2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

フォーカス

「祭り」から「遊び」へ──
AICHI⇆ONLINEの取り組みに見る、コロナ以降の地域芸術祭

三木学(文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか)

2021年03月15日号

収束がいまだ見えないコロナ禍のなか、文化芸術の周辺でもオンラインを軸とした取り組みが昨年から数多く立ち上がっているのは周知の通りだろう。愛知県が⽂化芸術活動緊急⽀援⾦事業/アーティスト等緊急支援事業として主催するオンライン・アートプロジェクト「AICHI⇆ONLINE(アイチオンライン)」もそのひとつだ。愛知という地域性を反映させた作品(映画、音楽、短歌、漫画など)の共創過程や、そのキュレーション/運営体制の特殊性、そして今後の「芸術祭」のあり方などについて、編著書『キュラトリアル・ターン アーティストの変貌、創ることの変容』(三木順子監修、昭和堂、2020)を上梓した三木学氏に寄稿いただいた。(artscape編集部)

「芸術祭の時代」の終焉

筆者は編著『キュラトリアル・ターン』において、2000年代から隆盛を誇った「芸術祭の時代」が終焉を迎えることを予想していた。ただし、それは少子高齢化によって美大・芸大生が減少し、安価な労働力、ボランティアが供給できなくなることが要因であるとした。だから、芸術祭のように、一時期、ひとつの地域に大量に観光客の動員を図って非日常を演出する「祭り」モデルに頼るのを止め、日常のなかで余剰、余白、余韻を生む「遊び」モデルへの移行を促した。しかし、その終焉は段階的なものではなく、急速に訪れた。ひとつは「あいちトリエンナーレ2019」が政治問題化したことによって、インフラ整備を伴わない「安上がりの地域開発」の手段だった行政主導の芸術祭が、ハイリスクで高コストな政策に変容したことである。さらに、2020年に世界的に感染拡大した新型コロナウイルスは、グローバリズムの拡大とツーリズムに頼っていた芸術祭を壊滅的なものにしてしまった。国内外の移動が禁止されてしまえば、観光客目当ての芸術祭は成り立たない。「祭り」モデルから「遊び」モデルへの転換は、喫緊の課題となったのだ。

芸術祭は軒並み中止、延期になり、美術館も閉館したり、予約制に切り替えて人員制限をかけたりしている。海外から美術品を搬入することはできなくなり、「ブロックバスター」と言われる大型の展覧会も不可能になった。逆に、オンライントークイベントやオンライン展覧会のさまざまな模索が行なわれたことは、美術の新たな可能性を拓いたともいえる。ただし、美術館の展覧会を、Googleストリートビューのように360度カメラで撮影し、ウォークスルーで見せていく手法は、展覧会の記録としては価値があるかもしれないが、現地での鑑賞体験の代替には決してならないし、作品とそれ以外の壁面や設備を区別なく平坦に記録してしまうため、それ自体が魅力的なものとも言いがたい。移動や出会いが制限された時代において、「オンライン」を含めた新しい芸術体験はいかにあるべきか? その模索と実践こそが求められている。


共創体が創る「AICHI⇆ONLINE(アイチオンライン)」

「AICHI⇆ONLINE」特設ウェブサイトのトップページ

そのなかにおいて、「AICHI⇆ONLINE(アイチオンライン)」は、新しい可能性を提示しているといえる。「AICHI⇆ONLINE」は、新型コロナウイルスに影響を受けたクリエイターの支援のために、愛知県が創設した「アーティスト等緊急支援事業」で採択されたアートプロジェクトである。「県内文化施設の所蔵作品等を題材に、新規作品の制作を行ない、ウェブサイトを通して、オンライン配信を行なう」という仕様に基づいて、現代美術、音楽、演劇、文学、映画、漫画、メディアアートなどの九つのプロジェクトがオンライン上で発表されている。通常のアートプロジェクトでは見られない広範囲な分野が網羅されているが、芸術祭のようにひとりの芸術監督が、全体像や方向性を示すテーマが提示されているわけではない。

