フォーカス

【ロンドン】人工知能の不完全性が開くクリエイティビティの扉
──「AI: More than Human」展

日比野紗希(ライター)

2019年07月01日号

AI(人工知能)の創造的かつ科学的な発展をリサーチし、AIと人間の関係性をテーマにした展覧会「AI: More than Human」がロンドンのバービカンセンターで開催されている。


「AI: More than Human」会場風景

2017年にGoogle DeepMindのAlpha Goが、世界最強の囲碁棋士に勝利した初のコンピューターとして、世界的AIブームを呼び起こした。芸術分野で言えば、2018年にパリのAIリサーチャー集団OBVIOUSが開発したAIによって制作された絵画が、世界最大のアートオークション「クリスティーズ」で約43万ドル(約4900万円)で落札されるという出来事が世界を驚かせた。

AIが金融および通信システム、遺伝子配列決定、監視ネットワークシステム、軍事および武器、マーケティング、製造ロボットなどに組み込まれ、私たちの日常生活の中で急速に遍在している。 しかし、そこで語られる多くが、「人間の知 VS 人工知能(AI)」という対立視点に基づく内容で、将来的にAIに仕事を奪われる、AIが人間の知能を超え人間をコントロールするといったようなトピックに偏っているとも感じる。

「AI: More than Human」では200点以上にも及ぶAIにまつわる資料、作品、リサーチを通し、AIと人間社会の関係性を偏重するのではなく、多様な関係性のあり方を考える機会を設けた。



Waterfall of Meaning
[© Google PAIR, Credit : Tristan Fewings/Getty Images]


Google DeepMind, Alpha Go

「ALife」が切り開く世界の見方

「今回の展示でひときわ注目を浴びていたのは、世界的なアンドロイド研究者の石黒浩と小川浩平(ともに大阪大学)、「ALife(人工生命)」の研究者としても知られる池上高志と土井樹 (ともに東京大学)によって開発された人工生命×アンドロイド「Alter 3」。

外界との相互作用により、ロボットが生命感を自ら獲得することができるかどうか、生命とは何かといった根源的な問いを探求するこのプロジェクト。 目の前にいる鑑賞者の動きに合わせ手をあげたり、顔を傾けたりさまざまなジェスチャーをするアンドロイドは、機械と人間とのコミュニケーションの可能性を切り開く。見た目はむき出しの機械だが、時折こちらを見据えてきたり、動きが同調しているような神秘的な瞬間にドキドキしてしまうのはなぜだろう。



Alter 3
[© Hiroshi Ishiguro, Takashi Ikegami and Itsuki Doi, Credit : Tristan Fewings/Getty Images]

「Alter 3」では、人間により近いセンサーシステムや表現能力に加え、身体表現の即時性の向上やダイナミックな動きを可能にしたほか、アンドロイドの美的表現を極限まで追求するために東京大学池上研究室が理論設計し、オルタナティヴ・マシン社が新たに開発したダイナミクス生成エンジン「ALIFE Engine」を世界で初めて搭載している。


ロボットやAIが自動化の歴史を辿るなか、「生命らしさとは?」という原理的な問いから、自然界にいる生物のように、自ら意思や行動を決定していく自律的なシステムの追求を図る「ALife(人工生命)」という分野に近年注目が集まっている。現在AIを取り巻く時に課題にもなっている人間を中心に考えがちな見方ではなく、地球を含めた大きな生態系の中にある自然知性と人工の生命体がどのように当てはまるかを考える過程で、人間は新たな世界の見方を獲得できるのではないか。技術的、芸術的観点に留まらず、哲学、倫理、宗教といった幅広い分野を横断し、社会問題にまで議論が発展するであろうプロジェクト「Alter 3」から今後も目が離せない。

