklyn Rail)』の編集者サラ・ロフィーノ氏特選の新しいスペースとアーティストのスタジオ訪問も含めて、「ブッシュウィック」の最新情報を紹介したい。

ソーホーからチェルシー、そしてブッシュウィックへ

 80年代終わりごろ、ソーホー同様に地価の安い倉庫街だったチェルシー地区は、ミートパッキング地区の開発とハイラインの再開発などで、いまや世界で最もハイスタイルなエリアとなっている。ホイットニー美術館もマディソン街から移転し、5月に新設オープンする。画廊だけで現在約300件が隣接しているのである。しかしその発展に伴い、地価は高騰し、当然のことながらアーティストや若手ギャラリストは移転を余儀なくされたのだ。彼らはローワーイーストサイドやチャイナタウン地区といった比較的地価の安い地域に次々に移転していったが、そこにも開発業者の手は容赦なく伸びてきた。そこで、社会の規範にとらわれずに自由な意志と個性を求める、いわゆるニュー・ボヘミアンジェネレーションたちの多くはブルックリンに移動することとなったのだ。
 まずはマンハッタンからイーストリバーを越えただけという、好ロケーションのウィリアムズバーグやダンボ地区(DUMBO=Down Under the Manhattan Bridge Overpass)に移転。新しいギャラリーが続々とオープンした。しかし予想以上に速いテンポでマンハッタンさながらのスタイリッシュなレストランやブティック、高級コンドミニアムがオープン。そして次への移住地が、同じブルックリンにあるブッシュウィックという街だった。この5年ほど前からギャラリーがオープンし始め、新しいアートの発信地として注目を集めている。
 マンハッタンは14丁目ユニオンスクエア駅からLトレインで約30分。典型的な低・中産階級の郊外型住宅とインダストリーが隣接する街だ。もともと住人はヒスパニック系が70%を占める。プエルトリコをはじめとするヒスパニック系のレストランやショップが立ち並ぶ。距離は決して遠くはないが、ニューヨーカーでもほとんど足を踏み入れたことのない地域だろう。90年代まではドラッグや犯罪がはびこる、お墨付きの極悪街だった。2000年になって市の改革事業により、犯罪数は激減。新しい住宅も建てられ、働くヤングジェネレーションが増加している。ダンボや他の開発地域とは異なり、まだ地価はぐんと低い。アーティストのスタジオもまだまだ手頃だ。チェルシーの大手老舗画廊などの支店も進出を始め、ギャラリーガイドには掲載されないようなテンポラリーなギャラリーや、オルタナティブアートスペースなども含めると、ざっと70件以上の画廊が点在する。

アーティストたちのスタジオビルとアーティストが運営するギャラリー

 マンハッタンからLトレインで7駅目のジェファーソン・ストリート駅に降りる。まずはアーティストのスタジオビルがあるトラウトマン・ストリートへ。マンハッタンのような高層ビルがなく、倉庫や町工場のような建物が建ち並び、空が低く感じられる。この日は零下で、人通りもまばらだったが、閉まっているシャッターやビルの壁全体に描かれたそれぞれの大胆なグラフィティ・アートがストリートいっぱいに展開し、圧巻だ。一点一点の完成度の高さはもう「落書き」ではなく、ミューラル(壁画)といったほうが正しい。これらは、ザ・ブッシュウィック・コレクティブというグラフィティ・アート支援団体によるプロジェクトだ。最近消されてしまったがニューヨーク最大級のグラフィティ・シーンがあった、クイーンズの5ポインツに続く、新地である。

Troutman Street






閑散とした町並みを活気づけるミューラル。ここはストリートアート・ギャラリー通り。

1717 Troutman Street

 さて、隣町のリッジウッドとの境界に位置するこの倉庫ビルは、もともとテキスタイルの工場だった。ビルのオーナーがアーティストとギャラリーに場所を提供してから新しいアートシーンをリードしてきた場である。アートシーンの火付け役となった、アーティストとキュレーターの集団レジーナ・レックスも同ビルでデビューした。アーティストが展示に直接関わることは、必ずしも営利本位ではないので、作品の見せ方や観客とのダイアローグが密になるのが特徴であろう。個性的な展覧会は新鮮で、ときに想像を絶する。2014年に同ビル管理者の方針が変わったため、ギャラリーは撤退を強いられ、5件の有力なギャラリーとレジーナ・レックスも移転してしまった。現在、まだ契約のある画廊パラレル・アート・スペースと、およそ90件のアーティスト・スタジオがある。
 「家賃が低い分なのか、広すぎるのか、暖房はあまりきかないの」と防寒姿で制作をするアーティストのジュリア・ブランドは1年前からスペースを4人のアーティストとシェアしている。自分で織った布や、着彩したキャンバス、組んだ紐などを使った作品をつくっている。イスラム文化の紋様にもインスパイアされたパターンが印象的だ。さまざまな要素が重なり、構築されている立体的な作品は「アブストラクトでストラクチュアリズムを追求しているが、あくまでも絵画」なのだという。
 この春開催が予定されている個展(ローワーイーストサイドのOn Stellar Rays画廊)が楽しみだ。

Julia Bland




独特な絵画作品を制作しているジュリア・ブランド「ここからもっとつくり込んでいくのです」

Doron Langberg


イスラエル出身のドロン・ラングバーグ「写真やCGを使った作品も制作していたが画面に多くの表情と感情が表現できるのがペインティング。新しい挑戦です」

Amy Rinaldi


カリフォルニア出身、イエール大学卒のエイミー・リナルディ。ビニールや皮、合成皮革、布などを使って、ボディーの一部を覆ったような立体作的な作品を制作。オーガニックな形と人工的な素材の対比でエモーションが浮き彫りにされる。センシブルな作品だ。

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