代わりに企画チームの「SAAC(サーク)」は、「われわれの歴史、人類の“創造の痕跡”、あるいは風土をもとに、新規の作品が生まれる」という“ビジョン”を掲げた。同時に、愛知県半田市出身の児童文学者、新美南吉が19才のときに書いた詩「明日」から、「明日はみんなをまっている。泉のようにわいている。らんぷのように点ってる」という一節を、スローガンとして位置づけた。新美は、『ごんぎつね』『手袋を買いに』などの児童文学で知られているが、1943年、結核により29才で早世している。つまり、新美が見た明日への希望を継承しようというわけだ。半田市には、現在、新美南吉記念館が設立されており、地域の文化にも深く浸透した作家である。

「AICHI⇆ONLINE」ロゴ[デザイン:三重野龍]

ビジョンやスローガンといった、アートプロジェクトではあまり聞かないやや漠然としたフレームが用意されているのには理由がある。そもそもこの企画を実行するために集まったチームであるSAACは、石川吉典(フリーランスキュレーター)、柴田直美(編集者)、中本真生(ウェブディクター)、野田智子(アートマネージャー)、山城大督(美術家・映像作家)らからなり、ヒエラルキーがないコオペラティヴ(cooperative)の形態をとっている。SAACは、「Sustainable Arts Activity Cooperative」の頭文字をとったものであり、企画を「共同で考え実践する共同体」と位置づけている。芸術祭や美術展で見られる、共同キュレーターの制度からさらに相互関係性・協働性を増し、企画の立案から運営までのマネジメントを行なう共同企画運営団体であり、実施することで地域住民やアーティストと共に創る共創体となるだろう。


Nadegata Instant PartyからSAACへ

しかし、問題はなぜそのような体制を築く必要があったか、だろう。このプロジェクトは、愛知県による、コロナ禍でダメージを受けているアーティストらのための「アーティスト等緊急支援事業」の一環ということもあり、地元のことを、地元ゆかりのアーティストが、自らの創意で発信することが企画の核となった。県外のアーティストにも門戸は開かれていたが、いわゆる芸術祭やアーティスト・イン・レジデンスのように、長期滞在して制作することは難しいからだ。そもそも移動が制限されており、県外から人が来ることが歓迎されていない。また、単年度で実施される事業のため、短い期間で愛知県のことを題材として制作するには、外部の人間では不可能であろう。愛知県に住んでいる(た)か、通勤・通学しているか、縁があって長期間滞在した経験がないと困難である。「AICHI⇆ONLINE」の企画・実施を担う法人、株式会社Twelve(Twelve inc.)の野田智子、山城大督も長く名古屋を拠点にしてきた。

また、野田と山城は夫婦であるが、中崎透を加えた三人で、2006年よりNadegata Instant Partyというアート・コレクティブの活動を続けてきた。山城は、蓮沼執太「Hello Everything」のミュージックビデオや「あいちトリエンナーレ」2016、2019のプロモーションビデオを手掛けるなど映像作家として活動するとともに、空間の中で映像体験を展開するインスタレーションを制作する美術家としてもキャリアがある。いっぽう、野田はアートマネジメントが専門であり、2015~2018 年にかけて「Minatomachi Art Table, Nagoya(MAT, Nagoya)」共同ディレクターを務め、2019年には「あいちトリエンナーレ2019」ラーニングセクションのマネジメントを担当している。Nadegata Instant Partyは、アートマネジメントの専門家も加わったユニークなコレクティブとして知られ、地域住民との共同制作を得意としている。その意味では、「AICHI⇆ONLINE」とSAACは、地域住民と共同制作を行なう、Nadegata Instant Partyの系譜に連なる山城と野田の新しいキュラトリアルな実践といってもよいだろう。

