フォーカス
ミュージアムショップ/ミュージアムグッズのいま
大澤夏美(ミュージアムグッズ愛好家)/artscape編集部
2019年01月15日号
美術館や博物館を訪れる体験のなかでの隠れた目玉のひとつとして、近年ますます多くのアートファンの心を惹きつけているのが、ミュージアムショップとそこで扱われる数々のグッズだ。ポストカードや文房具、お菓子といった幅の広さもさることながら、その館のロゴなどが配されたオリジナルグッズや、企画展や館の所蔵作品に呼応して開発されたグッズなど、そこにはただの“お土産”にとどまらない創意工夫が凝らされている。 そもそもミュージアムショップという存在はどのように生まれ、現在の形に変化していったものなのか。ミュージアムグッズ愛好家として活動する大澤夏美さんより、そのヒントとなる「ミュージアムショップ/ミュージアムグッズことはじめ」をご寄稿いただいた。あわせて記事の最後では、全国のミュージアムショップで扱われる商品のなかから、個性豊かなチョコレート商品を網羅的に集めてみた。現在のミュージアムショップ/グッズの多様さ、自由さにぜひ触れていただきたい。(編集部)
ミュージアムショップ/ミュージアムグッズことはじめ
大澤夏美
はじめに
美術館や博物館を訪れる際、館内のミュージアムショップに立ち寄る時間を楽しみにしている方はきっと少なくないだろう。そこで何気なく手に取り、つい買ってしまうミュージアムグッズ。それらに関する知識をもう少しだけ深めてみてはいかがだろうか?
筆者は、大学や大学院で博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究してきた。現在はミュージアムグッズ愛好家として、ミュージアムグッズに関するブログなどを執筆し、イベントに出演するなどして、ミュージアムグッズの魅力を多くの人に知ってもらおうと奮闘している。そんな筆者からのお誘いとして、博物館学や博物館経営論など、少々アカデミックな視点から見たミュージアムグッズやミュージアムショップについてご紹介していきたい。これまで足を運んだミュージアムショップのことを頭のなかに思い浮かべながら、堅苦しく考えず読み進めてほしい。
ミュージアムショップ、ミュージアムグッズとは
まず最初に、ミュージアムショップとは何だろうか。ここでは、先行研究による「博物館が刊行した書籍、出版物や収蔵・展示物に関係のある品物を販売する売り場や、売店のこと」という定義を採用したい(ここで言われる「博物館」のなかには、科学博物館、歴史博物館、美術館などが含まれる)。そこで取り扱うミュージアムグッズについては、「館が所有するコレクションや、館のロゴ、建築デザイン等の財産を活用して開発した館独自の商品と、専門の卸売業者や他館のミュージアムショップ等から仕入れた既存の商品に大別することができる」と定義できる。
日本のミュージアムショップの成立
日本にミュージアムショップが紹介されたのは1970年代と言われており、1977年に開館した国立民族学博物館(大阪)のミュージアムショップがその先駆けとされている。1980年代半ばには、ミュージアムグッズを扱う商業施設やマスメディアを通して、海外のミュージアム事情が一般の人々の間にも広まっていった。1990年には、東京国立博物館(東京)にもミュージアムショップが開設される。1990年代半ば頃より、ミュージアムショップの意義を真剣に考え、運営に取り組み始める地方の公立館も目立ち始めた。2000年代に入ると、特に新設館において、有名レストランをテナントに迎えるなど、館のサービスに付加価値を付けることを戦略的に行なう館も多くなっていく。2007年度からは国立博物館、国立美術館が独立行政法人化し、入館者や収益の増加が求められるようになったため、その流れのなかでミュージアムショップやミュージアムグッズの重要性が再認識されるようになった。
日本の公立の博物館は、もともと利益を上げる必要がなく、販売行為そのものにも歴史がない。加えて、先述のとおり、ミュージアムショップという概念自体が海外から輸入されてきたものだという事情もあり、国内で浸透するのに時間がかかったとされている。にもかかわらず、新設館をはじめとして、ミュージアムショップやミュージアムグッズの開発の動きは急速に活発化しているという指摘もある。
