フォーカス
【ニューヨーク】中国の現代概念的芸術と実験的芸術の歩み──「芸術と中国 1989年以降:世界の劇場」展
梁瀬薫
2017年11月01日号
中国の現代アートは近年、市場をも揺るがすほどまで成長し、ますますその勢いを増している。日本を含めアジアの現代アートは近代化、西欧化した西洋美術の文脈を基点としたところがあるが、中国の現代美術家たちは西洋美術を導入しながら、異なる伝統や歴史、社会、そして課題を明快にしてきた。本展では1989年から2008年という激動の時代背景のもとで生まれた中国のコンセプチュアルアートを辿る。
展覧会概要
「芸術と中国 1989年以降:世界の劇場」展はこの秋ニューヨークのアートシーンで最も話題となっている展覧会だ。展示予定の作品が動物愛好家たちから動物虐待との非難を浴び、結局3点の作品が展示中止となり物議を醸し出した。
展示中止となったのは、孫原(スン・ユアン、1972-、北京出身)と彭禹(ペン・ユー、1973-、黒竜江省出身)によるビデオ作品《Dogs Cannot Touch Each Other(接触できない犬同士)》(2003)。闘犬が離された状態でペットランナー上を過酷に走り続けるという内容。彼らはこれまでも人体や動物などを使い衝撃的な作品を発表してきた。2015年にロンドンの公共空間に設置された《堕天使》は羽のある老婆の超リアルな作品で記憶に新しい。
次は、黄永砅(ホワン・ヨンピン、1954-、廈門市出身)の《Theater of the World(世界の劇場)》(1993)。展覧会タイトルにもなっている作品だ。ヒートアップされたドームのような空間の中で、昆虫や爬虫類が生き残りをかけて捕食しあっていく設定であるが、今回は、一切の生き物の使用が禁止された。
3点目は徐氷(シュー・ビン、1955-、重慶出身)の《A Case Study of Transference(転移の事例)》(1994)。徐氷はニューヨークでも制作活動をしてきた、艾未未(アイ・ウェイウェイ)同様、80年代以降中国のコンセプチュアルアートを代表する作家。展示中止となったものは、ローマ字と漢字が胴体に書かれた二頭の豚が観客の前で交尾する様子を撮影したビデオ作品だ。
これら3点のいずれの作品も、以前にアジアやヨーロッパでは発表されてきたもの。美術館側は当初、抗議に対して「社会の国際化とともに複雑化した世界状況のなかで、アーティストがなぜ作品をつくるのか、鑑賞者が考える機会となることを願う」と作品の取り下げはしないと発表したものの、オンラインでの反対署名やセレブからの反対、美術館前のデモなど抗議はエスカレートし、数日後に展示取り止めを決定した。「鑑賞者、スタッフ、アーティストの安全を考慮した。然しながら芸術機関として表現の多様性は義務づけられている。表現の自由は本質的にこれまでも、今後とも美術館の最も重要な役割である」という声明を発表。艾未未(アイ・ウェイウェイ)は「芸術機関が言論の自由の権利を行使できないのは現代社会の悲劇だ。今回の圧力は動物だけではなく、人権においても狭い理解を示すことにもなりかねない」とニューヨークタイムズの取材に答えた。
本展のキュレーションは、2017年度国際交流基金賞を受賞した、同館アジア美術上級キュレーター兼グローバル美術上級アドバイザーのアレクサンドラ・モンロー氏。展示は6章のテーマに分かれて美術館の1階から6階までの螺旋会場すべてと、2フロアを使った大規模な企画展となった。中国美術を代表する71人の著名作家たちとグループによる約150点もの作品が一堂に披露されるのはアメリカでは初めて。今展はグローバル社会のダイバーシティーにおける美術館の役割や、ポピュリズムが侵食する社会においてあらためてアートのあり方が問われる。
セクション1 Uターン不可:1989
1989年は天安門事件のあった年だ。また北京中国美術館での「チャイナ・アヴァンガルド」展と、パリのポンピドゥー・センターでの「大地の魔術師」展が開催された分水嶺の年となった。90年代に向けて中国の経済も思想も激動の時代の始まりだった背景を見せる。展示は黄永砅の《中国絵画史と2分間洗濯機に入れた簡潔な近代絵画史》(1987/1993再制作)から始まる。そして展覧会タイトルにもなっている《世界の劇場》(1993)とか《橋》(1995)の建築物の融合は美しいインスタレーションとなっている。アイデアは虫や爬虫類を入れて混沌の世界を提示するはずの「世界の劇場」だ。ちなみに混沌は旧漢字では「虫」が重なった字(蠱)だという。この作品はまさに弱肉強食を提示する。
