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【NY】2020年のアートシーンをふりかえる

梁瀬薫(アート・プロデューサー、アート・ジャーナリスト)

2020年12月01日号

こんな年がくるなんて。
アメリカの2020年といえば新型コロナウィルス、Black Lives Matter(BLM)、異例のアメリカ大統領選に尽きるだろう。
米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計ではアメリカの新型コロナウィルス感染者は11月に入り、一日15万人以上と記録が更新された。死者は26万5千人を超えた(11月29日現在)。コロナ禍ロックダウン2カ月を過ぎた5月には、ミネアポリスで起こった「ジョージ・フロイド事件」を受け、抗議運動デモが全米に広がっていった。そして11月の大統領選は大激戦の末に、民主党バイデンが勝利宣言。

ニューヨークでは3月初めに新型コロナ感染症患者が確認されてから、その2カ月後には死者が1万8千人に上った。瞬く間に世界のエピセンターとなり、生活が一変した。3月中旬からロックダウンとなりビジネスも学校もブロードウェイも美術館もレストランもすべてが閉鎖されたのだ。からっぽになったニューヨークの5月31日深夜には、BLMの抗議デモに加えて略奪と破壊が起こりカオス状態に陥る。5番街のブランドショップなどには一斉に板が貼られ、もはやマンハッタンとは信じ難い光景だった。9月末にようやくロックダウンも緩和され、美術館やギャラリーなども再オープンを始めたが、現在コロナ第2波に襲われている。12月にはワクチンの提供が始まると報道されているが、一朝一夕にはいかなそうだ。これから長い冬を迎えるこの都市はこの先どうなっていくのだろう。
劇的な2020年のアートシーンを振り返ってみよう。



Yoko Ono Dream Together、メトロポリタン美術館

美術館休館から再オープンまで


ロックダウンを受けて、3月中旬にはアメリカ中の美術館がシャットダウンとなった。恒例の春のアートフェアであるアーモリーショーの開催後だった。全米美術館アライアンスの調査では、6月の時点で全米622館の44パーセントが職員を解雇、一時解雇、あるいは無給休暇させている。そして16パーセントの美術館が今後の開館めどが立たないという状況★1

今年150周年を記念するメトロポリタン美術館は、8月末には400ものポジションが削減。分館のメットブロイヤーは閉館。グッゲンハイム美術館も一時的に90人以上の職員が無給休暇★2、ブルックリン美術館は運営を継続するため収蔵作品の一部をオークションに出すなど、主要美術館も厳しい状況が続いた。しかし8月27日にはMoMAが、29日にはメトロポリタン美術館が5カ月半ぶりに一般公開を開始した。入場は予約制で、時間指定、人数制限とマスク着用、入り口での検温が義務づけられた。そして10月にはニューヨークの100館近い美術館がほとんど再オープンした。この裏では多くの失業者も出たが、アメリカ政府が3500億ドルの予算を投じた中小企業への経済対策PPP ローン(Paycheck Protection Program)、NEA(米国芸術基金)の7500万ドルの公的援助をはじめ、ポロック・クラズナー基金といったプライベートファンドの援助がある。ホイットニー美術館とグッゲンハイム美術館も500万ドルから1000万ドルの融資を受けた。ちなみにホイットニー美術館の2021年開催予定のバイアニュアル展とジャスパー・ジョーンズ回顧展は翌年22年に延期が決定している。

ほかにアメリカ3州の非給与アートワーカーに緊急支援金が用意された★3ヘレン・フランケンサーラー財団を含む4つの財団が、経済被害が甚大なニューヨーク州、ニュージャージー州、コネチカット州のアートワーカーのためにひとりあたり2000ドルを緊急支援している。

政治とは裏腹に、国が社会と生活に芸術の必要性を理解していた。



2020年8月26日、メトロポリタン美術館の再オープンの行列 [筆者撮影]

美術館オープン展から

メトロポリタン美術館

「メイキング・ザ・メット1870-2020」は150周年記念の特別企画展で、パンデミックで期間が変更されての開催。150年の歴史というよりハイライトが凝縮されて見ごたえのある展示になっている。イサム・ノグチの彫刻作品からドガの踊り子、そして日本の鎧まで250点もの多種多様な作品が一堂に集結。見たことのある名作も多いが、時代や文化を超えた意外な見解ができるユニークな展示構成。一点一点の作品が持つ素材、歴史の重みや存在感が美術館の空間を埋める。またセントラルパーク越しにミッドタウンを望む、ルーフトップ・ガーデンの作品《ラティス・デトゥア(Lattice Detour)》がとりわけ印象に残った。メキシコ人アーティストのヘクター・ザモラによるレンガの長い壁。トランプ政権が公約したメキシコ国境の壁だと誰もが直感する。移民によるアメリカ社会の分裂をシンプルに啓示した。8月26日のプレス内覧会でスタッフから「ウェルカムバック!」と声をかけられ、目頭が熱くなったのは筆者だけではあるまい。