現在では博物館や美術館を紹介するガイドブックにミュージアムショップやミュージアムグッズのページが設けられ、ミュージアムショップやミュージアムグッズだけに特化した内容の関連本も出版されるようになった。博物館におけるミュージアムショップやミュージアムグッズの認知度は年々高まるばかりだ。
「付帯事業」から「サービス事業」へ
ミュージアムショップやミュージアムグッズは、これまで博物館における「付帯事業」としてとらえられ続けてきた。しかし近年では、博物館経営論の観点から、博物館利用者に対するサービス機能としての重要性が語られるようになってきている。
日本では、経営といえば民間企業の営利目的の活動を指すのが一般的である。一方、博物館は一部の事例を除き非営利組織であった。しかし近年では、行財政改革の流れから、非営利組織にも経営の考え方が徐々に浸透してきたため、多くの博物館も、多少なりとも経営やマネジメントに関心を持たざるをえない環境に置かれている。
博物館における利用者サービスは、市民や利用者の満足を得るために欠かせない存在である。そして利用者サービスとして、これまで付帯施設としてとらえられてきたミュージアムショップや、そこで販売されるミュージアムグッズの重要性が改めて認識されるようになってきた。
先行研究でも、「博物館のサービス機能としてミュージアムショップを重視する館が増えてきている」と述べられている。来館者が展示を見た記憶や感動を何らかの形で残したいと思うのは自然であり、ミュージアムショップやミュージアムグッズは、博物館を楽しんでもらうための重要なサービスであると言える。つまり、従来の「売店」「喫茶コーナー」と近年の「ミュージアムショップ」「ミュージアムレストラン」の違いとして、後者には、これまでになかった概念や規模、形態、すなわち博物館の機能として積極的に取り入れられた「経営」の考え方が根底にあるのだ。
また、「ミュージアムの特徴や理念がグッズの品ぞろえやパッケージデザイン、インテリア、販売員の接遇などまで表れて形づくっているのがミュージアムショップなのであり、言い換えれば『ミュージアムショップはもう一つの展示室』なのである」という意見もあり、ミュージアムショップは、利用者に対するサービスという役割を持ちながらも、博物館における教育普及の役割も非常に大きいのである。
筆者が注目するミュージアムショップ、ミュージアムグッズ
筆者が修士論文でミュージアムグッズの開発について調査を行なった際、開発担当者が抱える悩みとしてよく挙げられていたのが、「開発する人員がいない」「予算がない」「時間がない」の3点であった。前述したような、博物館における利用者サービスの大切さを理解してはいるが、なかなか打開策を見つけられていない博物館もある。そんな課題に対抗するヒントが隠されていると筆者が感じる、最近のユニークなミュージアムショップやグッズの事例を紹介したい。
なおここでは、博物館に常設しているミュージアムショップやオリジナルグッズに着目する。企画展ごとに制作されるオリジナルグッズや特設ショップはまた別の機会に紹介したい。
事例その1:岐阜県美術館「ナンヤローネSHOP」
本日 #ミュージアムの女 発売日です。美術館の #ナンヤローネSHOP でも発売しています。コラムや美術館案内も加わり #宇佐江 ワールドがパワーアップです。装丁も凝っています。帯とカバーを外してみると…などその他いろいろあります。 pic.twitter.com/ieZSD1VbeM
— 岐阜県美術館 (@gifukenbi) 2017年9月27日
岐阜県美術館は、平成28年度より美術館事業全体を対象としたプロジェクト「ナンヤローネ」を実施している。「ナンヤローネNo.0」「ナンヤローネNo.1」「ナンヤローネNo.2」とあるなかで、「ナンヤローネNo.2」では、「ミュージアムショップってナンヤローネ」という問いかけから、来館者と「ナンヤローネSHOP」として、ミュージアムショップをリニューアルオープンするという、ワークショップ形式のイベントを行なった。ミュージアムショップを館内の異なる場所へ移動し、来館者とともに商品のディスプレイやショッパーなどを制作していた。
