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建築ドローイングとは何か?
──「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s − 1990s」展

米田尚輝(国立新美術館)

2018年01月15日号

一般に、美術館において建築そのものを原寸大で再現展示することは難しい。だから、写真、模型、図面、映像などの建築に関連する「資料」を展示することが建築の展覧展を実現する手法の通例となっている。この限りにおいて、「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s − 1990s」展(国立近現代建築資料館、2017-18)もまた定石とされる方法で実現されている。しかしながら、作品と資料を明確に区別することは実のところ難しいもので、ここでは本展で試されている展示方法の特筆すべき性格を確認してみたい。

相次ぐ建築の展覧会

近年、日本の建築にまつわる展覧会が立て続けに開かれており、そのすべての展覧会においてこうした「資料」を中心に展覧会は構成されている。国内に目を向ければ、「戦後日本住宅伝説 挑発する家・内省する家」展(埼玉県立近代美術館、広島市現代美術館、松本市美術館、八王子市夢美術館、2014-15)は、従来の建築展で頻繁に取り上げられてきた公共建築ではなく、16の日本の住宅を取り上げた新しい展望を示すものであった。また、「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展(MAXXI国立21世紀美術館[ローマ]、バービカン・センター[ロンドン]、東京国立近代美術館、2016-17)もまた、1945年から現在に至るまでの日本の家を対象とし、さらにその起源となる建築を歴史的に探求する意欲的な企画であった。

あるいは、フランスのキュレーター、フレデリック・ミゲルーの企画によって、「ジャパン・アーキテクツ 1945-2010」展(金沢21世紀美術館、2014-15)と「ジャパン-ネス 1945年以降の建築と都市計画」展(ポンピドゥ・センター・メッス、2017-18)という日本の建築展が立て続けに実現されている。また後者と同じメッスのポンピドゥ・センターでは、日本のキュレーター、長谷川祐子の企画によって「ジャパノラマ:1970年以降の新しい日本のアート」展(ポンピドゥ・センター・メッス、2017-18)も開催されており、これはフランスにおける日本の戦後美術の紹介という点で、1986年にパリのポンピドゥ・センターで開催された「前衛の日本 1910-1970」展の続編としても位置づけられる展覧会である。「前衛の日本 1910-1970」展は、タイトルが示すとおり日本の諸芸術分野における前衛の運動を紹介したもので、美術に限らずデザインや建築も対象とし、実際そこには美術家だけではなく丹下健三や磯崎新ら建築家の模型や図面も出展されていた。

こうした中で、本展は、渡邊洋治、磯崎新、藤井博巳、原広司、相田武文、象設計集団、安藤忠雄、毛綱毅曠、鈴木了二、山本理顕、高松伸の11組の建築家によるドローイングを中心に構成されている。1970-90年代に描かれたドローイング、すなわちスケッチ、設計図、施工図、完成予想図などが本展の主たる展示物であり、そこに、磯崎新、藤井博巳、原広司、高松伸のインタビュー映像が加わっている。本展は展覧会タイトルが示しているように「建築ドローイング」に照準を定めており、この点で上記の展覧会と一線を画しているだろう。展示室では、視覚に訴える要素が豊富なドローイングが象徴的に壁面にかけられており、それらに取り囲まれるように展示ケースにはやや小振りなドローイングや書籍が陳列され、中央にはインタビュー映像が流れている[図1]


図1 「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s – 1990s」展示風景
[提供:文化庁国立近現代建築資料館]

建築と美術のあいだ

今日、美術館で開催される建築の展覧会は日本に限らず世界でも珍しいものではなく、美術と建築との接点も幾度となく指摘されてきた。そして日本の建築家たちの仕事を積極的に評価してきたのは、上記「前衛の日本 1910-1970」展を1986年に開催したフランスであり、それに先だって1960年にニューヨーク近代美術館で「幻想の建築」展を開催したアメリカなど欧米諸国の美術館であった。本展と同様、建築に関連するドローイングを中心に紹介した展覧会のひとつに、1984年にパリのポンピドゥ・センターで開催された「建築の像と想像的なもの」展を挙げることができる。そのカタログのエッセイで美術史家のイヴ=アラン・ボワは、バウハウス、ロシア構成主義、デ・ステイルといった20世紀初頭のヨーロッパにおける建築と美術の接点として軸測投影図(アクソメ図)を指摘している★1

彼らの邂逅の具体的な事例のひとつは、1923年にパリのエフォール・モデルヌ画廊で開催された「《デ・ステイル》グループの建築家たち」展である。そこに出品されたテオ・ファン・ドゥースブルフをはじめとするデ・ステイルの美術家/建築家たちの模型や軸測投影を用いたドローイングは、展覧会を訪れたル・コルビュジエを強く惹きつけた[図2]。知られるように、ル・コルビュジエはフランスの土木技師オーギュスト・ショワジーの軸測投影図を高く評価し、著書『建築をめざして』(1923)にもその図版を挿し込んでいる[図3]。そもそも軸測投影図は、対象(=建築)の構造を客観的に把握するための工学的観点を重視した描き方であった。それは、遠近法に基づいて描かれていないがゆえに生じる見かけの歪みを引き受け、その代わりにプロポーションを正確に把握することを可能とした。そして逆説的にも、軸測投影図の美的(=感性的)効果、すなわちその脱中心的な構図の魅惑が、1920年代のフランスで建築家と前衛の画家たちとを引き合わせることとなったのである。