AIが映しだす人種・ジェンダー的なバイアス

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの研究者であり、社会的な重要課題におけるAIシステムのバイアスを軽減を掲げる団体Algorithmic Justice Leagueの創始者でもあるジョイ・バオラムウィーニは、芸術を通じてAIの社会的影響を研究している。 彼女は近年取り組むプロジェクト「AI, Ain't I A Woman」において、商業的に使われているAIの顔認識のシステムが持つ人種・ジェンダー的なバイアスを明らかにしている。



AI, Ain’t I A Woman
[© Joy Buolamwini/ The Algorithmic Justice League, Credit : Tristan Fewings/Getty Images]

ミシェル・オバマ、オプラ・ウィンフリーほか、著名な黒人女性の画像を使い顔認識ソフトウェアが当人を認識するという作品。しかし、現存するシステムの多くが、「有色人種」かつ「女性」である人の顔を認識することが苦手である事実が発覚。バオラムウィーニ自身も有色人種であり、白いマスクをつけている方がAIが彼女を識別する確率が高いという状況を経験している。こうしたバイアスの元凶は、AIシステムのトレーニングを行なうために使用されるデータセットにある。リサーチ結果によれば、AIの自己学習のために読み込まれるデータの大部分が白人男性に偏っているがために、顔認識システムの精度は白人男性の顔に最適化されたものとなっているという。

なぜこのような問題が生まれるのか? 誰がコーディングをしているのか?
AIという視点から社会問題を映し出すこの作品は、AI技術が皮肉にも人間社会に根強く存在する人権・ジェンダー問題を浮き彫りにし、アイロニックな問いを投げかける。

例えば、このようなバイアスを持った自動運転車や法的措置にも関わるような監視システムが実際に適用された世の中はどうなるのか? そしてこの問いの先には、もし仮にこのバイアスが解消されたとして、あなたは大量監視社会が常時行なわれているような環境で生きたいと思うか? といった人間の倫理観に対する率直な疑問をAI技術をとおし、我々にぶつけている。

AIと人間の共進化が生む音楽のかたち

AIと人間の共進化を考えたとき、音楽という分野には非常に興味深い動向が見られる。 本展示においても、音楽を通じて人間とAIの新たなコラボレーションの可能性について考察できる。

Case 1 : Massive Attack

イギリス・ブリストル出身のロバート・デル・ナジャ(aka “3D”)とグラント・マーシャル(aka “Daddy G”)からなるトリップ・ホップの帝王Massive Attack。RealPlayerで無料ストリーミングされた世界初のアルバムで彼らの最高傑作『Mezzanine』(3rdアルバム、1998)。

2018年、『Mezzanine』の20周年を迎え、Massive Attackは科学技術を用いてこのアルバムの再解釈に挑戦している。本展示で彼らが見せたのは、遺伝子情報を使ったリサンプリング、流通システムの構築、そしてAIという新たなミューズとのコラボレーションである。

彼らは、スイス・チューリッヒ工科大学の科学者とともに『Mezzanine』のデジタル・データを合計92万個の短鎖DNAに変換。『Mezzanine』の2進デジタルコードをDNAの4進コード(A、T、C、G)に変換して極小のシリコン粒子内に格納し、スプレー缶に収めた。グラフティといえば、ブリストルグラフィティシーンのパイオニア、ロバート・デル・ナジャのルーツでもある。数千年の耐久力を持つ粒子を含むこの塗料を使えば、遠い未来の世界でもストリートに描かれたグラフティから『Mezzanine』の楽曲を聴くことが可能。現時点の技術では、この遺伝子情報からアルバムを再生するのに約1週間かかるというが、将来然るべきプレーヤーが出てくる可能性は高いだろう。大量のデータの保存・シェアの観点においてデータ駆動型の世界で代替となるストレージソリューションの可能性を示すと同時に、生物が備えるDNAという半永久的なメディアにより音楽が新しいかたちに変容する可能性を示唆する。



Mezzanine
[© Robert del Naja in collaboration with Mick Grierson, UAL, Goldsmith’s College and Andrew Melchior, Credit : Tristan Fewings/Getty Images]