80年代は多くのアーティストや知識人が国を後にした。
セクション2 新しい測定:状況の解析
中国アートで初めてのビデオ作品として知られる張培莉(チャン・ペイリー、1957-、杭州出身)の伝説的作品《30 x 30》(1988)が披露された。鏡を壊しては接着するという行為を3時間繰り返す単調な映像だ。一見無意味な行為は、当時抑圧的な文化革命に続いて激動と再生を経験していた中国のアートシーンにおいて画期的なものだった。やはり移り変わる時代背景が大きな要素となっている。ほかに分析要素のある格子を駆使した、文化革命を意識している王广义(ワン・グワンギ、1957-、ハルビン出身)のポップな作品《毛沢東:赤い格子2》(1988)も印象的だった。毛沢東はウォーホル作品にも度々登場したが「シニカル・リアリスト」と「ポリティカル・ポップ」の象徴だった。
セクション3 5時間:キャピタリズム、アーバニズム、リアリズム
今回の展示作品のなかで一番迫力があり、象徴的だったのが陳箴(チェン・ゼン、1955-2000、上海出身、パリ没)の《急峻な分娩》(1999)だ。天窓から吊られた作品はおよそ20メートルの長さの巨大な龍のような物体だ。端には壊れた自転車が何台もついている。鉄鋼に見える胴体部分は実は自転車のチューブだ。1986年からパリに在住していた陳が1999年に故郷の中国を訪問した際に発想した作品だ。陳は「2000年には百億人が自家用車を持つだろう。中国の車産業競争に参加しよう」という広告を街で目にし、ショックを受けたという。1992年から中国の経済成長は一気に加速していた。そして99年は北京オリンピックを控えた先進国としてWTO世界貿易機関加盟に躍起になっていた年だった。陳の龍は、黒い車を次々に産みながら、痙攣する中国社会と世界的な資本社会の不安を反映し、宙に浮かんでいるのだった。2000年陳は45歳という若さで病死している。
ほかにレム・コールハースの廣州タイムズ美術館の設計プラン(2008)と写真家の刘錚(リウ・ジャン、1969-、武静区出身)の《老齢の北京オペラ女形俳優。北京》(1995)を含むストリート写真シリーズにおいては、都市化が進む社会の格差や社会の闇を顕著に啓示。
趙半狄(ジャオ・バンディ、1966-、北京出身)の《若いザン》(1992)は風変わりな写実絵画だ。くわえ煙草の若い男が狭いベッドで伸びをする光景で画面下にテレビがある。男は退屈そうに見える。これは中国が資本社会に突入する新世代の憂鬱な日常を象徴しているようだ。
セクション4 不確実な快楽:感覚の行為
ヌードを含む、人体をモチーフにしたような作品は穏健なモダニズムであれ、抽象的であれ、制作すること自体が許されなかったという時代背景を無視しても、張培莉の《不確実な快楽 II》(1996)や、徐震(シュー・ジェン、1977-、上海出身)の《レインボー》(1998)には目が釘づけになる。しかし、バイオレンスやセクシュアルな要素ではなく、よりスピリチュアルな時間が流れているのが不思議だ。映像で流れる衝撃的な音は鞭を彷彿とさせ恐怖感が漂うが凶器はなく、皮膚の色だけが変化していく。これは何かの影響により社会は確実に変化するリアリティーを示唆しているのだ。
また艾未未(アイ・ウェイウェイ)の《コカコーラのロゴが入った漢王朝の壺》(1993)とその壺を故意に落とすパフォーマンスの写真はこれまでも世界各地の美術館で展示されてきた代表作。漢時代の壺とアメリカ文化のなんとも痛快な遭遇であった。
セクション5 他の地:移動の狭間
1990年代以降、中国の現代アーティストたちは海外展をはじめ、海外に居住して制作をするようになる。アイデンティティー、四散(移住)、グローバリゼーションがトピックとなった。蔡國強(ツァイ・グォチャン、1957-、福建省泉州出身)、陳箴(チェン・ゼン)などは中国の伝統美と哲学を織り交ぜながら新しいスタイルを確立していったアーティストだ。
