フォーカス
【ウィーン】歴史と共鳴するコンテンポラリーアート
丸山美佳(インディペンデント・キュレーター)
2018年07月01日号
オーストリアの首都ウィーンは、過去のハプルブルク家の栄光とともにグスタフ・クリムトやエゴン・シーレに代表される世紀末美術やウィーン・アクショニズムなど、芸術においては一昔前のイメージが強いかもしれない。しかし、ロンドンやベルリン、パリなどヨーロッパの現代美術の主要都市に比べるとその規模や量は劣るとはいえ、ウィーンという小さな街にしては多くの(そして比較的安く)芸術を鑑賞できる場所が多い。
街中にはパブリック・アートも多く、第二次世界大戦中に作られたコンクリートの高射砲塔(現在は水族館)の壁面にローレンス・ウィナーによるタイポグラフィ があったり、地下鉄カールスプラッツ駅にはケン・ラムによるインスタレーション、ユダヤ人広場にはレイチェル・ホワイトレッドのオーストリアのホロコースト被害者のための記念碑、アムホーフ広場にはオラファー・エリアソンの黄色い霧が設置されていたりする。2001年にはレオポルド美術館やクンストハレ・ウィーン、ウィーン・ルードヴィヒ近代美術館(mumok)、タンツククォーター・ウィーン(TQW)を含む60を超える複合文化施設ミュージアム・クォーター(MQ)がオープンし、2011年にベルヴェデーレ美術館の別館である現代美術館ベルヴェデーレ21(旧21世紀館)がオープンするなど現代美術やシアターパフォーマンスのための大型施設も多くある。
以前は閉鎖的であったウィーンのアートシーンはここ数年で随分とオープンになり、アーティストや芸術に関わる人々の国際性も豊かになったと言われており、外国人アーティストに対しても積極的に助成金を出してきている。また、古代から近現代のコレクションを持つ大規模美術館からギャラリー、アーティストが運営するオフ・スペースまで現代美術に携わる人々や場所の層が厚いのも特徴であろう。数年前は「新たなベルリン」という言葉を何度も耳にしていたが、家賃や交通費の安さを考えれば、ウィーンはアーティストにとっては手頃な場所とも言える。
また、ウィーン分離派の拠点であったセセッション館の正面に「DER ZEIT IHRE KUNST / DER KUNST IHRE FREIHEIT(時代にその芸術を / 芸術にその自由を)」と掲げられているように、この会館はクリムトの常設展を除くとウィーン分離派の展示ではなく、現代に生きる作家の展覧会が行なわれている。セセッション館がいまでもオーストリアにおける現代美術の発表の場所として機能しているように、ウィーンでは一年を通じてシアターパフォーマンスや音楽フェスティバルと結びついた現代美術のイベントには事欠かない 。街全体を見れば古き良き時代のウィーンが残されているが、そのような大きな遺産とは別にアートコミュニティは活発な動きを見せていると言えるだろう。
しかしその一方で、この国の政治的状況も大きく変化している。オーストリアでは昨年2017年12月に新たな連立政権が誕生し、現在は極右政党が国の政治の一部を取り仕切っている。31歳という若き党首セバスティアン・クルツ率いる中道右派の国民党(OVP)が、元ナチス党幹部によってつくられた極右政党である自由党(FPO)と連立政権を結んだためだ。この二つの政党は移民取締の強化と移民排斥を掲げており、新政権誕生とともに発表されたこの先5年間の方針によると、ウィーン分離派のモットーを引用しながら「現代美術の自由の擁護」と「国家的アイデンティティへの貢献」
が文化政策として述べられている。セセッション館からはそれに反対する声明文が出されるなど、現在のウィーンのアートコミュニティのあいだでは極右政党がもたらす文化の変容が懸念されている。そのような政治情勢とともに、上述したウィーンのアートシーンの状況を踏まえながら、現代美術に関わるいくつかの取り組みを紹介したい。コレクションを現代美術の文脈から見直す
ヨーロッパの近代博物館・美術館の成り立ちを考えるならば、過去にどのようにコレクションが収集されるようになったのか、そしてどのような文脈で紹介され歴史化されてきたかを振り返ることは、西欧白人主義的かつ帝国主義によって強化されてきた制度であるミュージアムの大きな課題として残されている。それは、コレクションを展覧会という形でどう活性化していくかということにも繋がる。
