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ビル地下に出現した「原っぱ」──会田誠展「GROUND NO PLAN」

村田真(美術ジャーナリスト/BankARTスクール校長/画家)

2018年03月15日号

今年2月10日から2週間にわたって、東京・青山通りの特設会場で会田誠展「GROUND NO PLAN」が開催された。現代美術の分野のみならず、建築や都市論に関わる専門家の間でも大きな論議を呼び、最終日には入場のため、長蛇の列ができたという。この展覧会は大林財団が始めた新しい助成プログラム「都市のヴィジョン──Obayashi Foundation Research Program」で選ばれて実現したもの。推薦選考委員の5氏(住友文彦、飯田志保子、野村しのぶ、保坂健二朗、藪前知子)の全員一致で決定したという。
長年、東京を拠点にし、この都市の激しい変遷ぶりを目撃してきた村田真氏にこの展覧会について寄稿していただいた。

六本木に暮らしてもう20年以上になるが、この間に街は劇的に変わった。テレビ朝日とその周辺の住宅地は大規模開発されて六本木ヒルズに生まれ変わり、防衛庁の庁舎があった檜町地区は公園もろともつぶされて東京ミッドタウンに変身。かつて陸軍の駐屯地だった東京大学生産技術研究所跡地には中身のない国立新美術館が建った。ほかにも森美術館、サントリー美術館、21_21DESIGN SIGHTなどが次々に開館し、有力なギャラリーが何軒も移転してきたことは喜ぶべきかもしれない。だが、森美術館を最上階にいただく超高層ビルができたおかげで自宅から富士山が見えなくなり、かつて子供とエビ獲りに行った檜町公園の池は魚の棲めない人工池に代わってしまった。また開発に伴い、汚いけど安くてうまかった六本木駅地下の突撃ラーメンは撤退を余儀なくされ、交差点に面していた本屋はYモバイルの店舗になり、3軒あった古本屋は全滅した。

それ以前から六本木は繁華街として栄えていたが、この一連の再開発により客層は一変。以前は表通りを歩いていると「おにいさん、オッパイ揉みほうだい」などと声をかけられたが、開発後はそうしたアヤシゲな客引きは姿を消し(裏通りに引っ込んだだけとの説もあるが)、チャラいガキの集まる薄っぺらな街に成り下がってしまった。「昔はよかった」とはいいたくないけど、確実になにか大切なものが失われていくのを実感する。


© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

混沌をそのまま見せる

大林財団が2年に一度、ひとりのアーティストに理想の都市、斬新な都市計画を提案してもらおうと「都市のヴィジョン」という助成プログラムを始めた。その第1回に選ばれたのが、なぜか会田誠だ。会田と都市との接点といえば、かつてミヅマアートギャラリーで提案した《新宿御苑大改造計画》や、新宿西口にホームレスがたむろしていたころ段ボールで城を築いた《新宿城》以外、あまり聞いたことがない。もちろん主催者側も会田に建築家や都市計画家が考えるような実現可能な理想の都市像など期待しているわけがないので、とりあえず思いっきり暴れてもらってメディアをにぎわせてくれればいいみたいな魂胆だろう。その点、会田もしっかり期待? に応えている。チラシに会田の手書きの(印刷)文が載っているので、ちょっと長いけど引用しよう。

新しい都市のあり方をアーチストに考えさせる──。
今回このような大役をいただいて、もちろん嬉しかったし、がぜん闘志がみなぎりました。当初の予定としては、旧作『新宿御苑大改造計画』や『人プロジェクト』といった、アイロニカルかつ誇大妄想的なプランをさらに拡充し、展覧会タイトルも『会田誠の愚案・暴案10連発以上!』などという軽いノリのものにするつもりでした。しかし実際に考え始めると……おちゃらけてばかりはいられない「現実」が目の前に迫ってきて……
東京、日本、20世紀に先進国と呼ばれた国々、地球……ああ、もはや煮詰まっている……なんなんだこの閉塞感は……新しいものを作るったってタカが知れてる……カンフル剤にもなりゃしない……もはや打つ手なし……
しかし、しかーし!
やっぱりバカなことを考えたい。テキトーなことをフカしていたい。悩んだってしょうがない、なんとかなるさと笑ってすごしたい。
しかし……やっぱり暗たんたる未来予想しか思い浮かばない……。──といった具合に、楽観と悲観、希望と絶望が頭の中を駆け巡るようになりました。なのでその混沌とした頭の中をそのまま見せることにしました。
ツッコミどころ満載! 乞うご批判!
ということで、よろしくお願いしまーす。

これを読むと、会田が一見おちゃらけながら逡巡していることがわかる。本来、真面目で謙虚で正直なのだ。なにより文章が(そして作品も)わかりやすい。ここが重要な点だ。きっとみんなを楽しませたいというサービス精神が旺盛なのだろう。肝心の展覧会はそうした逡巡というか、彼のいうとおり「混沌とした頭の中をそのまま見せる」場になっている。