陳のインスタレーションは非常に明快だ。《佛倒/福到》(1997)は1997年現代美術センターCCA北九州で制作された作品で、寺を構想したもの。竹が覆う天井から複数の仏像が逆さに吊るされ、竹の中に自転車やテレビや冷蔵庫、車の破片などあらゆるガラクタが埋め込まれている。陳が「宙づりの墓場」だと呼んだ作品は1993年に8年ぶりにフランスから上海に戻った際に着想された。
「東洋世界が欧米と競合しすでに強力な経済、政治ブロックをつくり上げ、紛れもなくこの地域が脱中心化しているばかりか、文化的な意味で非常に激烈な『東西対立の中心的領域』を急速に築き上げたのだと実感した。西洋中心主義のもとにある植民地的な考えに疑問を投げかけ、明解にするため、異質な要素の混合する方法や、西洋において『自分の世界』を確立すべく活動し、現在のアジアがまさに『東西対立の最大の中心』だという事実を自覚しなければならない」(1997年現代美術センターCCA北九州でのプロジェクト構想より)。
タイトルの由来もユニークだ。1995年上海のレストランで福という字が逆さまに掛けられていたのをみつける。友人に尋ねると「字を見るのではなく、読むのだ」と言われ、逆さになった福(福倒)の発音は福が来るという意味だと気がついたという。
「《佛倒/福到》は物質主義的社会のなかで、民族的な因習や迷信、宗教的な儀礼をとおして、東洋の『富を得る』という伝統的な思考はどんな作用を持つのか? 現在のアジアにとって、仏陀と神性や金銭、あるいは政治や権力、さらには精神性とのあいだにどのような意味があるのでしょう。仏陀の存在や精神性と、豊かさへの執着との狭間において、近代社会や文化、独自の政治システムをどう構築していくのでしょうか?」──陳箴(チェン・ゼン)。
また、黄永砅のインスタレーション《バット・プロジェクトI & II》(2003)も注目された作品だ。2001年にザ・バットと呼ばれる米軍偵察機が海南省に緊急不時着を余儀なくされた事件がもとにされている。新しい時代におけるアートと政治学の複雑なリアリティーを提示した。国際化する社会において、アートは誰のものなのかという大きな問いを投げかけている。
セクション6 誰のユートピア:アクティビズムとオルタナティブズ 2008年頃
2008年北京オリンピックが開催された。8月8日午後8時の開会式の秒読み開始は同時に、中国が世界経済のスーパーパワーを手に入れる瞬間だった。中国が多くのメダルを獲得し、新しい時代への展望が期待されたがオリンピック後、バブル経済の崩壊が始まっていた。この章の展示では、艾未未(アイ・ウェイウェイ、1957-、北京出身)特有の超ポリティカルな作品や、火薬を使った絵画制作や花火の作品で知られる蔡國強のオリンピック開会式の花火の記録も展示。
なかでも気鋭マルチメディア作家の曹斐(カオ・フェイ、1978-、廣州出身)のビデオ作品《誰のユートピア》(2006)がすべてを包括しているようだった。曹が育った廣州は工業都市で、都市化がどこよりも早く始まった。アメリカのポップカルチャーや日本のアニメで育った作家の作品は、急速に進む資本社会と人々のギャップを問う。「チャイニーズ・ドリームは誰もがよい生活を約束する。しかし暗い疑問も残る。個人の夢を追求することは果たして許されるのだろうか?
最後に80年代から中国現代美術のパイオニア的存在として活躍した、顧徳新(グー・ダーシン、1962-、北京出身)のインスタレーション作品《2009-05-02》(2009)。赤い文字が整然と繰り返されたパネルのインスタレーションが会場を囲む。これは日本でも有名な中国の思想家魯迅の1918年の名作「狂人日記」からの引用だ。
我は人を殺している我は男も女も殺している我は年寄りも子供も殺している我は人を食べている我は心臓を食べている我は脳みそも食べている我は人を殴って盲人にしている我は人の顔を殴っている
言葉だけを辿れば残虐なイメージが湧き上がる。顧によれば「我」は「私たち」の意味だという。人間社会の矛盾と歪みを問う試みだろうか。顧はこの作品を最後に美術界から去った。
中国の現代概念的芸術と実験的芸術の歩み
──「芸術と中国 1989年以降:世界の劇場」展
Art and China after 1989: Theater of the World
会場:ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
会期:2017年10月6日〜2018年1月7日
https://www.guggenheim.org/