SAACが選んだ「地元」ゆかりの企画者・アーティストによる九つのプロジェクトは、2種類に分かれている。ひとつは、作家に作品制作を依頼するプロジェクト、もうひとつは企画者に企画・作家選定・制作を依頼するプロジェクトである。つまり、SAACというキュラトリアル・コレクティブが、直接アーティストを選ぶ方法と、さらにその下にディレクターを立てて、複数のアーティストを選ぶ方法が共存しているのだ。といっても、彼らの意図は、むしろ上位/上意ではなく、下位/下意の方から創意を引き出すことにある。そして、各ディレクターもSAACという共同企画運営団体、共創体の運動に有機的に交わっていくことだろう。そもそも、これだけ多岐にわたるジャンルのアーティストを、必ずしもそのすべてに精通しているわけではない人間が選ぶのは難しい。地元の人間からしたら「そうじゃない」感が出てしまうので、長く携わっている人に参加してもらう方が的確だし、合理的だろう。


複数の「顔」を持つアーティスト

SAACが直接選んだアーティストは、映画監督の山下敦弘、演劇集団の劇団うりんこ、現代アート作家の玉山拓郎、劇作家・演出家の西尾佳織、漫画家・美術家の三浦よし木(杉浦由梨)であろう。ただし、映画、演劇はそもそも集団制作なので、単体のアーティストとなれば、玉山拓郎と三浦よし木のみになる。

新美南吉と同じく半田市出身、愛知県立芸術大学で油画を修めた三浦は、漫画家として知られているが、本名の杉浦由梨名義で美術家としても活動している。しかし多くの人には、SNSで「バズッた」洗顔料で著名人の顔の造形を似せる「洗顔ものまね」で知られているのではないか。そういう意味で三浦は、まさにひとりでさまざまな「顔」を持つアーティストである。さらに、複数のジャンルをまたがるこのプロジェクトを象徴する「顔」でもあるだろう。今回三浦は、幼少期から親しんでいる新美南吉を題材に、新美南吉記念館などでリサーチを行ない、1939年に新美が書いた小説「花をうめる」を原作に漫画を描いている。新美は幼少期に母親を亡くしたこともあり、「手袋を買いに」などの母子愛をテーマにした童話で知られているが、「花をうめる」は子供時代の淡い恋心をテーマにした作品だ。「僕の変な彼女」という死んだ元カノが成仏できずに股間のお化けとなって登場する奇妙なファンタジー漫画で話題となった三浦は、病弱で3人の女性と付き合うも生涯独身であった新美の、思い込みの強さを感じるこの作品に自身との共通点を見出したのではないか。そこではきめ細かな感情の機微や土、花、ガラスの光などの「質感」が丁寧に描かれ、新美の別の「顔」を豊かに引き出している。さらに少女の視点が加えられ、三浦の新たな表現に昇華されている。アーティステックな漫画作品が多く掲載されているトーチ(リイド社)に協力を仰ぎ、見せ方を踏襲したのも最適な選択だろう。

三浦よし木『花をうめる』(原作:新美南吉)より

いっぽう鮮やかな色彩の日用品と照明、映像を使ったインスタレーション作品で知られる玉山拓郎は、バーチャルスペースで彫刻作品を制作している平田尚也と組んで、初めてのオンライン・インスタレーション『When I was born when I was born』を発表した。しかし、連続した3Dのウォークスルーとは違い、クリックして進んでいく間の空間が途切れている。だから、空間の構造がかなり把握しにくい。バーチャルな空間の中に実在する作品と場所が混在しているということもあり、「半現実」「分現実」的な空間である。水が傾いているコップなど、ありえない状態で静止している物体や「画中画」のようにバーチャル空間内で上映されている映像もある。それらが鑑賞者のイメージのなかで「接合」される。この「絵画」や「書割」のように見える視覚情報が生々しく感じるのは、ひとえに音響の効果だろう。3Dウォークスルーモデルのリアリティの欠如は、作品とそれ以外の平面のフォーカスが均等だからだけではない。空間性は視覚よりもむしろ音・聴覚で感じることが多いからだ。玉山の作品は、いくつもの異なる視覚情報をつなげ、音響を加えることによって、わざと鑑賞者の認知の錯綜と臨場感を演出し、脳内に唯一無二の「オンライン・インスタレーション」を生成させる仕掛けになっているのではないか。