ウィーンにおいてとくに目立つのは、ミュージアムのプログラムでその課題そのものを扱うために、現代美術作家と共同で行なう活動だ。例えば、ブリューゲルやデューラーなどのコレクションで知られる美術史美術館では、2018年6月現在、常設コレクションに介入する形で現代美術作品、例えばフェリックス・ゴンザレス=トレスやケリー・ジェームス・マーシャルを過去の作品と並べる「The Shape of Time(時代のかたち)」展や、マスター・ピースの作品の目の前で演劇やパフォーマンスを行なうイベント「GANYMED NATURE(ガニュメート・ネイチャー)」が行なわれるなど、大胆な方法で過去作品の見方を別角度から焦点を当てている。シーレやクリムトなどオーストリアのモダン・アート・コレクションを持つレオポルド美術館においても、コレクションにゆるやかに接続するような現代美術の展覧会を積極的に開催するなど、コレクションに活力を与えていくための試みが見られる。
また、注目に値するのは、民族学博物館から改名され、昨年2017年にリニューアルオープしたばかりの世界博物館である。「文明化されたヨーロッパ」に対するプリミティブなものとして収集されてきたコレクションが植民地主義の野望を正当化するために使われてきた歴史と正面から向き合うという目的を新たにした。その目的のために、コレクションとは別に、アーティストのレジデンス・プログラムやオーストリア在住の移民系アーティストを招いてヨーロッパ的な語りとは違う形でコレクションを見つめ直す取り組みが行なわれている。現在は、アーティストのリーズル・ポンガーによる植民地主義の大いなる物語を異化するような架空の美術館「The Master Narrative」も仮設されている。積極的に自らが犯し背負ってきた植民地主義とその現代社会における影響について展覧会プログラムを通して再考が行なわれている。
横断的な活動を可能にするオープン・ディスカッションとコミュニティ・スペース
このような美術館が持つ大きな歴史や物語を読み直すために現代美術が積極的に取り入れられ、国や地方行政から現代美術への助成金も多い。また、家賃の手頃さからもアーティストやキュレーターによるオフ・スペースや非営利のギャラリースペースも多く見られる。規模はさまざまだが、ウィーンだけでも常時40以上のスペースがあると言われており、助成金によって成り立っているため数年でなくなってしまうスペースもあるが、長い歴史を持つものもある。
例えば、国立オペラのすぐ裏側にスペースを持つ女性作家協会(VBKÖ)は、1910年に創立された歴史ある団体である。女性が芸術コミュニティから締め出され、教育へのアクセスが困難だった当時から時代は大きく変わったが、委員会メンバーを定期的に交代しながら現在に至っている。経済的かつ教育的な面において女性アーティストを可視化するという発足当時からの目的は今も変わらない。オーストリアにおけるフェミニズムの議論を発展させてきた場のひとつでもあり、デコロニアリゼーションや人種差別、クィアといった幅広い視点から展覧会プログラムが組まれている。
1994年設立されたデポ(Depot)は、「Kunst und Discussion(芸術と議論)」と掲げているように、アートや文化一般に関わるディスカッションやレクチャーを開催するプラットフォームとして、カフェと芸術系の図書スペースを併設したイベントスペースである。とくにアートセオリーとジェンダー、哲学、政治学、社会学にまたがる芸術実践にあわせて、グローバリゼーション、移民問題、ポストコロニアリズム、人種差別、性差別、生命倫理などの議論が、レクチャー、講演会、パネルディスカッション、ワークショップ、セミナーとして頻繁に開催されている。