Héctor Zamora Lattice Detour [筆者撮影]

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館

「カントリーサイド、ザ・フューチャー」展は今年2月にオープンし、一カ月も経たないうちにクローズしたが、10月3日再オープンした。建築家でアーバンプランナーの巨匠レム・コールハースと建築デザイン事務所OMAによる「カントリーサイド(田舎)」についての論考展。都会ではない地域における環境、政治、経済の変化などを多角的に研究・調査して、その論考を螺旋展示場を駆使して独特なビジュアルで展開した。美術展というより社会学論の提示となった。いま、コロナ禍で都会から田舎へ移住する人々が増えるなか、この時期を予測していたかのようなタイムリーな企画となった。



「Countryside, The Future」展 展示風景、Solomon R. Guggenheim Foundation [筆者撮影]


新しいプラットフォームでのアート鑑賞

オンラインの新しいプラットフォームはこれまでにもGoogle Arts & Cultureなどが手がけてきたが、ロックダウン下にはどの美術館もヴァーチュアルツアーやレクチャーシリーズ、子供向けの教育的なプログラムなどを次々に展開。全米75パーセントの美術館が子供と親、教師向けに教育システムを提供した。

メトロポリタン美術館は「アート・アット・ホーム」というプログラムだ。文字通り「アートを家で」と名付けられ、リビングルームでの美術鑑賞を体験する。展覧会や美術史、コレクション、そして5千年の気の遠くなるようなアートの歴史を楽しくじっくり紐解いていく。



メトロポリタン美術館「アート・アット・ホーム」のサイト


MoMAはオンライン授業を提供。アート&アクティビティー、デザインとしてのファッション、写真を通して見る、現代美術とは、などの学習コースがある。美術大学並の内容が無料で受けられるのは嬉しい。

ホイットニー美術館のプログラムもかなり充実した内容で「ホイットニー・フロム・ホーム」ではテーマ別の美術史から、美術と社会との関わりを学ぶ。アメリカ美術と文化との比較レクチャーやトーク、映像鑑賞など多岐に及ぶ。年齢を問わず楽しめる「おうちでアート制作」も人気だ。

10月にはほとんどの美術館がオープンしたが、その後も引き続きオンラインでのプログラムは続けられている。

パンデミック下のアートプロジェクト

コンピューター・ソフトウェア会社「Adobe」のアートプロジェクト「#HonorHeroes」がSNSで話題になっている。医療、物流、販売などに従事するエッセンシャル・ワーカーへの謝意と敬意を表するプロジェクトだという。世界中のアーティストとコラボする企画で、エッセンシャル・ワーカーを題材とした作品が順次発表されている。第一弾はアメリカのストリートアーティストのシェパード・フェアリーによる作品。



Adobe「#HonorHeroes」のプロジェクトサイトhttps://www.adobe.com/heroes.html Shepard Fairey Guts not Glory


ニューヨークのクイーンズ区アストリアにあるミュージアム・オブ・ムービング・イメージでは4月にライブストリーミング・イヴェント「ROOM H.264: Quarantine, April 2020」を開催。スカイプで将来の映画トークをドキュメンタリーにして配信した。NetflixやHuluの需要が急激に増えるなか、未来の映画シーンはどう変わっていくのか考えさせられる。

世界中のオークションハウスもすべてがオンラインとなった。フィリップスでも5月にニューヨーク市の貧困層を支援する団体「ロビン・フッド」への寄付のためのオンラインセールを開催した。また、サザビーズはギャラリーの作品販売のためのオンラインプラットフォームを設立。15万円までの作品はサザビーズのサイトから直接購入が可能。ギャラリーは出店費用不要で、作品販売時に一律の手数料が引き落とされる仕組みだ。ほかに10月にはニューヨークのキース・ヘリング財団が、作家が生前(80年代)に蒐集した数々の貴重な作品群をサザビーズのオンラインオークションに出展し、話題となった。売り上げは市内のLGBTQコミュニティーセンターに寄付された。



サザビーズのオンラインオークション「Dear Keith」 展示風景 [筆者撮影]