玉山拓郎 オンライン・インスタレーション『When I was born when I was born』より


「音」の持つ空間性・触覚性/人生観・土地勘

「AICHI⇆ONLINE」は、玉山以外にも、「音」を上手く活かしているアーティストがいる。特に西田雅希の企画による黒川岳のオンサイト&オンライン彫刻プロジェクト『甕々の声』は目(耳)を見張る。黒川は、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科を卒業後、京都市立芸術大学大学院彫刻専攻を修了し、身体と物質、環境をつなぐ彫刻やサウンド・アートの作品を多く発表している。今回、常滑市で生産されてきた大甕を題材にし、「とこなめ陶の森資料館」(愛知県常滑市)所蔵の大甕と土管をアートラボあいちに運び込み、大規模なインスタレーションとそれを用いた音楽会を行なった。アートラボあいちに観に行くことは難しいかもしれないが、設置された大甕の音は常時配信されており、会場と鑑賞者はオンラインでつながっている。YouTubeチャンネルを開くと、大甕の空洞から外のサウンド・スケープが聴こえてくる。筆者が聴いたときは、たまたま救急車のサイレンが鳴り響いていて、生々しさに驚いた。企画者の西田は、「触れないときに触れることについて改めて考える」とコメントしているが、音響は視覚情報よりもかなり触覚的である。鼓膜に「触れる」ことで音を感じるのだ。触れることをテーマに、音を扱ったのは慧眼(耳)だったといえる。

西田雅希/黒川岳 オンサイト&オンライン彫刻プロジェクト『甕々の声』[撮影:三浦知也]

いっぽう、愛知県の「音楽」を扱ったのが、Webマガジン「LIVERARY」を発行する武部敬俊のライブ&アーカイブ・プロジェクト「LIVERARY LIVE RALLY “Extra”-YOUR CITY IS GOOD-」である。コロナ禍において、ライブハウスはクラスターの発生する最初の「ターゲット」にされ、壊滅的な打撃を受けた。その結果、ライブは日常のなかで「Extra」なものとなった。今回のプロジェクトでは、第3波が拡大中であった2020年12月26日、感染予防対策を徹底したうえで、名古屋市内のレコードショップ、オルタナティブスペース、ライブハウス、ナイトクラブという音楽シーンを支える4会場を使い、1日のなかで順々に開催された12組のライブの様子を映像で記録した。記録といってもプロのカメラマンだけではなく、観客もライブを構成する欠かせない要素のため、彼らが撮影したスマートフォンなどの映像も織り交ぜながら、「ライブ空間」を凝縮させている。愛知出身/在住のアーティストたちのなかから「いまライブが見たい、映像に残しておきたい」という観点で、世代を超えてジャンルレスに招聘したと企画者がコメントするだけあって、出演者はかなりバラエティに富んでいる。特に生演奏的なバンドと、リズムボックスとラップを使ったクルーとの「ライブ」の対比が面白い。ヒップホップのリリックは「自分」や「地元」が欠かせないため、彼らの人生観・土地勘が伝わってくる。また、愛知や名古屋の良いところをアーティストやスタッフ、観客に質問するインタビュー映像もライブ映像の間に差し込まれており、それらも併せて、コロナ禍の「いまここ」でしか聴けない貴重な記録として、優れたドキュメンタリー映像作品になっている。

ライブ&アーカイブ・プロジェクト「LIVERARY LIVE RALLY “Extra”-YOUR CITY IS GOOD-」より

ライブ&アーカイブ・プロジェクト「LIVERARY LIVE RALLY “Extra”-YOUR CITY IS GOOD-」より

日常のささやかな出来事の記録とともに歩む団体・施設

そのような外からの短期間の滞在では絶対に発見できないものや出来事の記述ということでいえば、ON READINGが企画した短歌プロジェクト「ここでのこと」が秀逸であった。日常のなかの発見、それも絶妙に私的で詩的なフォーマットとして、短歌のプロジェクトは、いままでにありそうでなかったものだろう。ON READINGとは、東山公園の書店であり、ギャラリーを併設して展覧会を開設したり、「ELVIS PRESS」という出版レーベルを立ち上げ20タイトルを超える本を刊行しているという。

