2020年11月15日号
次回12月1日更新予定

フォーカス

【インドネシア】赤道から世界へ──現代美術の主要エリアから

廣田緑(アーティスト、国際ファッション専門職大学国際ファッション学部准教授)

2020年11月01日号

2019年2月、ドクメンタおよびフリデリチアヌム美術館は、2022年に開催が予定されているドクメンタ15の芸術監督に、インドネシア、ジャカルタを拠点に活動するアーティスト・コレクティヴ、ルアンルパ(ruangrupa)を任命した。ドクメンタがアーティスト・コレクティヴを芸術監督に選出したことが初めてならば、アジア諸国からの任命も史上初めての事である。
東南アジアの現代美術は、80年代後半のグローバリズムの流れに乗り、欧米やオーストラリア、日本から関心が向けられた。福岡アジア美術館や国際交流基金アジアセンターはこの頃から積極的に東南アジアの現代美術を紹介している★1。それから30年がたったいま、インドネシアのルアンルパが、世界的権威ともいえるドクメンタの芸術監督に任命されるというニュースは、国際的なアートワールドでも驚きをもって受け入れられることとなった。
本稿では、東南アジア現代美術の代表となりつつある、インドネシア現代美術の動態を知る第一歩として、現代美術の活動場で開催される展覧会を各地域から紹介する。

インドネシア現代美術──主要な活動エリア


広大な国インドネシアにおいて、現代美術の活動が行なわれる範囲はほんの一部といえる。首都ジャカルタ、バンドゥン(西ジャワ)、ジョグジャカルタ(中部ジャワ)、そして国際的な観光地であるバリが主たる現代美術の活動域である★2。西からスマトラ、ジャワ、カリマンタン、スラウェシという大きな島と、1万千以上の島々から成るインドネシアのなかでも、現代美術の活動が積極的に行なわれているのは、ほぼジャワ島だけだということをまず押さえておきたい。



バンドゥン工科大学美術デザイン学部校舎 [筆者撮影]


次にアーティストを育てる美術教育機関をみていこう。国立の芸術院(ISI:Institut Seni Indonesia)はパダンパンジャン(西スマトラ)、スラカルタ(中部ジャワ)、ジョグジャカルタデンパサール(バリ)にあり、美術学部と音楽学部を有する。もっとも開学の早いジョグジャカルタの芸術院からは、近代絵画の巨匠から海外で活躍する現代美術作家まで多くのアーティストが生まれている。西ジャワの州都にあるバンドゥン工科大学(ITB:Institut Teknologi Bandung)も、インドネシアのアートワールドに重要な役割を果たしてきた教育機関である。1950年代からオランダ人の指導者を採用し、西洋的美術教育を行なってきたITBは、設立当時から現在までキュレーター、アーティストを多く輩出している。古都のジャワらしさを前面に出した表現をするISIジョグジャカルタ校と、西洋の美術教育による都会的な表現のITBは開学から現在まで、常に比較されてきた。上述のイメージには歴史的・地理的背景も伴い、現在でもその違いを見出すことができる。この2大学のほか、首都ジャカルタのタマン・イスマイル・マルズキ公園(Taman Ismail Marzuki)内に設立され、舞台芸術、芸術、映画&TVの3学部を有するジャカルタ芸術大学(Institut Kesenian Jakarta)からは、一線で活躍する映画監督、デザイナー、アーティストが育っている。



バンドゥン工科大学美術デザイン学部校舎から庭を見る [筆者撮影]




インドネシア芸術院ジョグジャカルタ校、版画専攻スタジオ [筆者撮影]




インドネシア芸術院デンパサール校、絵画専攻スタジオ [筆者撮影]


ここまでジャカルタ、バンドゥン、ジョグジャカルタの3大学だけを紹介したが、国内外で活動するアーティストのほとんどが、いずれかの出身であることを見ると、現代美術の活動エリアが限定されていることが理解できるだろう。

現代美術の活動エリア


2013年頃のルアンルパ拠点の様子 [筆者撮影]