また、パンデミックの関連によるアジア人差別も急増しているなか、ブルックリンの地下鉄駅構内やマンハッタンの地下鉄のデジタル看板に表示された鮮やかな色彩で描かれたアジア人の肖像画のポスターが市民の目を引いた。これはニューヨーク市人権委員会(NYC Commission on Human Rights)によるパブリックアートで、ブルックリン在住のアジア系アメリカ人アーティストのアマンダ・フィンボディパッキヤによる「私たちの街を信じている」と名付けられたシリーズだ。肖像画には「私はスケープゴートではない」「あなたを病気にしたのは私ではない」などが書かれている★4

BLMとアート

BLMは2012年2月フロリダで17歳の黒人少年トレイボン・マーティンが警察官に射殺された事件を発端に、2013年にSNSでハッシュタグが拡散されて始まった運動だ。黒人に対する暴力と人種差別を訴え、世界中で反響を呼ぶ運動となっている。今年の5月25日、ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドが警察官により不当に殺害され、抗議運動デモが全米に広がった。アート界もすぐさま賛同し、作品制作や関連する展覧会などが全米各地で繰り広げられている。ニューヨークの主要美術館でもSNSでの追悼、不当に殺害されてきた黒人の名前を掲げるなど、積極的に賛同。大手ギャラリーのデヴィッド・ツヴィルナーやハウザー&ワースなども同事件に抗議し、人種差別を批判している。とりわけ全米中のストリートアーテイストはミューラルの制作や、プロテストの暴徒化で略奪防御用にショップのウィンドウに貼られた板などを使い、同運動の拡大に一役買っている。夏にはアーティストやデザイナー、若者たちの集団などが集まり、5番街のトランプタワーの前、ローワーマンハッタンとハーレムにパブリックアートを制作した。ニューヨーク市長デブラジオ氏も自ら制作に参加している。



Black Lives Matter on Fifth Avenue, NY(NBC News より)


またファッション雑誌ヴォーグ9月号の表紙に現代美術家が起用された。ニューミュージアムで作品展示が予定されている注目の若手アーティスト、ジョーダン・カスティールとベテラン作家ケリー・ジェームス・マーシャルだ。カスティールはアクティビストのオーロラ・ジェームズの肖像画を描いた。マーシャルは架空の黒人女性を被写体にし、美を強調している。カスティールは「私自身のアイデンティティが反映される人物を自分が選択した媒体で描く。私はヒューマニティと人間性を世界に伝えています。私は現在進行形の社会の変化に参加しているのです」とヴォーグ誌に寄せている。現代社会が多様性を認めるためにアート界は全力で訴え続けているのだ。



『ヴォーグ』2020年9月号の表紙 左:ジョーダン・カスティール 右:ケリー・ジェームス・マーシャル

2020大統領選

今回の大統領選をめぐっては、共和党トランプ大統領と民主党バイデン元副大統領との激戦が繰り広げられた。アメリカ建国史上最高の投票率で、期日前投票も1億人を超えた。大接戦の末にバイデン氏の当選が確実となる。11月23日からは激戦州で勝敗を認定する手続きが本格化するが、それでもトランプ大統領は法廷闘争を続けるとみられる。トランプ氏だけでなく、敗北を認めない熱烈な支持者がいること自体、この国の深刻な分断を物語っている。なんとも異例な事態である。全米のメディアとアート界の多くの人々は白人至上主義を容認するトランプ政権にはうんざりしており、黙ってはいられないアーティストたちが国民に投票を促す作品を提示した。ジェニー・ホルツァー、ナン・ゴールディン、シンディー・シャーマン、キャス・バードなどが名を連ねており心強い。



ジェニー・ホルツァー・スタジオによる「You Vote」キャンペーン

さておき、バイデン氏の勝利で初の女性で、初の黒人の副大統領が誕生することになる。エポック・メイキングな希望的瞬間だ。バイデン氏の勝利演説で印象的だったフレーズを抜粋した。


分断ではなく、結束を目指す。赤い州(共和党)、青い州(民主党)ではなく、あるのはひとつの合衆国だけです」 「歴史上で最も広範囲な、最も多様な連携でした。民主党員、共和党員、無所属の皆さん、そして進歩派、穏健派、保守派の皆さん。若者も、お年寄りも、都市に住む皆さん、郊外の皆さん、地方で暮らす皆さん。同性愛者も、異性愛者も、トランスジェンダーの皆さんも。白人、ラテン系、アジア系、ネイティブアメリカンの皆さん。そんな連携です。とりわけ、選挙運動がどん底に陥ったとき、黒人の皆さんのコミュニティーが私のために再び立ち上がってくれました。......