そこには愛知に住んでいる人でなければ詠めない短歌が並ぶ。このような日常の機微は、短歌でなければ漏れ落ちてしまうだろう。例えば、寺井奈緒美『ASTY DAYS』所収の「伸びかけの他人の庭木見るたびにモリゾーとキッコロ思い出す」や小坂井大輔『僕もあなたも』所収の「駅裏が駅西にあり遠ざかるかつて闇市だった記憶が」などは、彼らの日常の感覚や心情、記憶、街の歴史に一瞬にして入り込める。特に、画家になった幼馴染の引っ越しを手伝った際に詠んだ歌であるという千種創一の『距離の青い蝶』所収の「ヨハン・ゲーテが『色彩論』を書き上げてその夜の豊かな食卓」、「くらがりに顔料を練る、照らしたらウルトラマリン、ほらここが海」など、色彩の知識がなければ詠めない歌にも感心した。短歌のなかでもちょっとしたコラボレーションがなされているのだ。また、GoogleMapに、それぞれの「歌枕」がポインティングされており、歌の舞台をたどっていけるのも新たな短歌の楽しみ方になっている。

ON READING 短歌プロジェクト「ここでのこと」より

劇団・鳥公園を主宰する劇作家、演出家の西尾佳織と現代美術作家の河村美雪のプロジェクトは、自分の同級生にあたる1985年生まれの愛知県在住の5人の女性たちの人生と、豊橋市美術博物館の所蔵作品のイメージを重ねていく映像とWebのプロジェクト『この町に住んでいる絵に会いにいく』である。2020年だと彼女たちは35歳にあたる。35歳になれば、就職、結婚、出産、転職など、さまざまな経験をしている女性も多い。彼女たちの人生のなかで、現在や過去のイメージと適合する作品を、所蔵作品の図録に掲載された100点のなかから選び出してもらい、インタビューしながらそれぞれのライフヒストリーをメモやイラストに記述していく。その後、全員で美術館の該当作品を観に行って話し合うという内容である。それは、地元の美術と人々に新たな出会いを演出すると同時に、人生に寄り添う「挿絵」として鑑賞者に別の「見方」と「使い方」を提示している。

西尾佳織/河村美雪『この町に住んでいる絵に会いにいく』より

劇団うりんこ/うりんこ劇場は、乳幼児(0~2歳程度)向けの演劇プログラム、ベイビーシアター『MARIIMO』を映像作品に仕上げた。劇団うりんこは、愛知県内の学校で出張公演をしているため、愛知県在住者には馴染み深い劇団である。なかでも乳幼児を対象にしたこの演劇は、言葉を使わず、身体とマリモのようなオブジェ、擬音によって構成されている。乳幼児はその身体的、触覚的な動きを間近で見て、さまざまな反応をする。脳科学者・神経心理学者・演出家・俳優であるジャッキー・E・チャンと共に創った経緯があり、おそらくボディランゲージ、オノマトペを駆使した演劇は、まだ言葉を持たない乳幼児にも効果的に作用しているのだろう。映像作品ではその記録映像的なシーンと、オブジェやエフェクトを通して、画面越しでも乳幼児が楽しめるようになっている。その映像自体が、この演劇を見ているときに、乳幼児の脳内で起こっている現象が映像化されたもののようにも思える。イメージの外側と内側をつなぐ、意欲的な作品となっている。