前述のルアンルパは、2001年にジャカルタ芸術大学と国立芸術院ジョグジャカルタ校出身者6名で結成したアーティスト集団である。結成当初から、首都ジャカルタで同世代のアーティストを巻き込んで活発に活動してきた。その活動範囲はレジデンス・プログラム、ワークショップ、展覧会企画、討論会、ラジオ放送などと手広い。ルアンルパが企画開催するさまざまなイヴェントのなかでも、多様なジャンルの関係者が一堂に集まってクリエイションを発表し合う場となっているOKビデオ-インドネシア・メディア・アート祭(OK Video-Indonesia Media Arts Festival)は、海外のアーティストも参加する活気あるイヴェントだ。

2003年の開始当時は、インドネシア・ナショナル・ギャラリー(Galeri Nasional Indonesia)で開催されたが、ルアンルパがこうしたイヴェントを開催するのに充分な広さの活動拠点をもつようになってからは、拠点が会場となっている★3。隔年で開催されるOKビデオでは、メディア・アート作品の展示のほか、メディア・アートに関する研究やアーカイブの紹介、ワークショップ、討論会など、作品の文書化、収集も行なっている。メディアアートのジャンルでは、国内最大のイヴェントとしてのポジションを確立している★4



2017年のOK VIDEOインドネシア・メディア・アート祭のポスター [写真提供:OKビデオ実行委員会]



OKビデオ-インドネシア・メディア・アート祭の様子、サリナ倉庫エコシステム、2017 [撮影:Jin Panji]


アートの見本市──アートジョグ(ARTJOG)

インドネシア教育機関の学年度末にあたる6-7月に行なわれるジョグジャカルタ芸術祭の関連イベントとして2003年に始まったジョグジャ・アートフェアはその後、アーティストとコレクターを繋げる場となり、2010年の第3回からアートジョグ(ARTJOG)と名称を変える。年を重ねるごとに規模を拡大し、毎年80名近いアーティストが出品している。過去にはチームラボ(2014年)、オノヨーコ(2015年)も招待されている。アートジョグは、それまで市民とは無縁の、アート関係者だけが鑑賞するというイメージだった現代美術展を、市民が楽しめるイヴェントへと変容させた。会期中はジョグジャカルタ市民が中高生の友達同士、カップル、家族連れで訪れ、「面白く(lucu)」「カッコいい(keren)」作品の前で撮影し、インスタグラムに投稿している。

2020年、各都市のさまざまな美術展が新型コロナウィルスのため開催を諦めるなか、アートジョグは「回復力(RESILIENCE)」をテーマに、8月8日から10月10日まで開催に踏み切った。開会式はYoutube、Instagram、Twitter、Facebookの「artjog」のアカウントからライブ配信され、会期中の討論会、パフォーマンスなども会場に行かずして参加できる工夫を凝らした。そして10月10日夜、閉会式がオンライン配信で無事終了したばかりである。コロナ禍におけるアート発信の方法を探るうえでも、興味深い試みだったといえる。



ARTJOG Resilience会期中に行なわれたアーティスト・トークをオンライン配信する様子 [写真提供:ARTJOG撮影チーム]


ARTJOG Resilienc会場となったジョグジャカルタ・ナショナル・ミュージアムでの展示風景 [写真提供:ARTJOG撮影チーム]


観光の島からの発信──アート・バリ

アートジョグはジョグジャカルタ芸術祭の同時開催ということもあり、それまでは一部の特定の層にしか理解できないというイメージのあった現代美術展を、一般の老若男女が楽しめる文化イヴェントに変えた。ジョグジャカルタのアートスペースはここ数年、アートジョグの開催時期に合わせて展覧会を予定するほどである。国外の美術関係者も、インドネシアの現代美術について調査するならアートジョグかジョグジャ・ビエンナーレに日程を合わせようとすることが多い。





2018年アート・バリ会場と屋外展示作品 [撮影:成瀬潔]