さらに、AIをリミックスプロデューサーに迎えた新生『Mezzanine』を披露。個性豊かなコラボレーターと共に、名曲を産み落としてきたことで有名なMassive Attack。AIとのコラボレーションにあたり、Creative Computing Instituteのミック・グリアスン(Mick Grierson)、ロンドン芸術大学(UAL)とゴールドスミス・カレッジの学生、および3rd Space Agencyのアンドリュー・メルキオー(Andrew Melchior)と共同で生成シンセサイザーを構築するシステムを開発した。『Mezzanine』を学習するAIを備えたニューラルネットワークが、入力されるデータを用いアルバム内の一部分をリミックスした新たなバージョンを創り出していく。さらには会場に設置されたセンサーが鑑賞者の数や距離をはかり、ドラム、ベースサウンドが変化するというリスナーの動きに合わせて音楽が変化するインタラクティブ性も取り入れた。

20年以上前にリリースされた名盤『Mezzanine』を新しい視点で見ることができるプロジェクトは、音楽がAIや科学技術によってどんなインスピレーションを受けどのように進化していくのかという議論を誘発する貴重な機会となるだろう。

Case 2 : Qosmo

今年の「Google I/O」のオープニングアクトに抜擢された「AI DJ Project──A dialogue between AI and a human」★1をはじめ、AIを用いてBrian Enoのアルバム『THE SHIP』のミュージックビデオを手がけるなど、AIに基づいた音楽表現とユーザ・インタフェースの研究に長年取り組んできたメディアアーティスト、DJの徳井直生★2が率いるQosmo

今回発表した新作「Neural Beat Box」ではAIがサウンドコンポーザーの役割として機能し、人間自身が持つ身体的なサウンドを用い音楽をミックスする。

鑑賞者が録音するサウンドをニューラルネットワークが分析し、さまざまなドラムサウンドにセグメント化。分類された音を組み合わせ、ビート・ドラムのシーケンスを生成する。ミックスされる度に、来場者が録音したさまざまなサウンドから生まれる新たなリズム・ビートは不完全性を含み、時に鳥肌がたつ程カッコいい、または奇想天外な面白いビートなど予想を超えた音楽体験をもたらす。



Neural Beat Box [© Qosmo]

音楽史を振り返ると、古代から人間は自身がもつ身体的なサウンドを用い、リズムやビートを刻み、音楽を生み出してきた。このインスタレーションが持つ一連のプロセスは、AIという最新技術を通し、人間自身が音楽をどう作ってきたか、つまりAIが人間の創造性のプロセスを映し出す鏡となる。同時にAIが持つ不完全性が、人間が持つ創造性の拡張する。

「AI自体でなにか生成することに興味はない。AIが人間とは異なる解をはじき出すことで引き上げられる創造性にロマンを感じる。」という徳井。 AIにすべてを委ね、完全性に期待するのではなくAIの持つ不完全性に着目し人間の創造性を探求する。長年、AIと協業してきたQosmoだからこそ、AIと人間の関係性に対して投げかけられる議論がそこにはある。


AI技術は格段に進歩を遂げ、AIが人間社会のなかにますます浸透することは間違いないであろう。その先にあるのは科学技術によって淘汰された社会なのか? AIやAlifeといった科学技術が人間のイマジネーションを喚起し、我々に新しい世界の見方をもたらす時、科学技術によって多様性が生まれる社会が生まれるのではないか。200近くの作品を通し、多くの問いを我々に投げかける展示であろう。


★1──人間とAI、2人(?)のDJがお互いに曲をかけあうプレースタイル「Back to Back」をとおして、人間とAIの対話を目的としたプロジェクト。アルス・エレクトロニカ2018インタラクティヴ・アート部門Honorary Mentions受賞。
★2──2019年4月に慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授に就任、Computational Creativity Labをたちあげ、アカデミックな展開もスタートさせた。また同年、Dentsu Craft TokyoのHead of Technologyにも就任。

AI: More than Human

会期:2019年5月16日(木)〜8月26日(月)
会場:Barbican Centre
Silk Street, London, EC2Y 8DS

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