劇団うりんこ/うりんこ劇場、映像プロジェクト「ベイビーシアター『MARIMO』」より


つないでいく歴史と「遊び」モデルの実現

半田市出身の映画監督、山下敦弘は、初期代表作である映画『リアリズムの宿』(2003)の17年後の世界を描いた短編映画『ランブラーズ2』を制作した。『リアリズムの宿』は、誘った張本人が来られなくなったため、友人未満の二人が温泉街を旅するという、つげ義春原作の不条理なロードムービーである。若かった三人もそれぞれ大人になったが、彼らの共通の友人である俳優の「加地」が亡くなり、通夜に参列するために集合する。ところどころ同じようなカットが引用され、二人のナンセンスでクスリと笑える会話も継承されている。出演した俳優の17年後でもあり、かつてのロケ地である日本海側の鳥取と反転した太平洋側の半田・知多・武豊エリアで撮影され、物語と俳優、監督の人生が交錯する。「ロードムービー」が難しくなった時代に三人を集結させ、さらに海を越えて韓国編へと続くことを予感させて物語は終わる。今回、山下は、韓国人俳優との交流のなかで温めていてかつて通らなかった企画を、自身の地元を舞台に実現させた。本プロジェクトによってバトンが次へつながったのだ。

山下敦弘監督『ランブラーズ2』(2021)より

明貫紘子の企画は、アーカイブ・プロジェクト「浮遊するアーカイブズ倉庫:愛知県のメディア・アート」である。愛知はメディアアートが盛んな地である。1989年には「世界デザイン博覧会」の一環で名古屋国際ビエンナーレARTEC(アーテック)が開催され、97年まで続き、その後、名古屋港ガーデンふ頭20号倉庫の「アートポート」での展覧会「MEDIASELECT」に継承されていく。メディアアートのアーカイブは非常に難しく、近年、タイムベースド・メディアの保存修復は世界中の美術館で課題となっている。今回、明貫は、散逸しているARTECなどのメディアアートの資料や新聞記事、個人所蔵のカタログをデジタル化してウェブシステムで統合し、どのような内容だったか検証することを試みている。ヤシャ・ライハートや山口勝弘などの先駆的研究者に加え、ヤノベケンジや柳幸典などの現代アートの作家もARTECには参加しており、1997年、東京にインターコミュニケーションセンター(ICC)、2003年に山口情報芸術センター(YCAM)が設立されるまでのメディアアートや現代アートのシーンを牽引した地であることが掘り起こされている。また、1992年、メディアアートの先駆者である岩井俊雄に委嘱して制作され、現在も愛知県美術館に常設されている「時報」の映像を、今回特別にオンライン展示しており、毎時0分に上映されるのも必見である。

明貫紘子 アーカイブ・プロジェクト「浮遊するアーカイブズ倉庫:愛知県のメディア・アート」より

このように、「AICHI⇆ONLINE」は、オンラインと命名されているが、バーチャル上のみで完結しているわけではない。歴史や場所、人、ジャンルを「つなぐ」という意味でのオンラインだろう。そのラインは、からまったり、混線していたりして、どこにつながっていくかは企画者もわからない。『キュラトリアル・ターン』において、地域そのものの魅力を見せたいのであれば、異質なものを加える「現代アート」よりも写真家やライターによってその地域にあるものの良さをプロモーションしたり、小説や漫画、アニメ、映画のロケ地として虚構や物語の舞台にしたりした方が効果的な場合があると述べた。また、芸術祭という「祭り」なしに地域が活性化されるとしたらそれがもっとも成功した形態であるとも指摘している。そのなかで、やはり「現代アート」にしかできないこともあるだろう。「AICHI⇆ONLINE」は、まさにジャンルの垣根を超えて、外部からの介入ではなく、内部からの自発的な視点で「遊び」のいくつかのモデルを実現しているように思える。コロナ禍だからこそ実践できた、愛知県自身のポテンシャルを引き上げる意欲的な試みが次につながることを期待したい。

付記

玉山拓郎のインスタレーションの一部は、今夏、ギャラリーANOMALY(東京)で展示、短歌プロジェクト「ここでのこと」は書籍化された。また、「浮遊するアーカイブズ倉庫」は継続され、山下敦弘監督の『ランブラーズ2』は、続編を予感させる。すでにさまざまなONLINE⇆OFFLINEにつながっている。



AICHI⇆ONLINE

作品公開期間:2021年2月1日(月)~3月21日(日)
※作品により公開日や内容などが変更となる場合あり
特設ウェブサイト:https://aichionline.jp/

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