図2 「《デ・ステイル》グループの建築家たち」展示風景
(エフォール・モデルヌ画廊[パリ]、1923)[出典:De Stijl, vol.6, no.6-7, 1924, p.89]



図3 オーギュスト・ショワジー《ハギア・ソフィア大聖堂》軸測投影図(1889)
[出典:Le Corbusier, Vers une architecture (1923), Paris: Flammarion, 1995. p.36]


本展にも、原広司の《原邸》(1974頃)、そして藤井博巳が「宙吊り」と名付けたプロジェクト《等々力邸》(1974頃)や《宮田邸》(1980頃)の軸測投影図が出品されている[図4]。藤井は雑誌『都市住宅』や『a+u』などで、これらドローイングとともに自らの建築理念を発表している。本展のために行われたインタビューで藤井は、建築における建築家の立ち位置について、建築家は主体となるのではなくむしろ中立的なエージェントとしてあるべきだと話しており、この姿勢は、藤井が頻繁に採用した軸測投影図そのものが有する効果と共鳴するものだ。こうした西洋近代の建築と美術の歴史的経緯を考慮すれば、ミゲルーが藤井の仕事を高く評価し、ポンピドゥ・センターのコレクションにも藤井の建築ドローイングや模型が数多く収蔵されていることも理解できるだろう。



図4 藤井博巳《宮田邸》軸測投影図(1980頃)[藤井建築研究室蔵]


作品と資料のあいだ

本展での展示物に目を向ければ、明らかに展示物間でのヒエラルキーが見いだされる。カタログには、展覧会場の壁面に展示された平面だけが採録されており、展示ケースの中に展示されたドローイングやスケッチブックなどは掲載されていない──もちろん物理的な紙面の都合もその理由として考えられる。あるいは、ある建築雑誌は展示ケースに収められている一方で、別のものは鑑賞者が実際に手にとって読むことができるよう配置されている。本展のタイトルにもなっている「建築ドローイング」という呼称はきわめて多義的であるが、建築史家の戸田穣は本展カタログのエッセイで、これには「スタディのためのエスキス(スケッチ)から設計図、施工図、プレゼンテーションのために美しく着彩され陰影を施された完成予想図などが含まれます」★2と述べており、これらを基本に展示ケースの中に、そして「建築家たちは、ときにこのような設計−施工−竣工までのプロセスからは相対的に自立した世界を、紙の上に追求しました」★3という成果物を壁面に展示している[図5,6]。本展で展示の力点が置かれているのは、明らかに壁面に飾られた後者のほうで、「その平面には、建物が竣工するということだけでは必ずしも完結しない建築家のヴィジョンが示されて」★4いるという。


図5, 6 展示風景[提供:文化庁国立近現代建築資料館]

例えば1982-83年に制作された磯崎新の一連のシルクスクリーンや1986-89年に制作された安藤忠雄の一連のシルクスクリーン、1991年頃に制作された毛綱毅曠の「建築古事記」のシリーズは、たしかに鑑賞者の視覚に鮮烈に訴えるものであり、さらに磯崎の一連のシルクスクリーンにはエディションナンバーが付されているのだから、資料ではなく作品と呼ぶにふさわしいかもしれない。作者が作品であると定めればそれは作品であるに違いないのだが、実のところ、それを客観的(=規範的)に判断することは難しい。一般に、美術館では作品を資料よりも高位の審級に従属させている。しかしなんらかの価値判断が介入したところで、資料は作品と同じ審級へと引き上げられることになる。それらは収集、保存、展示の対象となり、美術館ないしは資料館はその使命を全うしなければならない──ちなみに本展には、建築資料館の所蔵資料は一点も含まれていない★5。こうした展示物間でのヒエラルキーは、多くの美術館が今日直面している美術資料のアーカイヴの問題を刺激するアクチュアルな視点も提供しているだろう。

★1──Yve-Alain Bois, “Avatars de l'axonométrie”, in Images et imaginaires d'architecture, Paris: Centre Georges Pompidou, 1984, pp. 129-134.
★2──戸田壌「はじめに──神話を歴史化するために」『紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s − 1990s』展覧会カタログ(文化庁、2017)4頁。
★3──同書、4頁。
★4──同書、5頁。
★5──美術館における作品保存の歴史と問題、ならびにそこから接続されるアーカイヴの問題については以下の研究がある。郷原佳以『文学のミニマル・イメージ──モーリス・ブランショ論』(左右社、2011)30-75頁。


紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s – 1990s

会期:2017年10月31日〜2018年2月4日(日)
会場:国立近現代建築資料館
東京都文京区湯島4-6-15

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