美術館の活動を来館者とともにとらえ直すという点が、このプロジェクトは非常に興味深い。前述のとおり、サービス機能としてのミュージアムショップの実現には困難さが存在しており、各館は試行錯誤している。しかし岐阜県美術館の事例では、博物館全体の課題としてミュージアムショップのリニューアルに取り組むことができたのが大きい。
なかでも「店づくりに来館者が関与する」という点は参考になるだろう。ショッパーづくりなど、いままでミュージアムショップのスタッフが手掛けていた作業を、来館者の知恵や工夫に頼った。結果として来館者の満足度も上がり、ミュージアムショップの存在に親しみを持つきっかけづくりになっているはずだ。
岐阜県美術館は平成30年11月より1年間、改修工事のため休館に入った。「ナンヤローネSHOP」がどのような展開を見せるのか、いまからとても楽しみだ。
事例その1:尾道市立美術館 トートバッグ
にらみ合いー突撃ー防御ー再突破ー捕獲ーお見送り。本日も近所の黒猫と警備の方の攻防がありました。特別展「招き猫亭コレクションー猫まみれ」なので入館を許可したいところですが、作品保全のため、丁重にお帰りいただきました。展覧会HPはコチラ:https://t.co/LJMNYF9Vog pic.twitter.com/11m7mWVr3I
— 尾道市立美術館 (@bijutsu1) 2017年3月22日
広島県立尾道美術館のTwitterに投稿されたこの写真は、2017年3月18日~5月7日に開催された特別展「招き猫亭コレクション猫まみれ展」の際に、館内に「来館」した黒猫とそれを阻止しようとする警備員の攻防を収めた1枚である。尾道市は猫が多い地域だ。その地域の特性がよくわかる1枚で、これが瞬く間に話題となり、SNSを通じて広く拡散された。美術館はミュージアムグッズとしてこの攻防の模様を描いたトートバッグを開発し販売。あっという間に完売した。
トートバッグ発売について、たくさんのリツイート&イイね!ありがとうございます。また多くの暖かいコメントを寄せていただき、スタッフ一同感激しております。トートは『猫まみれ展』開催期間中(~5/7)、ショップにて、注文をお受けします。それぞれのコメントにお返しできず、ごめんニャさい。 pic.twitter.com/SiKWlEEiOj
— 尾道市立美術館 (@bijutsu1) 2017年4月20日
この話題のポイントは、博物館を舞台にした「事件」を面白がるという視点にある。オリジナルグッズ制作の鍵になるのは所蔵品だけではない。所蔵品を含めた博物館全体、さらに、その博物館が存在する地域にまで視野を広げ、グッズ開発の視点を広げる。所蔵品や建築、ロゴなどを使ってどうにかミュージアムグッズをつくるという以外に、その地域の特性まで視点を広げることで、活路が見出せる場合もある。
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少々話が長くなってしまったが、近年のミュージアムショップはただの「お土産屋さん」にとどまらず、ミュージアムグッズもただの「お土産」ではないのだということを、少しでも感じていただけただろうか。今後、ミュージアムショップやミュージアムグッズの必要性に関する議論が深まるにつれ、新たな方向性を打ち出すショップやグッズも登場するだろう。その動向を見守りつつ、皆さんには興味を引くグッズを見つけたらぜひ手に取ってレジに向かってくれると、筆者としても嬉しい。
参考文献
[おまけ]全国のミュージアムショップから、チョコレートを集めてみました
数々のミュージアムグッズのなかでも、製造技術の進歩などにともなって近年特に豊かなバリエーションが生まれているチョコレート商品。バレンタインデーを約1ヵ月後に控えたいま(2019年1月15日時点)、チョコレート探しも兼ねて美術館や博物館に足を運んでみてはいかがだろうか。(編集部/撮影:下川晋平)