あえて不得手なボイスに

会場は美術館でもギャラリーでもなく、青山通りに面したフツーのビルの地下1、2階。まず地下1階では、先の《新宿御苑大改造計画》のパネルとジオラマをはじめ、ジャングルを切り拓いて人工物を構築する様子を描いた《人プロジェクト》、東京湾アクアラインの「風の塔」を口がチクワになった女性像「ちくわ女」(相原コージの漫画のキャラクター)に改良する案、地震の多い日本のためのグラグラ揺れるオベリスク《Shaking Obelisk》、官庁街の上空に外国人と英語を話せる日本人だけを集める《NEO出島》案など、旧作・新作を織り交ぜ、とんでもプランを連発。しかしこれらはまだ作品然としているため、会田によれば「フォーマル界(階?)」だそうだ。


© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

これに対し地下2階は「カオス界(階)」。《北海道遷都》《群馬県を巨大湖に》《油絵科出身の猿》《国際会議で演説する日本の総理大臣を名乗る男のビデオ》など、タイトルを並べるだけでも不埒なイメージが広がる新旧の絵画やビデオを周囲に配し、中央の吹き抜けに「セカンド・フロアリズム」と称する構想を開陳。吹き抜けから泥だらけの日の丸を吊るし、床に瓦礫やガラクタを散りばめ、壁にはびっしり手書きの檄文を張り巡らせている。東北の被災地や空爆されたシリアを彷彿させると同時に、2020年のオリンピックに向けて建設ラッシュに湧く東京への痛切な批評にもなっている。


© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

内覧会に会田は帽子をかぶりベストを着た姿で登場した。なんで西部のカウボーイ姿なんだろうと不思議に思ったが、ヨーゼフ・ボイスのつもりらしい。会田によれば「現代美術はデュシャンかウォーホルかボイスのどれかに当てはまるが、自分が不得手なのはボイス」ということで、今回はあえて不得手な、社会に物申す芸術家の代表としてヨーゼフ・ボイスに扮したという。たしかに会田には、デュシャンのように常識を覆して笑いを誘うような作品もあれば、ウォーホルのようにシニカルに世相を捉えた作品もあるが、ボイスのように世のため人のために考えた作品は、先に挙げた《新宿御苑大改造計画》くらいしか思い浮かばない。そういえばこの《新宿御苑大改造計画》、黒板にチョークで書いてあるところもボイスを連想させる。


© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径


© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

原っぱらしく雑然と

さて、今回の最大の呼び物「セカンド・フロアリズム」に触れなければならない。これは乱暴に要約すれば、建築家が都市計画にのっとり巨費を投じて超高層ビルを建てるより、自然発生的に生まれたスラムやバラックのほうが「好き」だから、建物はせいぜい2階建てに収めようという主張だ。開発より自然や芸術を優先する態度は、同じフロアにある《何もやるな》《雑草栽培》《OX半島無人化計画》《元AEONオルタナティブスペース》などの作品名からも読み取れる。ちなみに《何もやるな》の立て看には「都市計画家も建築家もアーチストも何もやるな なるがままに任せよ」と書かれている。

ここで思い出すのは建築家・青木淳の提唱した「原っぱと遊園地」だ。これも乱暴に要約すれば、原っぱとは雑草が生え土管や瓦礫が置かれた空き地のことで、遊び道具はなにもない。だから子供はそこで遊ぶために知恵を絞らなくてはならないが、逆にいえば遊びの可能性が無限に秘められているともいえる。一方、遊園地はあらかじめ遊び道具が備わっているので、子供はルールさえ守れば苦労せずに遊ぶことができる。裏返せばそこにある遊び道具でしか遊べない。つまり原っぱはなにもないがゆえに想像力を働かせる余地があり、遊園地はすでに与えられているがゆえに想像力はあまり必要ないのだ。「セカンド・フロアリズム」を核とするカオス界(階)の提案のほぼすべてが「原っぱ」的であることは、タイトルを一瞥するだけでうなずけるだろう。ただし、それをきちんと作品化して整然と並べたら言行不一致というもの。やはりここは原っぱらしく雑然と、テキトーに投げ出しているのがいい。壁に掲げたおびただしい量の文章が殴り書きであるのも言行一致ゆえのこと。

最初の六本木の話に戻れば、これを原っぱが開発されて遊園地化しつつある過程と見ることができる。その縮図が、ヒルズとミッドタウンの中間に位置する六本木西公園だ。この公園にはかつて山水を模したような起伏地に草木が生え、かくれんぼするには絶好の場所だった。ところがいつのまにか起伏も植栽も取っ払われて、遊具もない平坦な土地になってしまった。これじゃ遊園地にもならないただの更地ではないか。たしかに起伏と植栽は犯罪を呼び込む可能性があり、管理するには見通しのいい更地のほうが適しているかもしれないけど、でもそのために子供の大きな楽しみと可能性を奪ってもいいのか! ……これってやっぱり、昔はよかったと嘆くジジイですかね。


会田誠展「GROUND NO PLAN」

会期:2018年2月10日〜2月24日
会場:会田誠展「GROUND NO PLAN」特設会場
東京都港区北青山3-5-12


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