アートジョグの成功を背景に、現代美術の支援機関を設けた政府は、集客可能な次なる大規模展覧会の会場として、バリに白羽の矢を当てた。2018年10月にバリで開催されたIMF年次総会世界銀行グループ2018に合わせ、国外の観光客が多い高級リゾート・エリア、ヌサドゥアに展示館を建設し、バリ芸術文化を世界に発信することを目的にアート・バリ(ART・BALI)が始まった。アートジョグがインドネシアの現代美術作品と、国外招待作家の作品を展示するのに対し、アート・バリはバリ在住作家に焦点を当てつつ、国内外で活躍するインドネシア人作家の作品を展示している。第3回目となるはずの2020年は、コロナの影響で開催を断念した★5

都会のネットワークづくり──バンドゥン・コネックス

ジャカルタ、ジョグジャカルタ、バリで大規模な美術展が開催されるいっぽう、バンドゥンではそれらとは異なる現代美術の新たな動きがある。バンドゥン在住のキュレーター4名の発案で2018年に発足したバンドゥン・コネックス(BDGconnex。BDGはBandungの略)は、展覧会、ワークショップ、討論会の情報を共有するハブとして始まった。バンドゥンの美術愛好家、アーティスト、アートコミュニティ、ギャラリー、文化施設などを結ぶネットワーク形成を目指している。

ウェブサイトには「展覧会(shows)」、「アートスペース(venues)」、「作品(art works)」、「アーティスト(artists)」のコンテンツがあり、バンドゥンのアートに関する情報が網羅されている。はからずも新型コロナウィルスが蔓延し、各地で大型展覧会の延期が決まるなか、バンドゥン・コネックス主催の「第3回バンドゥン・アート月間」は「新たな標準(Normal Baru)」をテーマに8月20日から9月20日に開催された★6。会期中にバンドゥン市内で開催される展覧会、討論会などの情報はすべてバンドゥン・コネックスのウェブサイトとインスタグラムの@bdgconnex@bandungartmonthに集められ、オンライン、オフラインで多くの人々が各イベントに参加した。

バンドゥン・コネックスは前述のOKビデオやアートジョグとはまったく異なるスタイルではあるが、バンドゥンという土地柄に合わせた地域密着型ネットワーク形成を実現している。こうした方法は、とくにこのコロナ禍、まさにアート情報発信の「新たな標準」を探るひとつの道を示している。

インドネシアのビエンナーレ

次に発表の場である美術展の状況を見ていこう。インドネシアで「ビエンナーレ」という名称を付した最初の展覧会は1975年、ジャカルタで開催されたジャカルタ絵画ビエンナーレである。しかし隔年で開催されるべきところがさまざまな障害によって実現せず、1998年に第11回が開催されると2006年の第12回までに8年のブランクがあるなど、定着した展覧会とはいえない。2020年に予定されていたジャカルタ・ビエンナーレは新型コロナウィルスのため、2021年に開催延期を決定した。いっぽうジョグジャカルタでは、1988年に第1回ジョグジャカルタ絵画ビエンナーレ展が始まると、以降は比較的スムーズに隔年で開催を継続している。2010年には継続した運営のためにジョグジャカルタ・ビエンナーレ財団が発足し、海外の美術関係者を招待して国際的なレベルを担保した質の高い展覧会を開催している。第16回となる2021年には、東南アジア諸国からキュレーターを迎えて開催が予定されている。

2000年以降、インドネシアの各都市で新たなビエンナーレが始まった。それらを挙げると、ジャカルタで開催されたCPビエンナーレ(2003、2005のみ)、東ジャワ・ビエンナーレ(2005-)、バリ・ビエンナーレ(2005のみ)、スマトラ・ビエンナーレ(2012-)、マカサール・ビエンナーレ(2015-)、中部ジャワ・ビエンナーレ(2016-)、バンテン・ビエンナーレ(2017-)がある。2020年にも新たなビエンナーレ開催の動きが数か所で起こったが、新型コロナウィルスの影響で、開催に至った例は見当たらない。