また、オーストリア北東部のニーダーエスターライヒ州によって運営されているギャラリーだが、積極的にパフォーマンスを展覧会に組み込んでいるのがクンストラウム・ニーダーエスターライヒ(The Kunstraum Niederoesterreic)である。ここ数年はとくに、フェミニズムとクィア系のグループ展やワークショップを開催しており、オープニングやトークイベントにも多くの観客が集まり、ウィーンのアートコミュニティのこの分野への関心の高さが窺える。この関係でいえば、ウィーンに存在する二つの美術大学のうち、ウィーン美術アカデミーには、ファインアート学部の教授陣だけでもアーティストのアシュリー・ハンス・シャイル、レナーテ・ロレンツ、マリーナ・グルジニッチがいるなど、学校全体としてフェミニズムとクィア理論が強く反映されたプログラムやカリキュラムが作られていることにも関わっているだろう。有色人系クィアやトランスジェンダーの人々を含めたアートスペースとしてWE DEY x SPACEが2013年に立ち上げられ、ウィーン市から助成を受けるなど、新たなコミュニティを生成していくための発展も見せている。このような数十に及ぶそれぞれのスペースが独自に横断的な活動を行なっており、オープニングには何件ものギャラリーやスペースをはしごして、情報の交換をしながらアートを鑑賞することができる。
ウィーンでは、古き良きものは単なる権威として存在しているのではなく、批判的な眼差しをもって介入されるべきものとしても捉えられている。そのため、過去の遺産と現代美術が密度をもって混在しているのがウィーンのアートシーンのひとつの特徴である。民族主義やナショナリズムを高揚し、人種差別を加速させる政府が世界的に増え続けているなか、オーストリアはその先頭をきっており、それがどのように文化シーンに影響を与えるかは予断をゆるさない。しかし、今のところは、アートマーケットによって先導されるというよりも、アカデミックな理論や他分野との強い結びつきによって多くの活動が行なわれ、それがアートシーンの地盤を作っているように見える。取るに足らないものから、議論を巻き起こすセンセーショナルな活動までさまざまだが、多くのアートプロフェッショナルにとっては実験的な活動の手応えを試すことが出来る場所である。
ミュージアムクォーター・ウィーン(MQ)
MuseumsQuartier Wien
Museumsplatz 1, 1070 Wien
レオポルド美術館
Leopold Museum
MuseumsQuartier Wien, Museumsplatz 1, 1070 Wien
クンストハレ・ウィーン
Kunsthalle Wien
MuseumsQuartier Wien, Museumsplatz 1, 1070 Wien
レオポルド美術館
Leopold Museu
MuseumsQuartier Wien, Museumsplatz 1, 1070 Wien
ウィーン・ルードヴィヒ近代美術館(mumok)
Museum moderner Kunst Stiftung Ludwig Wien
MuseumsQuartier Wien, Museumsplatz 1, 1070 Wien
タンツククォーター・ウィーン(TQW)
Tanzquartier Wien
MuseumsQuartier Wien, Museumsplatz 1, 1070 Wien
ベルヴェデーレ21
Belvedere 21
Prinz Eugen-Straße 27, 1030 Vienna
セセッション館
Secession
Friedrichstraße 12, 1010 Wien
「The Shape of Time」展
会期:2018年3月6日(火)〜7月8日(日)
会場:美術史美術館
Kunst Historisches Museum Wien
Maria-Theresien-Platz, 1010 Wien
「The Master Narrative」
会期:2017年10月25日(水)〜
会場:世界博物館
Weltmuseum Wien
Heldenplatz, 1010 Wien
女性作家協会(VBKÖ)
Austrian Association of Women Artists
Maysedergasse 2/4. Stock (Lift), 1010 Wien
デポ(Depot)
Breite Gasse 3, 1070 Wien
クンストラウム・ニーダーエスターライヒ
The Kunstraum Niederoesterreich
Herrengasse 13, A-1010 Wien
WE DEY x SPACE
Kandlgasse 24, 1070 Wien