ののしり合いをやめ、頭を冷やし、互いを見つめ直し、互いの言葉に耳を傾け合うときが来たのです。前に進むためには、相手を敵とみなすことをやめなければなりません。


いつか国民の怒りが鎮まり、認め合い、分断がなくなる日が来ることを祈る。

Art World訃報

1月2日 ジョン・バルデッサリ(John Baldessari)享年88歳。アメリカのコンセプチュアルアートの先駆者。

1月27日 ジェイソン・ポラン(Jason Daniel Polan)享年37歳 イラスト「Every Person in NY」で知られる。

2月5日 ビバリー・ペッパー(Beverly Pepper )享年97歳 彫刻家。

2月22日 ジェイムス・ブラウン(James Brown)享年68歳 80年代ニューヨークのイーストヴィレッジ・アートシーンをバスキアらと築いた。

3月23日 ポール・カスミン(Paul Kasmin )享年60歳 チェルシーの大手ギャラリスト。

4月6日 ヘレン・アイロン(Helene Aylon)享年89歳 ブルックリン出身のフェミニズム画家。

4月10日 ジョン・ドリスコル(John Driscoll)享年70歳 アメリカで最古のギャラリーDriscoll Babcock Galleriesを率いた。

4月12日 フェルナンド・パブロ・ミテフ(Fernando Pablo Miteff)享年60歳 Nic 707の名で知られる、70年代グラフィティアートの先駆者。

4月19日 ピーター・ビアード(Peter Beard)享年82歳 20世紀を代表するアメリカの写真家。

5月18日 スーザン・ローゼンバーグ(Susan Rothenberg)享年75歳 画家。

5月31日 クリスト(Christo)享年84歳 妻ジャンヌ=クロード(故人)とともに芸術活動を開始。世界各地での梱包芸術が知られる。2005年セントラルパークのインスタレーション「ゲイト」、2018年ロンドンの「ロンドン・マスタバ」など。

6月26日 ミルトン・グレイサー(Milton Glaser)享年91歳 「I ❤ NY」のデザインで知られる。ニューヨーク・マガジンの創設者。

7月17日 フリジッド・ベルリン(Brigid Berlin)享年80歳 パフォーマンス・アーティスト、写真家および作家。ウォーホル監督映画の有名女優。

7月18日 キース・ソニア(Keith Sonnier)享年78歳 彫刻家。

11月22日 ヘレン・ラフランス(Helen LaFrance)享年101歳 ケンタッキー州の農村の思い出を描き続けたアメリカを代表するアウトサイダー黒人女性画家。

最後に、11月23日に93歳で他界したアフリカ系アメリカ人初のニューヨーク市長デイヴィド・ディンキンズ(David N. Dinkins)市長に追悼の意を捧げる。

(ニューヨークを中心に、2020年11月22日現在)


左:グラフィティアートの先駆者Nic 707による作品(「Bronx Visual Artist Directory」より)
右:MoMAのエントランスに掲げられたミルトン・グレイサーの「I Love NY」


★1──"National Survey of COVID-19 Impact on United States Museums" (American Alliance of Museums, 2020年6月発表)https://www.aam-us.org/wp-content/uploads/2020/07/2020_National-Survey-of-COVID19-Impact-on-US-Museums.pdf
★2──”Facing a $10 Million Shortfall, the Guggenheim Museum Has Furloughed Nearly 100 Staffers and Cut Salaries for Others” (Artnet News, April 10, 2020) https://news.artnet.com/art-world/guggenheim-museum-furloughs-1831296
★3──Tri-State Relief Fund to Support Non-Salaried Workers in the Visual Arts (New York Foundation for the Arts)https://www.nyfa.org/awards-grants/tri-state-relief-fund-to-support-non-salaried-workers-in-the-visual-arts/
★4──"I Still Believe in Our City" Public Art Campaign(NYC gov., Human Rights)https://www1.nyc.gov/site/cchr/media/pair-believe.page

メイキング・ザ・メット1870-2020(Making The Met, 1870–2020)

会期:2020年8月29日(土)~2021年1月3日(日)
会場:メトロポリタン美術館(1000 Fifth Avenue, New York)

カントリーサイド、ザ・フューチャー(Countryside, The Future)

会期:2020年2月20日(木)~2021年2月15日(月)
会場:ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(1071 Fifth Ave, New York)

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