後続のビエンナーレがジャカルタ・ビエンナーレやジョグジャ・ビエンナーレと異なるのは、ビエンナーレの名称に冠する地名が表わす範囲だ。ジャカルタ、ジョグジャ(カルタ)が行政区でいうところの市程度の大きさであるのに対し、東ジャワ、バリ、中部ジャワというのは州である。日本に置き換えれば北陸ビエンナーレ、九州ビエンナーレというイメージに近い。州の名を冠したビエンナーレでありながら、会場は州都の公立施設と周辺のギャラリーに限定されることがほとんどで、関係者からは不満の声も聞かれた。そうしたなか、2019年に開催された第8回東ジャワ・ビエンナーレは、それまで東ジャワ州都スラバヤの公立施設と周辺のギャラリーのみを会場としていたことを見直し、東ジャワ州の16市で会場を設定した★7



第6回東ジャワ・ビエンナーレ会場入り口の様子 [撮影:Agus Koeciank]


各地域で新たにビエンナーレが始まった時期をみると、明らかに2000年初頭に起こった現代美術市場ブームの勢いに背中を押された感がある。アートジョグが市民を巻きこみ入場料や作品売り上げで利益を出している成功例を見て、地元でも同様の展覧会を作りたいと思ったアート関係者の熱意もあるだろう。しかし、なかには1~2回しか続かなかったものもあり、地方におけるビエンナーレの継続した運営が容易ではないことがわかる。こうしたビエンナーレが行政と民間の支援を受けながら開催を継続し、地域に根付いた美術展としての機能を維持することで、ローカル性をもった現代美術の活動に活力を与える効果が生まれることに期待したい。


本稿では、インドネシア現代美術のガイダンスとして、まずは抑えておきたい美術展を簡単に紹介した。インドネシアの多様性を象徴するかのように、各地域でローカル性を生かした活動が行なわれていることが、少しでも伝わっただろうか。いずれ機会があれば、美術展だけではなく、個々のアーティスト、コレクティヴのアート実践についても記したいところである。

インドネシア現代美術が生まれ発展した過程、アーティスト・コレクティヴの結成を助けるインドネシアの歴史的・文化的素地について、16年の参与観察からまとめた筆者の著書『協働と扶助のネットワーク:インドネシア現代美術の民族誌』(仮題、2021年度刊行予定)も参考にされたい。


★1──福岡アジア美術館は1999年開館だが、福岡市美術館での作品コレクションが礎となっており、国際交流基金アジアセンターは1990年にASEAN諸国の文化紹介事業を実施をする目的で開設されたアセアン文化センターが改組されたものである。2014年に同名称としてあらためて開設された。福岡アジア美術館「収集方針」https://faam.city.fukuoka.lg.jp/collection/policy/ 国際交流基金「沿革」https://www.jpf.go.jp/j/about/result/ar/2003/img/ar2003-02-01.pdf 国際交流基金アジアセンター https://jfac.jp/
★2──現代美術を経済活動だと見るならば、コレクターの多い東ジャワのスラバヤを含めることも可能である。
★3──2018年まではサリナ・エコシステム倉庫ルル・ギャラリーを会場としていたが、拠点を移してからはまだ開催がない。
★4──2019年はルアンルパが拠点を移す時期と重なり、開催していない。2020年の開催予定は新型コロナウィルスの影響により延期されたが、次回は80年代の音楽とテクノロジーをテーマに準備が進められている。
★5──関係者のアスウィノ・アジによれば、2021年に延期するとは決定したものの、スポンサーなど後援者の問題があり、未定な部分が多いという。
★6──第1回、第2回のアート月間はデジタルカタログが配信されている。https://issuu.com/bdgconnex/docs/buku_acara_bdgconnex/ https://issuu.com/bdgconnex/docs/ecatalogue_2ndbdgartmonth2019/
★7──インスタグラムのアカウント@jatimbiennale8を参照。

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